会報『ブラジル特報』 2014年3月号掲載           関口 ひとみ (在ブラジル大使館一等書記官 兼在レシフェ出張駐在官事務所長)



はじめに
 ブラジルは、堅実な経済政策を柱に据え、GDP世界7位の経済大国にまで成長し、中南米諸国のリーダー的な存在を強固なものとしました。今年は、世界最大のサッカーイベントであるワールドカップの開催により、海外からの熱い視線がブラジルに集まっています。ここで御紹介するペルナンブコ州でも日本戦を含む5試合が予定されています。町では、大会成功のため東北ブラジルの底力を見せよう、という意気込みが伝わってきます。
ペルナンブコ州の人々は、サトウキビ産業を中心に培われた伝統や古いしきたりを重んじながら、いち早くIT産業に着目し、インターネットの普及率は全国でも上位にあります。海岸沿いには高層マンションやインテリジェントビルが建ち並び、高級輸入車が駆け回っています。一方で、内陸は干魃に喘ぎ、幼い子供までがサトウキビの収穫に駆り出され、勉強も満足にできない現状も残っています。ブラジル政府のボルサ・ファミリア(低所得者家族向け手当)の受給率が高い貧困地域であることも事実です。
ペルナンブコ州は、オランダに侵攻され、反乱と革命運動を繰り返してきました。サトウキビ栽培地帯における労使間の対立や、度重なる干魃に無策のまま取り残された半乾燥地帯の農民によって組織される野盗団(カンガセイロと呼ばれ、今ではヒーローとして語り継がれている)が跋扈する時代が続きました。ブラジルの発展の波に乗れずにいた同州では、スアッペ工業港の開港に続き,州税恩典による工業誘致で、国内外から多くの企業が生産拠点を構えるようになりました。
南東ブラジルから技術者や労働者が大挙してレシフェ大都市圏へ転住するため、不動産相場が高騰、テナントビルや高層マンションの建設ラッシュも起きています。サービス業やIT事業も拡張が続き、州民の購買力は上昇傾向にあり、ペルナンブコ州を含む東北ブラジルを離発着する空の便は常に満席で、観光とビジネスを目的とした国内外からの旅行者を多く見かけます。

レシフェ市のボア・ヴィアージェン海岸地区 (ペルナンブコ州政府提供)


ORGULHO DE SER NORDESTINO”(東北人としての誇り)をプリントしたシャツを着ている人を見かけることがあります。この背景には、東北ブラジルを軽視する者を見返すため、東北ブラジルには如何なる苦難にもめげないパワーがあることを表すためだそうです。よそ者には疑い深く、心から打ち解けるまでに少し時間がかかりますが、目が合えば笑顔で挨拶をしてくれます。店員の愛想も良いです。とりわけ東洋系が珍しいのか、良く話しかけられます。観光名所で見学旅行の児童生徒に見つかり、日本人だと分かった瞬間、日本の文化が大好きだと人なつっこく寄ってきます。ただ、最近では中国や韓国系の住民の増加で、「日本人か?」と聞かれるより、「中国人か?」が多くなり、寂しい思いもします。
発展にともなう代償もあります。交通渋滞は大都会並に深刻で、車の登録台数は増加し続け、交通マナーは悪いのが常です。治安の悪化や格差問題も依然大きな課題です。カンポス・ペルナンブコ州知事は、就任以来、治安改善を目標とし、Pacto pela Vida(命のための協定)に取り組み、インフラの整備や警察官の増員等改善を図っています。 この政策が試されるのが6月のワールドカップだとされています。州政府は威信をかけて、試合観戦者や当地訪問者の安全に取り組むことを宣言しています。

ペルナンブコ州沿革
ペルナンブコの由来は、原住民のトゥピ語で“parana”(大きな川または海)と“buka”(穴)が合体し、海が岩礁によって大きな穴ができる様を表現したこと、また ”paranabuku“(長い川)を意味し、ペルナンブコ州を横断する現在のカピバリベ川を指しているのではないか、という諸説が有力視されています。
1534<spanstyle=’font-size:10.5pt;font-family:”MS Pゴシック”;mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;mso-ansi-language:EN-US;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA’>年にドゥアルテ・コエリョがポルトガル王室からペルナンブコ領を拝領してからサトウキビ栽培を中心とする植民・開拓が始まり,砂糖産業は長年ペルナンブコ州の経済を支えていましたが、勢いがなくなり、改善の兆しが無いままは<spanlang=EN-US>20世紀に入ります。しかし、近年は、スアッペ工業団地の整備にともない、ペルナンブコ州の開発が再スタートし、経済が潤っています。
IBGE(ブラジル地理統計院)を見ると、<spanlang=EN-US>2002年から12年の間にクラスC人口は<spanlang=EN-US>22%から42%に増加し、ペルナンブコ州をはじめ東北ブラジルの消費市場は全国をリードする高い成長が見込まれています。中央政府もこの勢いを後押ししようと、南東部に次いでインフラ投資を集中しており、官需も高まっています。
この経済成長を牽引している要因に、レシフェ市より南50㎞に天然の良港を有するスアッペ工業団地があり、ここには南半球最大の造船所があります。これまで技術提供を行ってきた日本のIHIが、20136月、同造船所への出資に加わりました。この他にも産業は活気づいており、フィアット社が80億レアルを投資し、ブラジル国内では2番目の自社工場を建設中で、年間25万台の生産を見込んでいます。

SUAPECamargo Correa<spanstyle=’font-size:10.5pt;font-family:”MS Pゴシック”;mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;color:#403152;mso-themecolor:accent4;mso-themeshade:128;mso-ansi-language:EN-US;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA’>社提供)


内陸の農業地帯では花卉栽培が盛んで、サンフランシスコ河渓谷流域地帯のペトロリナ(ペルナンブコ州)およびジュアゼイロ(バイア州)周辺の潅漑地域では、ブラジル国内最大の輸出量を誇る葡萄およびマンゴーやアセロラの生産があります。この地域は、新しいフロンティアに属する日系再移住地として開発され、マンゴーは、バイア州に次いで2位の生産量を有し、主にヨーロッパとアメリカに輸出されています。ペトロリナには本邦ニチレイ社の現地食品会社「ニアグロ」がジュース用の果実パルプ(主にアセロラ)製造工場を有し、日本およびヨーロッパに輸出しています。
ブラジルでは専門知識を有する技術者や熟練労働者の不足により、人材育成は急務とされています。ペルナンブコ連邦大学は、現政権の政策である Ciencia sem Fronteiras(「国境なき科学」計画:ブラジル人理系学生・研究者10万人を政府の予算で留学させる計画)を活用し,学生を日本へ留学させています。とりわけ海洋造船分野の強化のため、東京大学や横浜国立大学との間で学術交流を締結するとともに、造船分野の学生を本邦造船所で研修させるなど、積極的に人材育成へ取り組んでいます。

ペルナンブコ州の観光と文化
ペルナンブコ州は、南北187㎞に渡る海岸を有し、国内有数の観光地です。レシフェ旧市街とオリンダは、ユネスコ世界文化遺産に、レシフェ市から北東へ約545㎞の大西洋に位置するフェルナンド・ジ・ノローニャ諸島は、世界自然遺産に指定されています。ポルトガルの植民地時代をしのばせる多数の寺院や史跡に富み、砂州と島の上に建設されたため市中を運河が流れ、「ブラジルのベニス」と称されています。
カーニバルは特筆に値し、リオデジャネイロ、サルバドルと並び、100万人以上が集まる“Galo da Madrugada”(夜明けの鶏)は、世界最大としてギネスブックに登録されています。また、無形文化遺産の“frevo”は、多くの観光客を魅了しています。ほかにも“maracatu”やブラジル各地に広がっている音楽“forro”なども東北ブラジル独自の文化を育んできました。

2014年のペルナンブコ州
2014<spanstyle=’font-size:10.5pt;font-family:”MS Pゴシック”;mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;mso-ansi-language:EN-US;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA’>年は、ペルナンブコ州にとって特別な年になりそうです。一つには、ワールドカップの舞台となるからです。会場の<spanlang=EN-US>Arena Pernambucoでは、昨年のコンフェデレーションズカップで、日本・イタリア戦が開催されました。観戦者の多くが日本を応援し、まるでスタジアムがサムライブルー一色に染まったように感じました。会場がレシフェ市内から約<spanlang=EN-US>19㎞離れているため、観客の輸送が大きな課題であるとともに、治安はペルナンブコ州政府の最大懸念です。大規模デモ等が今年も想定されることから、ブラジルは万全の対策で臨むとしています。
日本戦は614日ですが、試合観戦を予定される方は、スタジアムへのアクセスを含む交通情報等の現地事情について、在外公館のホームページ等を事前に確認されるとともに、必要に応じて更新される情報にご留意頂くことをお願いします。

Arena Pernambuco サッカー場 (筆者撮影)


もう一つの注目は今年の大統領選挙です。エドゥアルド・カンポス州知事(PSB-ブラジル社会党全国総裁)は出馬に向け活動中です。同知事は、左派リーダーであったミゲル・アラエス元ペルナンブコ州知事の孫。民間の経営モデルを参考にした州行政組織の再編を行い、高く評価されています。2013年の世論調査では、アマゾナス州知事に次いで2位の支持率(58%)を得ています。マリナ・シルバ元環境大臣がPSBに移籍したことから、カンポス候補の副大統領となった場合、その得票率が追い風となる可能性もあり、今後の大統領選の行方が注目されています。
ペルナンブコ州は、長年砂糖に依存してきましたが、造船、自動車、IT産業に転嫁し、東北ブラジルの再建に大きな役割を担っています。観光と産業の両輪で持続可能な経済発展および治安の改善により、戦略的な州へと躍進することを期待したいと思います。

(本稿は筆者の個人的見解で,外務省を代表するものではありません。)