「よき市民」育む子供オケ

ブラジル北東部貧困地区の学校、草の根活動で支援   岩尾 陽

岩尾 陽 氏

ブラジル北東部ペルナンブコ州の州都レシフェは、2014年のサッカーワールドカップ・ブラジル大会で日本代表チームが初戦を戦った町。治安の悪さが強調されて報道されたが、「南米のベニス」の異名を持つ。そのレシフェに、貧困地区に暮らす子供たちで結成された「子供市民オーケストラ(オルケストラ・クリアンサ・シダダオン、OCC)」がある。

同地の弁護士で私の友人ジョアン・タルジーノが06年に設立。長年、経営コンサルタントとしてブラジルに進出する日本企業と仕事をしてきた私も活動を手伝っている。行政の補助金は受け取らず、企業や篤志家からの寄付で運営する草の根的な団体だ。在籍する子供たちは約350人にまで増え、14年にはローマ法王に招かれバチカンで演奏をするという栄誉にあずかった。

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 学校は陸軍基地内

学校は市内で最も「安全」といえる陸軍基地の敷地の中にある。6歳から21歳までのメンバーの大半は数百メートルほど離れたコキ地区の出身。ここで集団生活を送りつつ地元の学校に通い、弦楽器の演奏や音楽理論などを学ぶ。暴力やドラッグがはびこる場所で生まれ育った彼らに、歯のケアを含む医療や心理面のサポート、1日3度の食事、制服を支給している。

ジョアンが目指すのは彼らが良き市民になるための教育、教養を身につけること。オーケストラはそのための専門学校のようなものだという。

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 勇気与えたメッセージ

初めてOCCを訪ねた私は、練習室の外壁に取り付けられたタイルのプラカードに目を見張った。「どの子も育つ、育て方一つ」など数々の名言を残したバイオリンの鈴木メソッドの創始者、鈴木鎮一氏の言葉がポルトガル語に訳され、手書きされていたからだ。

鈴木氏のメッセージは地球の反対側に届き、厳しい環境での子育てを余儀なくされるレシフェの親たちに勇気を与えた。同行した東京・文京の文京楽器の堀酉基社長(当時は取締役)は、子供たちが目を輝かせ「日本では勉強すればお金持ちになれる?」などと聞いてきたのに胸を打たれたと言った。教育を受け、社会に出て働くという、日本人にとってごく自然な人生を選択できない子供は世界に大勢いるのだ。

実はペルナンブコ州はバイオリンと深い関わりを持つ。国名の由来であるパウ・ブラジルというマメ科の樹木は、バイオリンの弓を作るのに最適な堅さと弾力を持つ。同州産出の最上質のパウ・ブラジルは、18世紀からフランスの弓職人に好まれ「フェルナンブコ」と呼ばれるようになった。

「日本でフェルナンブコを買ってくれる人はいないか」。ジョアンから連絡が入ったのは10年のこと。パウ・ブラジルは現在、絶滅の恐れがある

ローマ法王を囲むOCCメンバー

ローマ法王を囲むOCCメンバー

としてワシントン条約で輸出が厳しく制限されている。聞けば、OCCの協力者で楽器職人のバチスタさんが半世紀かけて収集した2万6千本の弓材が、灰となって消える可能性があるという。

バチスタさんが収集を始めたころ、その貴重さはほとんど知られていなかった。彼はパン屋などにまきを運ぶトラックの荷台から、質のいいパウ・ブラジルを選んで買い集めたという。ところが重い病にかかり、価値の分かる人に譲りたがっていた。人類にとっての宝物だと直感した私とジョアンはブラジル当局に掛け合い、最後は州の担当判事の許可まで取り付け、堀さんの会社に買い取ってもらった。

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 次の夢は「工場設立」

楽器職人でもある堀さんはOCCとの交流ができたのを機に、自ら制作した100本の弓を子供たちに贈ってくれた。古びた弓を真新しい一級品に替えたとたん、音色が変わった。バチカンでの演奏会で共演するソリストとして、世界的なバイオリニストの久保陽子さんを紹介してくれたのも堀さん。彼女はレシフェに教えにも来てくれて、日本とOCCとの関係はさらに深まった。

私たちの次の夢はレシフェにバイオリンの弓工場を作ること。堀さんの工場に意欲ある子供を招いて訓練を積んでもらい、フェルナンブコの弓を制作できるようにしたい。幸い町の資産家が支援を買って出てくれた。ジョアンやこの資産家のような「良き市民」に支えられた子供市民オーケストラはこれからも素晴らしい音色を奏でていくことだろう。(いわお・あきら=会社経営)