演 題:「ブラジル労働法改正について」
講 師:二宮正人氏(サンパウロ大学法学部教授、弁護士)
改正労働法集成(法律第13.467号)は、2017年7月13日、大統領の裁可を受け、11月11日より発効している。本講演では、この概要をお話する。
1.これまでの労働法について
1943年発効したCLT(統一労働法、と訳されるが、労働法集成、のほうが適訳)は、1927年発効したムッソリーニ労働法のコピーという説とそうではないという説があるが、労働者を過剰に保護する硬直性が様々な弊害をもたらしてきたことから、今回の改正となった。現在、年間150万件もの労働裁判がおこされているが(ちなみに、ブラジルにおける裁判全般では、1億件の裁判件数となっている)、企業側にきちんとした記録があれば勝訴するケースもあるが、まずは労働者側に軍配があがるのが普通だった。
2.労働法改正の概要
一言でいえば、硬直的な労働法に弾力性が出てきたことだ。いくつかあげると、
- 労使協定ないし労働協約の規定が労働法の規定に優越する。(憲法で保障される労働者の権利はこの限りにあらず)
- 勤務時間について。「勤務時間振替制度」(Banco de Horas)はこれまでは労働協約によってのみ取り決められたが、今後は労働者との個別の書面による合意によって認められることになった。但し、振替は時間外労働の後、6か月以内になされること。12時間36時間制勤務(12時間勤務に続き36時間のインターバル)は個別の労働契約で行える。また労働環境衛生に関する当局の事前許可が不要となった。
- 有給休暇について。年間30日の有給休暇は、これまでは二回分割しか認められなかったが、今後は3回に分割できる。ただし、1回は連続14日未満とすることはできない。残りは、それぞれ連続5日未満とすることはできない。
- 同一職種同一賃金。同一賃金に関する法規制は、就業規則または団体交渉によって役職及び給与の基準を定めることで、労働省の認可を得ることなく、内容を変更し、適用を免れることができる。
- 女性労働。妊娠中の被用者が中度または低度の非衛生的活動に従事することができる。
(以前は、工場現場で働く女性が妊娠するとデスクワークに移籍しなければならなかったが、今後は、工場現場の仕事が重度でなければ、そのまま働かせられる。但し、医師の診断書が提出されれば、この限りでない) - 非財産的損害。非財産的損害(セクハラ、パワハラ)の賠償金額について具体的な規定が設けられた。
- 労働契約の解約。1年以上勤務する被用者の労働契約の解約については、労働省または労働組合の許可が不要となった。解雇清算金の支払い期限は労働契約終了日から10日以内となった。解雇予告がなされた場合も同様。集団解雇の際の労働組合の事前許可または労働協約もしくは労使協定上の規定は不要となった。
- 組合費。業種組合、職能組合または専門職組合の組合費の支払い義務はなくなる。
- 紛争解決・仲裁。高額受給者(およそ月額1万レアル以上)の労働契約に仲裁条項を入れることが認められる。
- 労働訴訟。鑑定において必要な報酬は敗訴した側が負担する。両当事者は訴訟係属の有無に関らず、それぞれに弁護士を立てることを条件として、裁判外の合意を交わすことができるようになる。
などなど。
3.大統領暫定措置(2017年11月14日付け)について
- 12時間勤務に続き36時間の休憩のための間隔について、医療施設で働く労働者を除き、労働協約または労使協定によることが必要
- 暫定措置により、法律13.467号(改正労働法)は施行前からの労働契約にも適用される
- 連邦憲法の規定はあらゆる場合において法律および暫定措置に優先する
- 高度被用者(高額給与所得者)の労働契約は、若干の条件を前提に労働協約と労働協定に優先する
- 企業と組合間で締結された労使協定は労働協約及び労働法の規定に優先する
- 労働組合と使用者団体間の労働協約は労働法の規定に優先する
- 労働契約、労働協定、労働協約によって変更されていない法律規定は有効である
(但し、この大統領暫定措置は、120日以内(2018年3月まで)に国会によって承認されない場合は効力を失う。)
4.法律13467号に対する企業や一般の評価・反応について(二宮教授コメント)
- 給料やその他恩典に関する見直し規定がないことに不満。(憲法第7条の規定により給料を下げられない、改正できない、という硬直した給与システムは変わらず)
- 現在労働市場は微回復しているが、これは改正労働法のためではない
- 政治は混乱(テメル大統領は司法から訴追されており、大統領職を離れたら逮捕?)、但し、経済は復調傾向、低インフレ、投資の回復、政府の財政均衡政策は有効に機能、と経済についてはまずまず。
- この労働法改正に関する法曹界(判事、弁護士、学者)の意見は多種多様、賛否両論。
- 否定的意見は、本改正は労働者の権利を侵害し、違憲であり、労使間関係不均衡、と。
- サンパウロ第一審労働裁判所は8部あり、その判事たちの意見は、賛成反対半々。
5.実際のところ、どうなっていくか
- この法律に対して、既に1,000本近い改正案が国会議員によって出されており、その結果が注目されている。
- もし国会が上記の暫定措置を無修正で承認すれば、法律として有効になる、が、一部承認となると、再度大統領の裁可を経ることになり、その場合は、大統領は一部または全部について拒否権を発動することもできる(すなわち、どう落ち着くか、は、まだわからない)。
- ラヴァジャット(汚職摘発)における司法の活躍、今回の労働法改正などはプラスに評価すべきであり、ブラジルも法治国家に近づいてきた、ともいえる。
- ともあれ、今後1年くらいは、この改正労働法をめぐって裁判所がどのような判断を下すか、など趨勢を見守る必要があると考える。
日 時 | 2017年12月6日(水) 14:00~15:30(13:30受付開始) |
会 場 | フォーリン・プレスセンター
アクセスマップ |
参加費 | 【個人会員】1,000円【法人会員】2,000円【非 会 員】3,000円
※当日、会場にて領収書と引き換えに、参加費を申し受けます。 |