2020年8月 前在サンパウロ総領事 野口泰

2020年7月28日、筆者は3年弱の在サンパウロ日本国総領事の任務を終え、サンパウロのグアルーリョス空港を後にし帰国の途についた。初めてのブラジル勤務はあっと言う間の時間であったが、非常に充実した中身の濃い時間であった。在サンパウロ総領事館の館員・現地職員をはじめ多くの方のサポートを得て任務を全うすることができたことに感謝する次第である。
このブラジル勤務の経験をまとめて、多くの方にブラジル及びサンパウロのことを知っていただきたいと思ったのはある契機があった。それは、ビジネスで何度も日本に行ったことのあるブラジル人と懇談した際のこと。そのブラジル人が、「自分は何度も日本に行って日本人と話をしたが、今の日本人は、ブラジルに移住した日本人が如何に苦労したか、その苦労を経た上で世代を経るに従ってブラジルで成功し、確固とした地位を築き、ブラジルにおいて日系人は特別に信頼され、尊敬された存在となっていることをあまり知らないね」と言われたことに端を発する。日本でもブラジル日系社会の歴史はそれなりに知られているとは思うが、ここまでの苦労をされ、その後の努力により、ブラジルでは日本・日本人が信用・信頼のシンボルとなり、ブラジル人が如何に日本・日本人のことが好きであるかについては、確かにまだ十分には知られてないかもしれない。そこで、自分の経験をまとめて現代の多くの日本の方に知ってもらいたいと思った。もちろん、110年を超える日系ブラジル移民の歴史がある中で、わずか3年間にも満たない経験だけで日系社会やブラジルのことを書くことはおこがましい感じもした。それでも、今のブラジルの日系社会がどのような状態にあるかを今の日本の日本人に知ってもらうことは重要なのではないかと考えた次第である。
また、筆者が着任した頃は、日本の新たな発信拠点であるジャパン・ハウス・サンパウロ(以下、ジャパン・ハウスSP)が開館して間もない頃であり、ジャパン・ハウスSPが如何にサンパウロの人たちに愛され、サンパウロの他の文化施設と肩を並べる存在になったかについても、日本の皆さんに知っていただきたいと思う。2020年2月には、来館者が200万人を超え、日本のコンテンポラリーなアート、日本の地方の魅力、 日本食、日本企業プロモーション、政策発信など多くのイベントに使われている。
そして、ブラジルには、2億人を超えるマーケット、豊富な天然資源などを念頭に積極的なビジネスを行っている日本企業が約700社存在する。難しいビジネス環境の中で、日本企業をどのように側面支援させていただいたかについても書かせていただいた。
概ね原稿を書き終えたところで、新型コロナウイルス危機が発生した。筆者の業務も、最後の4ヶ月はこの対策一色になった。こうした中、日本においては、ブラジルでは感染がどんどん拡大しているにもかかわらず、ボルソナーロ大統領がマスクもつけずに外出して新型コロナウイルスは「単なる風邪だ」と言い放っていることなどが大きく報道されていたが、こうした中で、筆者が見たサンパウロでの新型コロナウイルス感染拡大の状況と対策についても触れてみることとする。
あくまでも、筆者が在任中に見聞きした経験に基づいたもので網羅的なものではなく、また、コロナ禍の前と後では状況が著しく異なっている面もあるが、本稿を通じて、多くの日本の皆様にブラジルそしてサンパウロの魅力が伝われば幸いである。なお、本書に示された見解は必ずしも日本政府の見解を表すものではない点にご理解いただければ幸いである。

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