会報『ブラジル特報』 2005年11月号掲載 小林雅彦 (在ブラジル日本国大使館 広報・文化班) |
いま日本製の漫画やアニメ、ゲームなどに代表される日本のポップカルチャーが、世界中の若者を惹きつけています。また、これを引き金とした”日本大好き”現象が世界各地で起きています。ポップカルチャーやハイテク、日本食など日本発のカッコイイ(ジャパン・クール)は、世界的なブームとなっており、日本に住んでいると実感としてはなかなか判らないでしょうが、ここブラジルでもはっきり感じることが出来ます。 まず最初にアニメについてですが、テレビでどれくらい放映されているかを調べたことがあります。その結果、グローボ・テレビをはじめとする大小のテレビ局が、全国ネットで毎日放映しているのをはじめ、衛星放送のアニメ専門局からも多くの日本製アニメが放映されていることが判りました。子供たちが毎日これらの番組を見て育つとすると、将来の親日層の形成に少なからず効果があることは間違いなく、また、関連の製品の販売等経済的な効果も大きいと思われます。しかし、漫画やアニメブームの本当の主役は子供たちではありません。それは、高校生や大学生を中心とする若者です。今年の5月に、ブラジリア近郊の衛星都市であるタグアチンガ市(人口-約25万人)において、アニメ・コンベンションが開かれるというので様子を見に行ったのですが、会場のSESC(商業部門社会サービス局)には、2,000人を超えるコスプレに身を包んだ「クール」な若者が詰めかけていて、すごい熱気でした。ブラジリアでさえこの調子ですから、サンパウロなどではもっとすごいことになっていると想像します。それから3月に、ブラジリア大学の日本語学科と同大学アジア研究所の交流事業があり招かれて行ってきましたが、そのときに研究発表した女子学生の研究テーマは、「日本とブラジルのオタク比較研究」というものでした。漫画・アニメを専門に研究している学者もいて、サントス・カトリック大学のソニア・ルイテン教授は、”MANGA, O PODER DOS QUADRINHOS JAPONESES”(『マンガ:日本製漫画の力』1991年) の著書もあり、新聞やテレビでもこの分野の第一人者として活躍しています。 筆者は、ブラジリア大学の日本語学科の学生や、選択科目として日本語を勉強している学生とよく話す機会があるのですが、日本語を勉強する動機にも従来と比較して大きな変化が生じていることを感じます。これまでは、大学の日本語学科や日本語学校を訪問すると、日系人の学生・生徒が多くいて、自分の両親の祖国について勉強したい、祖母や祖父と日本語でしゃべりたいというような動機が多かったように思いますが、最近は、漫画やアニメを原語で勉強したい、日本に留学するための第一歩としてという動機が目立ちます。学生も7~8割は非日系です。最近のブラジリア大学の日本語学科の志望率は高く、2004年11月29日付コレイオ・ブラジリエンセ紙は、同年のPAS(Programa de Avaliacao Seriada:高校の成績優秀者が入学できる枠)によるブラジリア大学文学部日本語学科の定員は8名であったが、倍率は17.88倍に達したとのアリセ・ジョウコウ(上甲)日本語学科教授の談話を報じています。また、もともと移住者子弟のための日本語学校である当地のブラジリア日本語モデル校でも、事情は同じで生徒の7割は非日系で、年々入学希望者は増え続けているようです。 最近、ブラジリア大学の日本語学科の先生方と話す機会があったのですが、連邦区の教育局関係者も、日本語を連邦区の公立高校の選択外国語として採用する可能性を検討することについて関心を示しているという話でした。街に出ても、漢字が入ったTシャツを着ている人や車体の後面に漢字を入れているのをよく見かけますが、こういうところにも日本語ブームが顔を覗かせています。2年前から毎年大使館主催で実施している「書道ワークショップ」は、申し込み受付開始とともに申し込みの電話が殺到し、すぐに定員に達してしまいます。 このような現象は、食の世界ではさらに顕著です。2003年7月16日付けの当国最有力週刊誌の『ヴェージャ』が、「いまや、サンパウロにおける日本料理店の数は600軒に達し、シュラスカリアの500軒を超えるに至った」との驚くべき報道を行ったのを覚えておられる方も多いと思います。同誌はその記事のなかで、サンパウロの日本料理店の増加率は、この15年間で400%以上に達したが、それは、サンパウロに大きな日系社会があるということでは説明がつかない、このような現象はブラジル全土で起こっているからだと解説し、ブラジリアやポルトアレグレ、レシフェなどの例を紹介しています。また、日本食人気の背景として、市民の間にますます関心が高まっている健康志向をあげています。その上で、大都市のシュラスカリアの多くでは、サラダバーに寿司や刺身がおいてあると紹介しています。ヴェージャ誌の記事は、最後に、ローストビーフやアマゾンのピラルクーの寿司など、ブラジル独特の寿司を紹介しています。ブラジル独特の寿司といえば、ブラジリアの日本料理屋さんでは、「スシ・トロピカリザード(熱帯風寿司)」とでも呼べるような、カラフルなお寿司が供されています。バナナのシナモン風味や、ストロベリーと生クリームの巻き寿司、ブラジルの代表的デザートである”Romeu e Julieta”をアレンジした巻き寿司など、カラフルでブラジルらしい寿司です。日本人の感覚では、なかなか馴染めないものですが、ブラジルの人はこういうバリエーションも楽しんでいるようです。食の世界では、古いもの・伝統的なものと新しいもの・流行が常にせめぎ合っているものでしょうが、当地の日本料理の料理人の第一人者のKシェフは、2004年5月2日付コレイオ・ブラジリエンセ紙上で、「ああいうものは寿司と呼べる代物ではない。」とばっさり切り捨てています。 他方、私の方は、講演を頼まれて日本とブラジルの文化交流について話をする際などには、「カラフルで見栄えがよく、まさにブラジル風。現地の人々の舌を満足させているのはすばらしいこと」と褒めることにしています。2004年3月にセアラ州政府、文化省、外務省の共催で、フォルタレーザ市において「国際文化協力フォーラム」が開かれ出席したのですが、その際に行った短い講演のなかで、その様に発言したところ、会場からは大喝采の支持をいただきました。そのとき、同席されていた国際交流基金のサンパウロ日本文化センターのT事業部長から、サンパウロの知識人の間ではこのような現象(ブラジル風寿司)を”transcriacao”(異文化が交わるところで生まれたものというような意味でしょうか)と呼んでいるということを教えて頂きました。余談になりますが、私はT部長のような、両国語に通じる優秀な日系人の方々こそ、”transcriacao”の最もすばらしい例ではないかと思います。 これらのような新しい動きは、インターネットの普及などにより、今後ますます顕著になっていくことが予想されます。ブラジルにおける日本文化の紹介は、これまで日系社会がその中心的な役割を果たしてきたと思いますが、日系社会が築いてきた確固たる基盤の上に、このような新しい流れが加われば、ブラジルにおける日本紹介がより多様化し、その裾野が広がっていくという効果が期待できると思われます。 2003年の宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』の大ヒットに始まり、昨年は、『ラスト・サムライ』や『ロスト・イン・トランスレーション』といったハリウッドの監督たちの、日本をテーマにした作品が話題になりました。最近は、『リング』に代表される、世界的ヒットになった日本のホラー映画のハリウッド版リメイクについて有力週刊誌が取り上げるなど、引き続き話題に事欠かない状況です。両国の文化交流に携わるものとしては、このような動きが、来る2008年の移住100周年を記念して行われる『日伯交流年』の盛り上がりにつながるものと大いに期待しています。 |