マナウス市はブラジル北部アマゾナス州の州都であるが,アマゾン河口より河川距離1,700km、アマゾン熱帯雨林の真ん中に位置している。気候は正に熱帯の高温(平均30-35 度)多湿(平均89%)で12月~5月雨季、6~11月乾季、である。アマゾナス州は、ブラジル一の広大な州で、日本全土の約4倍の面積である。マナウス市はリオネグロ左岸に位置し、過去346 年、極めて数奇な歴史を経て今日に至っている。
アンデスを超え、アマゾン河を下って覇権を狙うスペイン勢を防ぐためポルトガル軍が1669 年に備えた砦(サンジョゼ・ド・リオネグロ)が発端である。1848 年マナウス市が制定されたが。「マナウス」と言う名称は砦周辺に居住するインデイオ、マナオス族より取った名称と言われている。
19世紀末より20世紀初頭の天然ゴムの世界的需要はマナウス市へ多大な「富」を齎し、ブラジルのGDP の45% を担った時期もあった。当時
世界の三大劇場の一つに数えられたオペラ劇場は全ての材料を欧州より輸入し1898 年に完成、ブラジル初の電気が点灯し、市内電車が走り、ま
た1909 年にはブラジル初の連邦総合大学が開講している。
しかし、東南アジアでゴムの栽培が開始されると、1915 年頃にはアマゾンのよりの出荷は止まり、マナウスは凋落の一途を辿る。
1930 年代に入ると日本より農業移民が入植、インド麻の栽培に成功し、アマゾナス州の経済は一息つく事が出来た。1967 年に至り時の軍事政権は、折からの外貨不足を補う為、マナウスを経済特区として税制恩典を与え、工業誘致を始めた。この計画は見事に成功し、発令当時、人口15 万人のマナウスは、約半世紀を過ぎ200 万都市に発展した。世界の有名企業が進出を果たし現在内外の企業をあわせ約500 社が操業、日本より
の企業もパナソニック、ソニー、HONDA、ヤマハ等々30 数社が操業し工業団地のリーダーシップを握っている。

山岸照明(アマゾナス日系商工会議所元会頭)