ブラジルは今、経済的に苦境にある。政府の経済・産業政策が必ずしも的確でなかったこともあるが、何よりも鉄鉱石、石油等資源に恵まれていることがその主要因である。資源の恵まれない我々日本からみると誠に羨ましいことである。ブラジルもアルゼンチンもベネズエラもロシアも大資源国であるが、みんな苦しんでいる。中国からの需要が著しく減少し、価格が急降下したのである。1バーレル当たり100ドルを超えていたのが今や30ドルを割るケースもある。鉄鉱石も同様である。日本は資源が無くて、人材だけで存続している国であるが、このような時期にはかえって幸運と言えるかもしれない。

日本はあらゆる点で恵まれた生活大国である。食べ物はおいしいし、清潔で衛生的かつ治安も抜群に良い。あらゆることが時間通りに動く。しかし、これらの好条件は、日本で生活をする分には大変結構なことではあるが、一度でも、外国に出ると、これらの良さがすべて裏目に出ることになる。グローバリゼーションにも逆行することになる。日本食は、フランス料理、メキシコ料理、トルコ料理、地中海料理とともに世界遺産に登録されたことでも理解できるように、おいしくて、ヘルシーで価格もピンキリではあるが総じてリーゾナブルである。イタリア料理もおいしさには定評がある。サンパウロ駐在時代にイタリア貿易振興会(ICE)の所長と時々話をする機会があった。料理のおいしい日本人とイタリア人は外に出るとまずいものを食べなければならないので大きなハンデイを背負っているという点で意見が一致した。治安については以前の原稿でふれたので多くは説明しないが、一歩でも外に出れば、常に治安に留意しなければならないことになる。日本人は、「自分の身は自分で守る」ということを十分に理解していない世界でも数少ない不思議な国民である。清潔で衛生的なこともハンディに繋がる。アジアや発展途上国などのレストランや食物は、必ずしも衛生的だとは言い難い。日本の家庭やホテル、レストランでは常備されているトイレのウオッシュレットなどもハンディの塊である。ウオッシュレットは残念ながらまだまだ世界には普及していない。私が駐在していたブラジルのサンパウロ時代(2003年11月~2006年3月)にウオッシュレットに出会ったのは1か所だけで、それも日本人が良く通っているPLゴルフ・クラブであった。今はもう少し普及していると思われるが、十分な普及までにはまだまだ時間がかかる。

サンパウロの地下鉄

サンパウロの地下鉄

海外で働く場合、日本の恵まれた点は世界でも例外だと認識し、「おいしくない国」、「治安の良くない国」、「衛生観念の薄い国」という世界の普通の国で働くのだということを自分に言い聞かせることが必要である。

日本では、すべてが正確な時間によって管理されている。例えば、JR、私鉄などは正確そのものである。数分遅れれば、乗客が騒ぎ出すほどである。駐在したミラノ駅などで鉄道に乗ろうものなら、時刻に遅れるのは当たり前、ミラノ駅からベネチア駅のような主要幹線でも、どのホームから出発するのかもわからない。直前になって、掲示板に告知される。乗客はあわてて出発ホームまで走り出すといった感じである。時間の遅れは、スペインでもラテンの国々でもよく見られる。一度、予定よりかなり早く着いたケースもあった。1992年のセビリャ万博開催直前に、スペインの高速鉄道(AVE)が開通した。ほとんど試運転もなく開通した。来訪者の万博駅到着時間に合わせて、余裕を持って出迎えに行ったのだが、向こうから当人が歩いてくるのに遭遇した。予定よりかなり早く着いたからだと言う。航空機は風向きの関係で予定より早く着くことはあるが、日本では鉄道が予定より早く到着することなど聞いたことが無い。(日本でも新幹線が開通した時には張り切り過ぎて、スピードを出し過ぎて、途中の駅で時間調整したことあったというエピソードもあるが)スペインのAVEの運転手は、正確に到着するのが鉄道の使命だということを忘れ、誇り高くスピードを出したのであろう。サンパウロの公共交通機関は十分ではない。企業の幹部の多くは自動車でオフィスに通うのだが、まず予想した時間には到着せず、「道路が混雑して」という言い訳が日常茶飯事である。

サンパウロのバス

サンパウロのバス

また、事故が起こった場合、日本の至れりつくせりの途中経過報告もすべて裏目に出る。例えば、何か交通事故に遭遇したり、鉄道や飛行機の発着が遅れた時は、鉄道・航空会社のスタッフが懇切丁寧にその理由、正常化に要する時間等を説明してくれる。欧米先進国を含めた外国、とりわけブラジルのような新興国や発展途上国では、しっかりした説明もなく、延々と待たされる。理由等を聞きに行っても、「わからない」の一言である。担当者にすれば、情報もなく自分に直接に関わりのないことを聞かれても答えようがないということになる。海外で良く見られるケースは、日本から出張で来た重役とお付きのカバン持ちの間のやりとりである。飛行機が遅れると重役はイライラし、カバン持ちにその理由をせっかちに尋ねる。カバン持ちは、理由を尋ねるためにインフォメーションに行くが、当然ながら満足すべき回答が得られない。その旨重役に報告すると重役は怒りだすと言うケースである。顧客に対し親切に対応すると言う当然のケースが、外国では当然でなく、その結果、日本人にとってフラストレーションになるのである。日本の過剰なくらいの「おもてなし」も日本人が海外行くとハンディになる。日本式「おもてなし」などどこを探しても存在しないからである。

 

執筆者:桜井悌司