これは、筆者の独断かもしれないが、ブラジル人は、ブラジルの対外発信にそれほど熱心でないように思える。この点、日本人とよく似ているが、日本人の場合、言語能力とあいまって対外発信は、一般的に不得手である。ブラジル人は、普段から話好きで、個人の対外発信は得意ではあるが、国としてのブラジル全体の情報発信には熱心ではないようだし、決して卓越しているとは言い難い。その理由は、大国意識から来るものと思われるが、外国人がブラジルを知りたければ、ブラジルにやって来て、勝手に情報発信をすればいいと考えているからだ。
このことは、ブラジルの万国博覧会への取り組みをみると一目瞭然である。博覧会は直接ビジネスに結び付かないが、観光振興には大いに効果を発揮する。筆者は、1992年のスペインのセビリャ万国博覧会以降すべての国際博覧会を視察し、ブラジルや中南米諸国のパビリョンを見てきた。ちなみにブラジルの参加状況をみると表のとおりである。
開催年 | 国 名 | 名称 | 博覧会の種類 | 参加形態 |
1992 | スペイン | セビリャ万国博覧会 | 登録(一般)博 | 合同館 |
1993 | 韓国 | 太田世界博覧会 | 認定(特別)博 | 不参加 |
1998 | ポルトガル | リスボン国際博覧会 | 認定(特別)博 | 合同館 |
2000 | ドイツ | ハノーバー万国博覧会 | 登録(一般)博 | 合同館 |
2005 | 日本 | 愛地球博 | 登録(一般)博 | 不参加 |
2008 | スペイン | サラゴサ国際博覧会 | 認定(特別)博 | 合同館 |
2010 | 中国 | 上海万国博覧会 | 登録(一般)博 | 単独館 |
2012 | 韓国 | 麗水国際博覧会 | 認定(特別)博 | 不参加 |
2015 | イタリア | ミラノ万国博覧会 | 登録(一般)博 | 単独館 |
少し説明が必要であろう。博覧会は2種類に大別できる。大型の博覧会は、登録博覧会(昔の一般博覧会)といい、比較的小さな博覧会は認定博覧会(昔の特別博覧会)と呼ばれる。登録博覧会では、原則、主催国は、参加国にスペースを与え、与えられたスペースに自国のパビリョンを建設することになっている。認定博覧会の場合は、主催者が展示スペースを与え、そこに参加国が展示するという方法である。
ブラジルは、92年のセビリャ万博以来9回の博覧会のうち。6回参加し、3回不参加であった。不参加の博覧会は、韓国の大田博、麗水博と日本の愛地球博であり、韓国と日本で開催されたアジアでの博覧会には関心を示さなかったと言えよう。大型の登録博覧会は、5回あったが、主催者が用意するラテンアメリカ合同・集合館内で展示したのは、セビリャとハノーバーの2博覧会、2005年の愛地球博は、愛知県に多数の日系ブラジル人が労働者働いているにもかかわらず、ブラジルの名はなかった。不参加の理由は、ハノーバー万博で汚職事件があり、その影響で参加しなかったと噂されていた。しかし、上海とミラノには独自のパビリョンを建設した。ようやく、世界第7位の経済大国の意識が芽生えてきたのかものかもしれない。
ブラジル館の展示の内容は、決して褒められたものではない。セビリャ万博以来、ほとんどの場合、アマゾンのジャングルの風景を表現したものとかコーヒー、サッカー、カーニバルの類であった。ブラジル人自体、「アマゾン、コーヒー、サッカー、カーニバル」といった「古いイメージ」に捉われているように思える。ブラジル人の持つ表現力、創造性、技術力はどこに行ったのかと残念に思ったものだ。上海万博の時には、ブラジルもBRICSの1国として、建物も展示内容も堂々としたものであった。(写真1参照)ミラノでは、建物の面積はまずまずであったが、展示の内容は、戸外の遊園地の遊具などが中心で、ブラジルらしさがなかった。(写真2参照)ラテンアメリカの国々では、メキシコは常に立派な展示を展開している。古代マヤ、アステカ文明の紹介やメキシコ及びメキシコ人のアイデンテイテイを強力に打ち出している。アルゼンチンは総じて熱心で、ここでもタンゴを前面に出すプレゼンテーションで、なかなか素晴らしい展示をしている。
2013年秋に、BIE(国際博覧会連盟)の総会がパリで開催された。ドバイ、エカテリンブルグ(ロシア)、イズミール(トルコ)と並んで、サンパウロも立候補した。筆者もサンパウロが勝利するにはどうすればいいかというレポートを執筆したりして応援していたが、サンパウロは第1回投票で惨敗した。約170か国のBIE加盟の投票国のうち、わずか13票しか獲得できなかったのである。ブラジルが頑張れば、ラテンアメリカ・カリブ海諸国の加盟国31、ブラジルと比較的親密な関係にあるアフリカ諸国40か国の支援を得られる可能性があったにも関わらず、見事に負けてしまったのである。理由はいろいろ考えられるが、基本的には、ブラジル中央政府、サンパウロ州・市のやる気の無さ、サッカー・ワールドカップ開催反対の相次ぐデモ、政治家と建設業者の癒着・汚職等で熱意が急速に失われたのであろう。オリンピックと万博の2つを開催すれば、名実ともに一流国の仲間入りとよく言われるが、ラテンアメリカの中で最初に万国博覧会を開催する国は、ブラジルであろうか、それともメキシコ(1970年メキシコオリンピック開催)であろうか?ラテンフアンにとっては、興味あるテーマである。
2015年1月 桜井悌司