会報『ブラジル特報』 2007年
3月号掲載

         近田 亮平
(日本貿易振興機構 アジア経済研究所リオデジャネイロ海外派遣員)



1月22日、昨年末に発表が予定されていた第2期ルーラ政権(2007~10年)の経済政策案、PAC(Programa de Aceleração do Crescimento:成長加速プログラム)がようやく発表された。その名称からも明らかなように、PACとは、近年、低成長が続いている経済を活性化し、より高度な経済成長の達成を目指すものである。近年のブラジルのGDP年間成長率は、2001年からの5年間の平均が2.6%で、2006年も3%を下回るものと予測されている。これらの数値は、BRICsとして注目を集めるロシア、インド、中国のそれを大幅に下回るだけでなく、概ねラテンアメリカ諸国の平均値よりも低いものとなっている。したがって、昨年の大統領選挙で再選されたルーラ大統領に対し、政権2期目においては更なる経済成長を実現するよう求める声が高まっていた。本報告では、経済成長の加速が至上命題ともいえる第2期ルーラ政権の発表したPACについて、その概要を紹介し、問題点等について若干の考察を行う。

政府発表の資料によると、PACはインフラ投資、信用と融資の促進、投資環境の改善、減税と税システムの整備、長期的財政対策の5つの分野から構成されている。しかし、PACの実質的な支柱は、5,039億レアル(R$)もの大規模なインフラ整備への投資と減税だといえ、その概要の一部については下記の表1および2のとおりとなっている。これらの巨額なインフラ投資と減税をもとに、2007年に4.5%、2008~10年に5.0%のGDP年間実質成長率を達成しようとするものである。この投資総額のうち678億レアルを連邦政府、残りの4,361億レアルを公社および民間セクターから拠出するとしている。また、ブラジルの深刻な問題の一つである地域間格差を考量し、社会経済的恩恵が全土に及ぶよう設計された初の地域別投資プログラムであると政府は述べている。

PAC発表直後、同案を企業家の多くが好感を持って受け止めた一方、経済専門家などの間では懐疑的な見方が多く見られ、野党をはじめとする政治家から強い反発の声が上がった。 まず、減税に関して、政府は減税額が2007年66億レアル、2008年115億レアルとなり、この税収減分は経済成長達成による税収増で賄えると説明しているが、多くの州知事が地方自治体の税収減を危惧するとともに、PACの策定過程において参加または意見を求められなかったことに強い不満を呈した。昨年の選挙で選出された27の州知事のうち17名がルーラ政権支持を表明しており、PACへの協力を表明する知事もいるが、今後、政府と州知事の間をはじめ、税制改革をめぐる激しい攻防が繰り広げられることは必至の情勢となっている。

また、財源に関して、政府は労働者の積立退職金(FGTS:勤続期間保障基金)を使用するとしているが、これに労組などが強く反発していることに加え、公社および民間セクターへの依存度の高さなどもあり、インフラ投資のための新たな基金創設自体を疑問視する声も見られる。さらに、アグリビジネス分野の対象からの除外、公務員給与調整への上限設定、インフラ整備プロジェクトの実施プロセスなどに対する不満の声も強く、PAC発表後の2月初旬には、広義なものまで含めると700以上もの修正案が、野党だけでなく与党PT(労働者党)議員からも議会に提出された。

そして何よりも、政府が設定したGDPの目標成長率に関し、その達成は非常に困難だとする見方が大半を占めている。政府は是が非でもGDPの目標値を達成するため、社会保障費や公務員費の見直し等も行うと説明している。しかし、今回のPACは無駄な公費削減、複雑かつ高率な税金制度や赤字額が増大する社会保障制度の改革などに抜本的に着手するものではない。確かにPACのような大規模な公共投資や特定分野に対する減税も必要ではあるが、さらなる経済成長はPACのみで達成できるものではなく、より構造的な問題にメスを入れる必要があるとの指摘がなされている。

PACはコンパクトかつインパクトのある名称のもと、第2期ルーラ政権の経済政策案として大々的に発表された。しかし、その名称とは裏腹に、PACは既に実施されている政策、審議中や施行済みの法律をも含んでおり、内容が複雑かつ多岐に渡る様々な方策と法案の集合体である。そして、PAC実施のためには数々の新たな法案を議会で承認する必要があるため、第2期ルーラ政権の今後はPACを中心に政治的駆け引きが展開されていくと予測される。しかし、前述の如くすでに700を超える修正案が提出され、これらに関して侃侃諤諤の議論が噴出しており、これらを収拾した上で実際にPACを実施するまでには、かなりの時間と労力を要するものと思われる。インパクトのある経済政策も重要であるが、ブラジルの国民に特有な「実より名をとる」意識を変革し、国民自体が経済成長をより切実に望まなければ、GDPの5%達成は困難だといわざるを得ないのではなかろうか。

1 PACの概要:分野別インフラ整備および投資額
   (単位:億レアル R$ 

分野

概要

北部

北東部

中西部

南東部

南部

地域なし

合計

運輸・交通

道路

45,337kmR$334

63

74

38

79

45

284

583

港湾

12港(R$27)、海運(R$106

鉄道

2,518kmR$77

空港

20空港(R$30

河川路

67河港、1ダム(R$7

エネルギー

石油・ガス

石油精製・化学工場:4、ガス・パイプライン:4,526kmR$1,790

327

293

116

808

187

1,017

2,748

電力

発電:12,386w(R$659)、電力供給網:13,826kmR$125

再生可能燃料

バイオ・ディーゼル工場:46R$174

社会・都市

住宅

主に最低賃金5倍までの低所得者層400万家族(R$1,063

119

437

87

418

143

504

1,708

衛生

主に都市部2,250万世帯への上下水道整備・ゴミ処理(R$400

水資源

サンフランシスコ河流域の灌漑・上水道網の整備(R$127

電気

主に農村部への電気供給(R$87

地下鉄

主要大都市を対象(R$31

合計

509

804

241

1,305

375

1,805

5,039

(出所)表1,2ともにブラジル政府(http://www.brasil.gov.br/)のサイト、および, Governo Federal, Programa de Acelereção do Crescimento 2007-2010, 22 de Janeiro de 2007.をもとに筆者作成。

2 PACの概要:新規税制措置および主な長期的財政措置

対象

概要

予測効果等

固定資産

一部税金(PIS/Cofins)の算出に使う固定資産の減価償却期間を25年から2年へ短縮し、減価償却費を増額させることで、課税対象額を減額。

初年度R$11.5億、次年度R$23億、以降は漸減。

新規長期インフラ整備

新規の長期インフラ整備プロジェクトにおける資本財や生産要素等の購入時に一部税金(PIS/Cofins)を免除。

金額等は行政府が今後検討。

インフラ投資
基金

PAC実施のためのインフラ投資基金を設立。5年以上の出資金からの利益に対し個人所得税を免除。

新設基金のため、財政効果はなし。

デジタル・
テレビ

デジタル・テレビの生産、販売、技術移転時に課される一部税金(IPIPIS/CofinsCide)を免除。

新規導入のため、財政効果はなし。

半導体

半導体の生産、販売、技術移転時に課される一部税金(IRPJIPIPIS/CofinsCide)を免除。

新規導入のため、財政効果はなし。

パソコン

パソコンの一部免税適用価格(PISR$2,500CofinsR$3,000)の引き上げ(PIS/CofinsR$4,000)。

R$2

土木建築

建築作業に必要な資材の一部税金(IPI)を5%から0%

R$6,000

公務員給与

2007年から10年間、連邦公務員給与の年間調整額はインフレ(IPCA:政府目標は2007年が4.1%、それ以降は4.5%)に1.5%を加えたものを上限とする。

2008年以降5%となる実質GDP比で人件費が漸減。

最低賃金

20082011年の金額調整は、インフレ(INPC)にGDP成長率を加えて算出。

実質賃金の上昇。対GDP比で社会保障費支出が安定。