私の勤務先であったジェトロは、相当昔から投資誘致関連の事業を重視してきた。外資系企業による対日投資はもちろんのこと、日本企業の外国投資にも力を入れてきた。日本は世界で第3位(中国に追い越される前は米国に次ぎ堂々第2位であった)の経済大国であるため、海外から多くの投資誘致ミッションが来日する。1980年代以降、欧米からのミッションが急激に増加した。とりわけ米国からは毎年州知事を団長とするミッションが数多く来日した。興味あることに、毎年熱心に訪日した州には日本から多くの企業が投資したものであった。投資誘致に関しては、努力すればするほど報われることが多いのである。その点、ブラジル政府は、投資誘致に熱心な諸外国に比較し、一貫して積極的ではなかったという印象である。当事者は、おそらく一生懸命にやっていると思っているかもしれないが、客観的には、そうでない。

16_01 ブラジルは、過去何回かの外資ブームがあった。50年代のクビシェック大統領時代、60年代から70年代にかけて、ブラジルが奇跡的な経済成長を遂げた時代、95年代のレアル・プランでインフレが収まり、憲法改正によって内外無差別になった時代である。これら一連のブームの結果、世界の大企業500社中、450社以上が進出するという世界有数の投資受け入れ国となった。しかし、その背景を考えると、世界の多国籍企業がブラジル市場の潜在性を認識し、進出してきたのであって、ブラジル政府による組織的な外資誘致政策によるものではなかった。ブラジルの政府高官は、口ではブラジルへの投資を呼びかけるが、積極的、組織的、計画的に外資誘致をしたことがないのである。

ブラジルの外資誘致機関を調べてみるとよくわかる。2004年1月に、リオにあるINVESTE BRASILという半官半民の投資誘致機関の会長のRODOLFO HOLN氏と面談した。この組織は、2002年に設立したのだが、この組織の限界がすぐに理解できた。その理由は、①半官半民という中途半端な性格、②不十分な予算とマンパワー(2億円の予算、25名の職員)、③外務省がそのネットワークを活用して協力するという話であったが、機能しないことが一目瞭然、④多くの役所や財界団体が関与する組織形態、⑤本部がブラジリアやサンパウロではなくリオにあること、⑥投資誘致のプロモーション機能が不十分等の問題があったからである。ブラジル日本商工会議所にも寄付金の要請が来ていたが、出さないようにとアドバイスした。そうこうするうちに、この組織も、2005年にあっけなく廃止され、ブラジル輸出庁(APEX)が機能を引き継いだ。APEXは、輸出振興と投資誘致の2つの機能を持つようになったのである。APEXはジェトロと2005年12月にMOUを締結したが、輸出振興機関としては、チリのPROCHILE(チリ貿易振興局)やコロンビアのPROEXPORT(コロンビア輸出振興局)と比べると予算、機能、人員等で相当見劣りしたものだった。2012年の時点では、APEXが投資誘致のプロモーション的な機能を持ち、開発商工省(MDIC)の投資情報ネットワーク(RENAI)が情報面のサービスを行っている。

16_02駐在中の2004年4月には、何とかお役に立ちたいという意識で、ブラジル政府に対し、提言することにした。「ブラジルに外国資本をいかに誘致するか」というA4,15ページのレポートを日本語とポルトガル語に訳して、ブラジル政府、財界、マスコミに送付した。その結果、ブラジルの有力経済紙のGazeta Mercantil紙の5月13日付け記事の1面及び5面に写真入りで大々的に取り上げられた他、在日ブラジル商工会議所とブラジル日本商工会議所のホームページでも全文掲載された。

提言の内容は下記の通りである。

  • 世界で投資誘致に成功しているのはどのような国々か?その共通の条件は?という問題提起である。それは5つの点に絞られる。
    • 政府が、外資誘致の重要性を認識し、外資を積極的に誘致したいという強い願望を持ち、種々の施策を行動に移すという強い意志を持っていること
    • 外国人投資家が投資を決定するにあたって、どのような点を考慮するかを政府が十分に知っていること
    • 諸外国に比して、十分に競争できる各種投資制度、環境をつくるべく最大限の努力をしていること
    • 外国投資を促進するための優秀な機関を持っていること
    • 国単位の競争のみならず、州単位でも激しい競争を広げていること
  • ブラジルの現状について

上記5つの条件につき、検証してみると、ブラジルの場合、一つとして満足すべき状況にはないことがわかった。

  • 具体的提言

そこで下記の実現可能で具体的な提言を行った。

提言1  外資誘致の重要性につき合意を形成するとともに、外資誘致の仕事は、非常に難しいことを十分に認識し、本格的に取り組むこと

提言2  他の競争国がどのような投資誘致策をとっているか、外国では州間でいかに激しい競争が繰り広げているかを調査すること

提言3  政府の投資誘致機関の機能を格段に強化し、将来にはONE STOP SERVICE(1つの)場所ですべての投資登録手続きを完了することができるというシステム)にもっていくこと

提言4  中長期の国別投資誘致戦略を策定すること

提言5  ブラジルの新しい側面、ブラジルの変化を積極的に知らせること

提言6  いわゆる「ブラジル・コスト」を少しでも軽減する努力をすること

提言7  州単位の外資誘致プロモーション活動を強化すること

提言8  投資を希望する分野の業種別プロファイルとブラジル側のポテンシャル・インヴェスターズのプロファイルをつくること

提言9  在ブラジルの外国商工会議所、外国貿易・投資振興機関、大使館、総領事館と密接な関係を保ち、情報交換を常に行うこと

提言10 既進出外国企業と密接なコンタクトを保ち、投資に関わる問題点を取材し、政策に反映すること

提言11 海外の主要国に投資誘致機関の事務所・連絡先をつくること

 

その後、2012年3月に、JICAの招待で、ミナスジェライス州ベロオリゾンテ市で開催された「投資誘致人材育成セミナー」に参加する機会があった。全州の投資誘致担当者、80名を対象に、6時間にわたり、講演したが、その際にも、上記の内容や、世界各国の投資誘致競争の実情、主要国の外資法などを説明した。ブラジルは元々ポテンシャリテイに満ちた国であり、加えて、適切な投資誘致策を講ずれば鬼に金棒で、経済成長と雇用増進に大いに貢献すると訴えた。最後に、ブラジル政府が諸外国に比較して、何故投資誘致に熱心でないかを考えてみよう。

まず第1の点は、ブラジルは何と言っても資源があり、市場も大きいので政府がそれほどの努力をしなくても、外資が自動的に来てくれるからである。
第2の点は、自分の国のポテンシャリテイに対する過剰な自信。大国意識で外国人の意見をほとんど聞かない体質を持っている。さらに投資企業の立場に立って考えるという習慣がついていないこと。
第3の点は、投資誘致の業務は、成果が出るまで相当の時間がかかるが、ブラジル人は、長期間、こつこつと忍耐強くする仕事を総じて好まないこと。
第4の点は、投資誘致機関にしても、予算、組織、人材等すべての面で、中途半端であること。複数の組織が存在し、州政府の投資誘致機関との連携も十分ではないこと。
第5の点は、地理的な問題である。広大な面積を持つゆえに、ブラジリアから投資誘致業務を行うのは極めて困難であること。中央の投資誘致機関は、各州との連携が重要であるため、地方出張所の設置が必要であるがそういう体制になっていない。
第6の点は、外資誘致は政治家にとってあまりお金になるビジネスではないこと等々である。

 

 執筆者:桜井悌司