会報『ブラジル特報』2009年5月号掲載

                          桜井敏浩協会常務理事)



 2月22、23日にリオデジャネイロのサンバ常設会場サンボードロモで開催されたスペシャル・グループのパレードを見た。ブラジルのカーニバルといえば、1959年のフランス、ブラジル、イタリア合作映画『黒いオルフェ』のイメージからか、貧しい黒人たちが年に一度凝った扮装をしてエネルギーを発散させる祭りという先入観をもつ人が少なくない。またテレビなどで最近のリオのサンバ・パレードの光景を見る機会が多くなり、一つ一つのチームがきらびやかな衣装をまとった膨大な人数の歌手、踊り手、打楽器奏者から構成され、大きな豪華な光溢れる山車が続くのを見て、商業主義に毒されているとの巷間の指摘はもっともで、カルナバルは地方都市のものが本来の姿だとしたり顔の解説者に妙に納得してしまうのである。

 確かに、各エスコーラ・デ・サンバ(「サンバ学校」という直訳よりは、阿波踊りの「連」をもっと大規模にしたものといった方が的確かもしれない。ちなみにその日常はそれぞれの地元での生活助け合いや青少年音楽等の教育などの社会活動も行っている)は4、5千人から成り、それぞれの衣装や楽器、小道具、最大8台の巨大な張りぼてを付けた電飾に輝く山車は巨額の費用がかかり、企業等のスポンサーによる支援は不可欠であろうし、近年その人件費や制作費用を抑制しようとする動きもある。

 このパレードは、2晩にわたり数あるサンバ・グループのうち最上位にあるスペシャル・レベルの6チームずつが、審査区間650mを行進し、審査員が12チームに順位をつけるのである。今年は2003年から2006年を除いて5回優勝しているベイジャ・フロール(蜂鳥)の三連覇が成るかが焦点だったが、1984年にサンボードロモ常設会場が出来て以来、1993年に優勝しただけであったサウゲイロがベイジャ・フロールに競り勝ったものの、3位のポルテーラに至るまで僅差であった。

 しかしながら、多くの日本人に知られていないサンバ・パレードのもう一つの側面にも目を向けないと、この一大イベントの奥の深さ分からないだろう。登場する各エスコーラの行進はそれぞれテーマを持っていて、その内容を表現するために、5~7つ位の小グループと山車で巧みに筋書きを構成している。例えば、ベイジャ・フロールは「バーニョ(入浴)―歓喜のシャワーで湯浴みする、どんちゃん騒ぎで魂を洗う」という、水と人間の関係をエジプトから始りローマ時代は儀式と文化になったが、中世にはそれは快楽であると禁じられ衛生が悪化したこと、アマゾンのインディオからヨーロッパは沐浴の再文明化を学んだというストーリーになっている。5位に入ったグランデ・リオはブラジル・フランス交流年に因んだブラジルへのフランスの文化や思想の影響を列挙し、11位に終わったがモシダーデはブラジルの最も代表的な作家で今年が没後100年にあたるマッシャード・デ・アシスと生誕100年の詩人ギマランエス・ホーザの散文と韻文の文豪の業績を採り上げた。

 つまり、ブラジル文化の予備知識もなく、ポルトガル語も分からない外人観光客にとっては、ただ圧倒的な人的、物的な音と踊りと衣装、装飾の一大行進にすぎないかもしれないが、その内容には意外と深遠な語りかけが含まれているのであって、貧しい階層の人々による年一度の壮大なバカ騒ぎという軽薄な先入観は吹き飛んでしまう。ある地元のサンバ通は、「テーマの格調が高いのは、その方がインテリが多い審査員の受けがいいからさ」といっていたが、収容人員一杯の65,000人の観客のほか、TVはじめメディアの報道を含めれば、全世界の実に多くの人々が注目するこのパレードは、観客の前を行進するオペラという人もいるくらい、見方によっては実に奥が深く、多人種、多文化の国ならではのブラジルの見事な表現なのである。

参考文献:『もっと知りたいブラジル マジアル・サンバ -知られざるリオのカーニバル』 佐久間 圭輔 アララ文庫 (Tel/Fax 0467-44-4865 ararabunko@aol.com)  2007年8月
マジア・ド・サンバ-知られざるリオのカーニバル」 佐久間 圭輔 『ブラジル特報』 2007年9月号 (社)日本ブラジル中央協会http://www.nipo-brasil.org/word/?p=707
『リオ・デ・ジャネイロ カーニバル 2009年2月22日~23日』 米田 利耕 センチュリー・トラベル(サンパウロ) 2009年2月
「ストリートで見たスタジアムで感じた“全員が主役”のカーニヴァル2009」 KTa 『月刊ラティーナ』 2009年4月号 ラティーナ
Revista Beja-Flor de Nilopolis Uma escola de vidaDa Fonseca Cumunicação 20092