投稿者:小林利郎 当会相談役
通貨がレアルになってほぼ安定してから忘れ去られているが、ブラジルは基本的にはインフレの国で物価が安定している時期は例外である。一般庶民は江戸っ子のように「宵越しの金は持たない」とばかりに手許にあるお金は気前よく使って貯金はほとんどしないし、欲しいものは消費者金融やシェッケ・エスペシアルやクレジットカードで簡単に借金をして買う。国の財政はいつも予算以上の支出が必要になって赤字となる。私の本棚に「ブラジルのインフレ三百年」(Buescu,Mircea”300 anos de inflacao”, APEC, 1973)という本があるほどで、歴史的にもブラジルとインフレとは切っても切れないつながりがある。
今年2015年はややインフレ気味である。消費者物価(IPCA)は8.46%の高騰と予想されている。中央銀行の銀行間金利(SELIC)は物価抑制のために高められて13.75%。こうなると市中金利はかなり高くなる。新聞報道では一般商業貸付は月利5.20%、個人貸付は月利6.81%でこれは年率120%となる。これはもうインフレの金融事情と観念した方がよいのではないだろうか。つまり、物価、金利それに為替相場をよく考えて事業活動を行うべき段階に来ている。
1980-90年代のハイパーインフレーションの時代は事業経営が極めて難しい時代だった。
会計には「時間の要素」が加味されなければならず、自分の企業にとって仕入れも販売も適正な価格は奈辺にあるのか誰も分からなくなる。一番初歩的には、時間の不利益を最小限にするために資金の回収を早めてそれを運用し、支払は出来る限り遅らせることであるが、取引先もそのような行動をとるから駆け引きは容易ではない。外貨を原資とする資金の運用は為替と外国金利という予測不能の要素が加わって危険が大きいので地場資金中心の取引にしてゆくべきである。また賃金の引き上げを要求する労働争議が頻発し、労使関係が先鋭化するから労働問題に精通する必要が出てくる。インフレ下では計理処理や金融取引でインフレ率に起因する利益や一つ間違えば反対に損失が簡単に生ずることは不思議ではない。製造業で生産性の向上や技術革新で10%の利益を向上させることは容易ではないが、インフレ期に経理処理いかんでその程度の利益や損失を出すことは簡単である。有能な生産担当diretorよりもdiretor financeiroの方が高給で迎えられたものである。
かつてご苦労の末にブラジルのインフレ下で立派な経営をする「コツ」を身に着けた日系進出企業の経営者たちは大勢いたが、彼らはとうに定年退職して現役で残っている人はもういない。それぞれの企業内で先人の経験を尊重し、勉強し、後の世代に引き継いでいるだろうか。それともいつもブラジル初心者による経営となっていて、何度も「月謝」を払うことになっているのだろうか、心配ではある。
(2015年6月)