2008年から2014年度まで、大阪にある関西外国語大学で教鞭をとっていた。毎年、「ラテンアメリカ入門や概論を受講する学生に対し、アンケートをとるのを常としていた。質問の中に、ラテンアメリカについてどのようなイメージを持っているかという設問をする。「陽気」、「情熱的」、「貧困」などと並んで「治安が悪い」という回答が相当数に達する。外国語大学に学ぶ学生は、将来学んだ語学を活用して海外で活躍することが望まれるので、治安の悪さなど物ともせず海外に雄飛してもらいたいところであるが、なかなかそうはいかない。海外投資関心企業に対するアンケートをしても、日本企業は欧米企業に比較して、治安問題を気にしすぎるきらいがあるので、学生の回答も仕方がないと言えるかもしれない。
日本の治安は異常に良い。そのため、日本を離れると少数の例外国を除き、他国はすべて治安が悪いということになる。治安に対処する基本は、「自分の身は自分で守る」ということなのだが、このことを学生に理解させることは至難の技である。学生も2つのタイプがある。最初のタイプは、少数だが、治安の悪さや危険を物ともせず外国に出かけるタイプである。第2のタイプは、必要以上に治安の悪さを気にするタイプである。このタイプにも2つに分かれる。本人が怖いので恐れるタイプ、もう一つのタイプは、親が治安に異常に敏感なケースである。親が治安の悪さを理由に、留学や海外旅行などに反対するのである。
昨今、日本人留学生数が減少気味である。様々な理由が考えられる。第1に男子学生が昔のような元気さが無くなったことが挙げられよう。草食系男子がよく話題になるが、昨今の学生を見ていると実によく当てはまっている。第2に、悪いこと、ネガテイブなことに、最初に目が行く傾向にあることが指摘できる。ブラジルやラテンアメリカには、興味深いこと、エクサイテイングなこと、わくわくすることが多い。これらの点は、ポジテイブな側面である。治安の悪さは、ネガテイブな面である。学生にとっては、ネガテイブな面が先行するのである。外務省のホームページやサンパウロ総領事館、JICA等のホームページをみると、安全対策や治安情報につき懇切丁寧に解説している。その通り実行するとなると行動範囲が俄然狭められる。駐在員は、一般的に日本から来たビジネスマンや学生には、現地の治安事情がいかに悪いかを力説するのを常とする。「夜は1人で出かけないように」とか、「1人歩きは避けるように」、「地下鉄やバスには乗らないように」等々の注意事項を伝える。いわゆる「保険」をかけるのである。来訪者が不幸にも犯罪に巻き込まれた時に、「だから言ったでしょう」と言えるようにしておくのである。私は、海外では、「自分の身は自分で守る」という鉄則に加え、常に周りの人々の行動や服装を観察し、そのまねをすることが自分の身を守ることに一番効果的と考えている。例えば、サンパウロ市は人口1200万人の都市で、犯罪率は非常に高いが、大部分の人は伸び伸びと過ごしている。我々は彼らから生活の知恵を学べばいいのである。例えば、服装である。大部分の女性がパンタロンを履いているならば、パンタロンを履く。サッカー見物の男性の多くが短パンとTシャツであれば、そういう服装をして出かける。ジーンズが多いとジーンズを履くということである。また地下鉄の中で、スマホやウオークマンをやっている人がいなければ自分でもやらない。本を読む人が少なければ、本を読まずに周りを観察するにとどめる等々である。周りを見て、治安が悪そう、危険な雰囲気がありそうな気がすれば、その場所からすぐに立ち去るようにすることも心がけなければならない。日本人であるから犯罪に会うというよりも「スキがある人が犯罪に会う」と考えるべきであろう。今年は、リオ・オリンピックの年である。オリンピック見学者には、「周りのブラジル人を常にウオッチする」ことをアドバイスしたい。
投稿者:桜井悌司