当地ジャパン・ハウスSPは、2017年4月に開館した。日本の多様な魅力や政策・先端技術などの発信を通じ、親日派・知日派を増やすことを目的に創設された。2020年2月に来館者200万人を達成するなど多くの来館者に恵まれている。筆者は在任中ジャパン・ハウスSP運営委員会議長を務めたところから得たこれまでのジャパン・ハウスSPの取り組みにつき紹介したい。

1 来館者多数の背景

これまで多くの来館者に恵まれている点については以下の要因が考えられる。

(1)日本人移民の110年を超える歴史

ブラジルは日本人移民110年以上の歴史を有し、ブラジル国内では、日系人は農業、医療、教育、文化、スポーツ、エンジニアリング、法曹、産業、政官等の様々な分野で多大な貢献を果たしており、その実直、正直、誠実、時間厳守、規律正しさ等の性格とも相まって、ブラジルにおける日本・日系人に対する評価・信頼は極めて高いものがある。こうした日本に対する分厚い親日層が基盤にある中で、新しい日本、現代の日本を魅せる取り組みが好評を博したと考えられる。

(2)ブラジル人目線の展示

ジャパン・ハウスSPの生命線は3~4ヶ月の期間で行われるコンテンポラリーな日本の文化・技術等の各種展示である。こうした展示については、東京主導の巡回企画による展示に加え、ジャパン・ハウスSP事務局スタッフがブラジル人の関心を集めそうな展示は何かといった観点から展示企画が提案されることもある。何れにしても、ジャパン・ハウス東京事務局とジャパン・ハウスSP事務局が緊密に連携することとしている。ブラジル人の目を通して、ブラジル人が見たいもの・知りたいものは何かといった観点からの展示であることもあり、ブラジル人に関心を持ってもらっている。例えば、ユニットNONOTAKが作り上げる光と音の展示である「次元 DIMENSION」展は、ブラジルの若者を特に引きつけた。
ハイテクの素材を使ったファッションショーであるANREALAGE「A LIGHT UN LIGHT」展も当地メディアの大きな注目を浴びた。

また、2020年2月にオープンした、18万本の割り箸を使った川俣正氏による「コンストラクション」展は、現地主要紙の一面を飾った。こうした経緯もあり、多くの来館者を得たとの分析がなされている。筆者は日本から来られた訪問者に何度かジャパン・ハウスSPをご案内する機会を得たが、ジャパン・ハウスSPは日本人も気づいていない日本の魅力を上手に展示しており、日本人にも是非見て欲しいといった反応をされる方もおられたのが印象に残っている。初代館長のアンジェラ・ヒラタ氏は日系人ではあるものの、ブラジル社会のビジネスで成功した実績を有しあくまでも視線はブラジル人の目であったし、ヒラタ氏の後を引き継いだ2代目館長マルセロ・アラウジョ氏は、サンパウロ州政府文化長官、ブラジル博物館協会会長等を歴任したブラジルにおける文化行政の第一人者であり、同じくブラジル人の目線で展示の企画に従事された。そして、2020年4月、3代目の館長としてエリック・クルッグ氏が就任した。クルッグ氏は、サンパウロ市内にあるサッカー博物館及びポルトガル語博物館の館長として、民間スポンサーの獲得、同博物館の立て直しに手腕を発揮した実績があり、今後の活躍が期待されている。また、ジャパン・ハウスSP事務局には、ビジネス出身者、文化分野のエキスパート、日系、非日系ブラジル人などから、モチベーションが高く、かつ優秀な人材が集まり、チームワーク良く業務に当たっている。

(3)抜群のロケーション

当地ジャパン・ハウスSPは、人口1,200万人のサンパウロの一番の目抜き通りであるパウリスタ大通りに面するといった抜群のロケーションにあることも、集客面で重要な要素である。また、隈研吾氏設計による檜を使った「地獄組み」のファサードが、通りがかりの人にも、シズル感、「何か面白そうだな」といった人を惹きつける独特の魅力を醸し出しているのが、来館者の増加に大きく貢献している。

(4)コンテンポラリーな文化の発信

名誉館長を務めていただいている著名な元外交官ルーベンス・リクペロ氏(下記参照)は常々、他の国はサンパウロにおいて従来からの伝統的な広報文化活動を引き続き実施している印象が強いが、日本は伝統的な文化活動に加え、ジャパン・ハウスSPによりコンテンポラリーな文化・技術の紹介に成功しており、他国に一歩先んじているとの評価をしている。また、ジャパン・ハウスSPはサブカルチャーの発信にも正面から向き合っており、例えば「浦沢直樹-漫画という芸術」展を開催して人気を博した。

(5)オープニングから注目

当地ジャパン・ハウスは、オープニングの時からブラジル国内で多くの注目を浴びてきた。オープニングには、我が国より、麻生太郎副総理兼財務大臣にご出席いただいたのに加え、ブラジル側はミシェル・テメル大統領(当時)、アロイジオ・ヌネス外務大臣(当時)、ジェラルド・アルキミン・サンパウロ州知事(当時。2018年大統領選挙立候補)、ジョアン・ドリア・サンパウロ市長(当時。現サンパウロ州知事)等の要人が多数参加した。こうした要人の顔ぶれは、がジャパン・ハウスを歓迎している証左であると思われる。また、諸外国の要人がジャパン・ハウスSPを訪れ、是非自国にもジャパン・ハウスを開設して欲しい、という声をいただいたこともある。

ジャパン・ハウスSPオープニング(2017年5月)

2 サンパウロの主要文化施設として認知されたジャパン・ハウス・サンパウロ

(1)サンパウロ市民も評価

多くの来館者に恵まれていることに示されている通り、当地ジャパン・ハウスはサンパウロ有識者を中心に高く評価されている。サンパウロ有識者より筆者に対し、「日本政府にジャパン・ハウスを作ってもらいありがとうと感謝申し上げたい」といった声をよく聞いた。特に、サンパウロ市民の気持ちを感化したのは、日本政府がロンドン、ロサンゼルスと並んで、サンパウロを世界3カ所のジャパン・ハウスの場所の一つに選んだことに加え、その一号館がサンパウロでオープンし、最も来館者が多いという点にある。また、2020年2月にオープンしたプロジェクションマッピングを使った「Dreamed Japan」は、コロナウイルス感染症対策で入場制限を行ったにも関わらず、1日あたりの来訪者としては、ジャパン・ハウスのすべての展示の中で歴代トップ5に入る程の人気で、サンパウロ市民からの評価が高かった。近年、サンパウロでは、ジャパン・ハウスSPの所在するパウリスタ通りにモレイラ・サレス美術館がオープンし、SESC(ブラジル商業連盟社会サービス。各種文化・教育・スポーツ等普及活動を行っている団体)が新装オープンする等、文化施設の集積が図られている。パウリスタ大通りの中でも、特にジャパン・ハウスSPを中心とする地区は、カザ・ダス・ホーザス(バラの家)、イタウ・クルトゥラウ(イタウ銀行文化施設)、新装SESCが集積し相乗効果がみられ、各々の訪問者が近隣の施設も併せて訪問することにより、各施設の来訪者の増加傾向が見られている。

(2)他のサンパウロ文化施設との協力

2018年3月及び2019年4月に、パウリスタ通りを代表する7つの文化施設が協力して行った文化祭りである「パウリスタ・クルトゥラウ(Paulista Cultural)」においては、ジャパン・ハウスSPは唯一の外国の文化施設として参加したが、これもジャパン・ハウスSPがサンパウロ市民から高く評価され、認知されている結果と言えるであろう。

(3)サンパウロ市創立の日

さらに、毎年1月25日はサンパウロ市政記念日としてサンパウロの祝日であるが、2018年は同日に、サンパウロを代表するラジオ番組がジャパン・ハウスSPから1日中生中継を行い、その中で、筆者及びアンジェラ・ヒラタ館長(当時)に対してインタビューが行われたが、これもジャパン・ハウスSPがサンパウロのアイコニックな施設として認知されている一例と言えるであろう。

サンパウロ市創立記念日インタビュー(2018年1月)

(4)文化の街サンパウロ

サンパウロは元々ビジネスの街として南米経済の中心都市の役割を果たしていたが、上記文化施設等の増加もあり、経済の中心に加え、文化の集積もみられ、それに伴い観光客も増えているようである。当地ホテル関係者によると、かつてサンパウロはビジネスの街なので週末の稼働率が低かったが、パンデミック以前のことではあるものの,観光客の増加に伴い、週末の稼働率がかなり上昇したようである。こうしたサンパウロの観光産業発展にジャパン・ハウスSPも一定の貢献をしているものと思われる。なお、ジャパン・ハウスSPの成功に触発されてか、韓国は、2019年8月、既存の韓国文化院をジャパン・ハウスSPと同じパウリスタ通りに移転している。

3 名誉館長・運営委員会

(1)リクペロ名誉館長

ジャパン・ハウスSPの運営においては、ルーベンス・リクペロ名誉館長の役割も大きい。同名誉館長は、ブラジル外務省事務次官、駐米大使、財務大臣、国連貿易開発会議(UNCTAD)事務局長等を歴任したブラジルを代表する有識者であるということでジャパン・ハウスSP名誉館長に就任いただいたと承知している。運営委員会にはほぼ必ず出席し、豊富な経験に基づいた見識を披露していただきつつ、ジャパン・ハウスSP運営委員会委員も、その発言には一目置いている等運営の重石ともなっており欠かせない存在である。同名誉館長は、UNCTADの功績やジャパン・ハウスSPへの貢献などもあり、令和元年度秋の叙勲で旭日大綬章が授与された。

(2)運営委員会

3ヶ月に一度開催される運営委員会の役割も重要である。ビジネス界、政界、日系社会、マスコミ、ブラジル企業、学界、法曹界、スポーツ等多様なバックグラウンドを有する各界を代表する委員により構成され、運営についての貴重なアドバイスをいただいている。また、各委員はブラジル国内の有力者であり、筆者としては有力者との人脈構築の観点からも運営委員会を通じた彼らとのコミュニケーションは重要であり、ブラジル政治・経済情勢につき多くのことを学ぶことができた。

ジャパン・ハウスSP運営委員会(2018年12月)

4 日系社会との関係

(1)日系社会との協力

ジャパン・ハウスSPにとって、日系社会と如何に協力していくかは非常に重要なテーマである。日系社会は日本文化のブラジル国内における日本文化普及の拠点として、ブラジル日本文化福祉協会(文協)を中心に活動してきた経緯がある。こうした中、総領事館と日系社会との幾度にもわたる協議を経て、さらに、ジャパン・ハウスSPが成功を収めサンパウロ市民よりも十分に認識されるようになったこともあり、日系社会とジャパン・ハウスSPとの協力関係は進んでいる。2018年のブラジル日本人移住110周年に際しては、同ハウスが110周年関連グッズの販売を手伝ったり、日系社会関連のイベント(日系社会実態調査発表会、日系若手ネットワーク拡大イベント、日本祭りシンポジウム等)の会場として場所を提供したりする等の協力関係があり、日系社会よりも評価されている。特に、2019年6月から8月にかけてジャパン・ハウスSPで開催された生け花の「DŌ(道)― 平静の極みへ」展については、ブラジル生け花協会と協力して開催されたが、開催期間が約1ヶ月と短かったにも関わらず約10万人の来館者があり、通常、生け花協会が実施する展示ではここまでの数は期待できないということでジャパン・ハウスSPでの開催を高く評価されていたことが印象的であった。

ジャパン・ハウスSPでの生け花展

日系社会とジャパン・ハウスSPが車の両輪となって、ブラジルにおいて幅広い日本の魅力を紹介し、骨太の親日層をじわじわと拡大することが期待されている。

また、2019年4月から6月、ジャパン・ハウスSPにおいて、47都道府県を代表する工芸品を1点ずつ展示する「NIPPONの47人CRAFT」展が開催された。かねてより当地各県人会は、母県特産品の当地における販売促進に高い関心を持っているところ、ジャパン・ハウスSPでの同イベント開催中、館内のセミナールームを活用しつつ、20以上の県人会が地元の観光促進や特産品のプロモーションを行った。

なお、2020年の「日本移民の日」である6月18日、ジャパン・ハウスSPはオンラインで、日本人移民に関するトークショーを開催した。日系女性ジャーナリストのタイス・オヤマ氏がモデレーターを務め、パネリストとして、ルーベンス・リクペロ・ジャパン・ハウスSP名誉館長及びカズオ・ワタナベ・サンパウロ州高裁判事が出演し、日系社会がブラジルに対して行ってきた貢献につき議論が行われた。こうした形でのジャパン・ハウスSPと日系社会の連携が継続することを期待したい。

(2)若手日系人の取り込み

若手日系人の中には、ともすると日本との関わりが希薄となり、日本への関心が薄くなっている日系人もいる。ジャパン・ハウスSPの展示は特に若者に人気の高いものが多いことから、多くの若手日系人にジャパン・ハウスSPを訪問してもらい、日本への関心を持つきっかけになればと期待している。

5 国際交流基金及びJETROとの連携

(1)ジャパン・ハウスSPは、文化芸術交流、海外日本語教育、日本研究・知的交流を推進する国際交流基金との連携にも十分に意を用いているところである。国際交流基金サンパウロ文化センターは、より効率的・効果的に事業を行うとの観点から、ジャパン・ハウスSPと同じビル内に事務所を構えた結果、ジャパン・ハウスSPに多数の来館者が訪問していることもあり、国際交流基金図書館の来館者も増加していると承知している。また、国際交流基金の各種イベントも積極的にジャパン・ハウスのセミナールームを活用しており、両機関の連携が進んでいる。同じビルに拠点を構えていることにより、両機関のコミュニケーションが円滑となり、相乗効果が現れていることが伺われる。2019年4月よりは、国際交流基金サンパウロ文化センター所長がジャパン・ハウスSP運営委員会に加わり、より連携が強化されることになった。
(2)JETROも2018年10月、「ジャパンこだわりデザイン展」をジャパン・ハウスSPで開催し、食材をワッフル状に削れるワッフルピーラーや、手の体温がスプーンに伝わりやすく固く凍ったアイスクリームでも簡単に掬うことができるアルミ製スプーン等、日本企業25社の魅力的な製品展示及び販売促進会を実施するなど、日本企業のビジネス促進に努めている。また、2018年9月の北海道胆振東部地震の被災地の復興を目的に、2019年2月北海道復興観光セミナーをジャパン・ハウスSPで開催し、旅行代理店等の関係者を招きつつ、実際に北海道を旅行した経験を有する日系ブラジル人ジャーナリストのプレゼンテーションを行って、北海道観光を促進する取り組みなども行った。その他、JETROは、イノベーションイベント「プロ投資家の新規事業の評価方法」、高崎市プロモーションイベント「高崎だるま絵付けワークショップ」などジャパン・ハウスSPを活用して積極的なプロモーション活動を行なっている。日本国内の各都道府県には、JETRO地方事務所が存在するところであり、各県特産品・農産品の海外展開において、これら地方事務所と連携することも有益であり、各県はこうしたJETROや県人会と連携して地元産品の輸出促進を図っている。

ジャパン・ハウSPスでのこだわりデザイン展(2018年10月)

6 南米の発信拠点としてのジャパン・ハウス・サンパウロ

ジャパン・ハウスSPは、サンパウロの発信拠点のみならず、ブラジル及び南米における発信拠点としての役割も期待されている。こうした中、2018年5月のジャパン・ハウスSPにおける河野外務大臣(当時)による政策スピーチに際しては、ウェブ中継を行うことにより対南米発信に努めた。

河野外務大臣(当時)ジャパン・ハウスSP講演(2018年5月)

また、2018年8月から9月にかけて開催された日本の伝統的な武道を紹介する「DŌ(道)-徳の極みへ-」が、リオデジャネイロにおいても開催され、今後他の都市への横展開が期待されている。

「DO(道)-徳の極みへ」展(2018年8月21日~9月6日)

7 日本企業支援

(1)日本技術のショールーム

ジャパン・ハウスSPの重要なミッションのひとつは、日本企業のブラジルあるいは中南米へのビジネス展開を側面支援することである。ジャパン・ハウスSPには、TOTOのウォッシュレットのトイレ、三菱電機のエレベーター及びハンドドライヤー、空調機,NTTのwifi、パナソニックの60型TV及びセキュリティカメラ等が設置されており、我が国の進んだ技術を紹介しつつ、日本企業にビジネスチャンスを提供している。TOTOのウォシュレットトイレについては、当地大手高級家電量販店が輸入販売を行うことになり、そのお披露目式が2019年8月にジャパン・ハウスSPで開催された。

(2)SNSが盛んなブラジル

キヤノンはこれまでいくつかの個別展示のスポンサーとなってきた。その対価として、週末、ジャパン・ハウスSPの敷地にある外土間で、キヤノンの1眼レフカメラを来訪者に貸し出し、ジャパン・ハウスSPでキヤノンのカメラで撮影した写真であることを明記した上で、各自のSNSにアップしてもらうことにより、写真文化の普及、ひいてはキヤノンカメラ販売促進に努めていた。

ジャパン・ハウスSPにおけるキャノンプロモーション(2018年12月16日)

 

キヤノン関係者によると、1日300人程度に貸し出し、ブラジル人の若者の行動様式として平均800人程度のフォロワーがいることを考えると、1日24万人にリーチしたことになり、こうしたリーチ数は他のキャンペーンと比較してもかなりの数になるとのことであった。キヤノンとしても、ジャパン・ハウスSPでのプロモーションを重視しているとのことであった。世界の我が国の在外公館のうち180を超える大使館・総領事館が自館のフェイスブック・アカウントを持っているが、2020年2月の統計によると、フォロワー数のベスト10には、在ブラジル大使館が世界最大のフォロワー数(約42万人)を誇るほか、在サンパウロ総領事館(約27万人)が第4位であるなど在ブラジル在外公館が目立つ。

 

我が国在外公館FBフォロワー数ランキングトップ10(2020年2月時点)

このようにブラジル人がSNS好きな国民であることから、SNSを使ったプロモーションがブラジルでは極めて効果的であることがわかる。また、We are social社の調査によると、各国の1日の平均のインターネット使用時間につき、ブラジルはフィリピンに次ぎ世界第2位で9時間29分であった。因みに、日本は3時間45分で40位とのことである。

(3)無印良品(MUJI)

ジャパン・ハウスSPでは、2018年6月から8月にかけて、無印良品の「POP-UP STORE」を展開した。筆者自身、オープンするまでブラジル人にどこまで無印良品の製品が受け入れられるものなのか半信半疑であったが、蓋を開けてみると非常に多くの来館者(約14万人)に恵まれた。1日あたりの来訪者としては、ジャパン・ハウスSPのすべての企画・巡回展示の中で最も多いものとなった。こうした人気の背景としては、ブラジル人の中でも、ニューヨークやヨーロッパ諸国ヘの旅行経験者が多く、ユニクロと並んで無印良品等の日本のブランドも外国旅行を通じて馴染みがあるとの解説もあった。いずれにしても、無印良品のような機能性、コンパクト、清潔感、デザインに富んだ製品はブラジルでも十分にマーケットがあると思われる。ダイソーやすき家もサンパウロ州で既に多くの出店を達成しているが、人口2億人のマーケットをにらんだブラジルのBtoCのビジネスも今後大きな潜在性があると考える。花王はジャパン・ハウスSPでBioreの販売促進を行い、その後売上げが伸びていると聞いている。ブラジルの化粧品マーケットは、米国、中国に次いで世界第3位とも言われており、日本の化粧品メーカーもまだまだビジネスチャンスがあると思われる。ただし、こうしたビジネスの展開にあたっては、高い関税、複雑な税制、輸入物品の規制当局による長期間の審査等の課題が指摘されている。ジャパン・ハウスSPでのプロモーションや市場テストに加え、ビジネスフレンドリーな環境に向けてのブラジル政府への働きかけ、ブラジルとの貿易障壁を削減する努力も引き続き必要になってくる。現在、ブラジルはボルソナーロ政権の下で、経済自由化の方針が打ち出されており、日本企業にとってもビジネス環境が改善されることを期待したい。

(4)その他の日本企業の活動

ジャパン・ハウスSPはサンパウロ州教育局と連携して、サンパウロ州立中学・高校の学生を見学に招き、ブラジルにおける将来を担う世代への日本の魅力発信にも努めた。こうした見学会に際しては、日清食品がカップヌードルを提供しており、日本企業のビジネスプロモーションの機会にもなった。
当地においては、長年にわたって操業している日本企業も多く、例えば、トヨタ自動車は操業60周年のイベントを、またNEC(日本電気)は50周年のイベントをそれぞれジャパン・ハウスSPを活用して実施した。
その他の企業も各展示の内容を見極めつつ、積極的にスポンサーとなっていただいている。2018年6月から10月にかけて、日本の旨味等の味や香りを展示する「Aromas e Sabores」が開催されたが、当地で調味料を販売している味の素がスポンサーとなってバックアップしていただいた。味の素は、8月から9月にかけて開催された日本の伝統的な武道を見せる「DŌ(道)-徳の極みへ-」展にもスポンサーとなっていただき、当地で販売している疲労回復アミノ酸補給剤である「アミノバイタル」の販売促進などを行った。

 

8 スポンサーの獲得

(1)持続可能な運営

ジャパン・ハウスSPは、自ら収益を上げることも求められており、持続可能なジャパン・ハウスSPの運営に向けて、企業のスポンサー獲得に力を入れている。展示毎にスポンサーを個別に集める形に加え、ハウス・スポンサー制度のもとで、年間一定の金額、あるいは物的支援をいただくことと引き換えに、各社のロゴマークのジャパン・ハウスSPにおけるディスプレイ、セミナールーム等の低料金での活用、ジャパン・ハウスSP特別イベント開催の際の優先招待等の特典を提供しつつ、企業のスポンサーを募っている。2020年7月現在、ダイアモンドメンバーとして、NEC、キヤノン、ゴールド・メンバーとして、三菱電機、味の素、インターコンチネンタルホテル、タカサゴが名を連ねている。

(2)NECの顔認証ソフト

例えば、NECはハウス・スポンサー契約に当たって、ジャパン・ハウスSP内に顔認証ソフトウェアを無償提供する契約を結んでいる。こうした協力により、NECとしてはブラジルにおける更なる顔認証ソフトウェアの展開を睨んでいる。ジャパン・ハウスSPにとっては、NECの顔認証ソフトウェアの更なる導入によって、効率的・効果的なジャパン・ハウスSPの展示・運営に役立てることとしている。このようにジャパン・ハウスSPにとっても、NECにとってもハウス・スポンサー契約は大きなメリットがある。なお、NECはブラジル国内の14の全ての国際空港に顔認証ソフトウェアを入れ、犯罪容疑者や脱税者の摘発に効果を発揮している由であるほか、ジャパン・ハウスSPでデジタル・トランスフォーメーションなどに関する様々なイベントも開催している。

9 日本の地方創生

(1)人口減少・超高齢社会克服のために

ジャパン・ハウスSPに期待することとして、ジャパン・ハウスSPが地方創生にも資するような役割を果たして欲しいとの要望をいただいている。日本の地方は、人口減少・超高齢社会の最前線にあり、出生率の低迷に加え、若者の都会への流出もある。今のままではコミュニティとしての機能を維持することが困難になる自治体も出てくるとも言われている。筆者はサンパウロ着任前、2年間、宮崎県警本部長として宮崎県に勤務・生活していたが、人口減少・超高齢社会の厳しい現実を目の当たりにしたところである。地方創生のためには、若者にも魅力があり、地方に定着できる仕事を増やし、その地での人口を確保しつつ、町を活性化していく必要がある。地方での仕事を増やすために多くの自治体が重視しているのが農水産品の海外展開とインバウンド観光誘致である。こうした問題意識のもと、ジャパン・ハウスSPでは日本の地方創生にも資する役割を果たすよう努めている。

(2)被災地の復興

例えば、2017年10月に内堀福島県知事がサンパウロを訪問された際には、ジャパン・ハウスSPで福島復興に関する同知事の講演会が行われるとともに、福島特産の喜多方ラーメンのプロモーションも行われた。こうした福島県の努力や在ブラジル日本大使館の働きかけなどもあり、2018年8月、ブラジルによる福島県農産品の輸入規制が解除され、ジャパン・ハウスSPとして地方創生に向けて貢献した形となった。また、2018年8月には、達増岩手県知事がサンパウロに来訪された機会をとらえ、岩手県の日本酒である南部美人のプロモーションがジャパン・ハウスSPで行われた。更に、2018年11月に小野熊本県副知事(当時)が当地を訪問された際には、熊本県のゆるキャラである「くまモン」も併せてサンパウロを訪問し、ジャパン・ハウスSPで「くまモン」のイベントも行った。

くまモンとの写真(2018年11月)

こうした努力を通じて、多くのブラジル人が熊本県を訪問するようになれば幸いである。2019年8月には、北海道人ブラジル移住100周年式典が当地で開催され、北海道からも中野副知事をはじめとする慶祝団が来訪した。その際、冷凍庫を使い北海道の雪だるまを持ち込まれ、ジャパン・ハウスSP外土間で展示し、サンパウロのメディアにも大きく報道された。日本人ブラジル移住100周年の2008年の際も同様の企画が行われ、その際は北海道協会の敷地内で展示されたとのことであるが、幼い頃にブラジルに移住した一世の高齢の方にとっては、生きているうちに北海道の雪に再び触れることができるとは思っても見なかったということで大きな感動を生んだ由である。

福島、岩手、熊本、北海道いずれも、近年、地震等の自然災害の影響を大きく被った地域であるが、ジャパン・ハウスSPがこうした被災地の復興にも貢献できるのであればこれ以上嬉しいことはない。

なお、先に述べたとおり、サンパウロには、47都道府県の県人会があり、毎年のように複数の県人会が県人会創立周年式典や県人ブラジル移住周年式典を開催し、母県より知事をはじめとする慶祝団が来訪するところ、引き続き、上記のような形でジャパン・ハウスSPと県人会・地方自治体が連携して、地方創生に資する試みを行うことが期待される。

(3)農産品のブラジル展開

2018年8月、宮腰内閣総理大臣補佐官(当時)が当地を訪問された際、ジャパン・ハウスSPで「和牛と泡盛の夕べ」(在サンパウロ総領事館・JETROの共催)を開催し、5年に一度の全国和牛能力共進大会で総合優勝を果たした鹿児島牛と沖縄の泡盛の当地での普及に努めた。

また、2019年8月に河野俊嗣宮崎県知事がサンパウロを訪問された際は、ジャパン・ハウスSPを活用したイベント「みやざきの夕べ」を開催し、宮崎牛、焼酎、郷土料理等のプロモーションを行った。

河野宮崎県知事ジャパン・ハウスSP訪問(2019年8月)

こうした活動の結果、実際に商談にも結びつき、ブラジルへの輸出が一部行われるようになった。通貨レアル安の状況が続いていることもあり、ブラジルで販売される和牛は非常に高額であるが、美味しいもの、質の良いものであれば、高額であっても購入するような高所得層がブラジルには存在していることが証明された。

10 政策発信

ジャパン・ハウスは、日本ファン、日本のサポーターを増やしつつ、我が国の外交政策などへの正しい理解を得ることも目的としている。通常の展示は文化・技術・食等を中心としつつ、適宜政策セミナー等を実施し、我が国の外交政策などについての発信の場となっている。2018年2月には、田中明彦政策研究大学院大学学長に当地を訪問いただき、ジャパン・ハウスSPで東アジアの安全保障をテーマに講演していただいた。同年5月には、河野外務大臣(当時)にジャパン・ハウスSPにお越しいただき、法の支配・航行の自由、中南米との経済連携等の発信を行っていただいた。同年9月には、蓑原神戸大学教授に当地を訪問いただき、日米・米中関係の専門家の立場から講演会を実施いただいた他、同年10月には丸川知雄東京大学教授に中国のイノベーションと日本の経済・産業の将来に関する講演会、2019年2月には、中山俊宏慶応大学教授にも日米関係についての講演会、同年3月には、岸輝雄外務大臣科学技術顧問(当時)に我が国の科学技術に関する講演会をいただいた。また、筆者も、2019年9月に、日伯関係及び東アジアの国際関係につき講演をする機会を得た。

11 食・物販による発信

(1)食の発信

ジャパン・ハウスSP内では、サンパウロの日本レストラン「藍染」が営業し、好評を博している。同レストランシェフのテルマ・シライシ氏は、農林水産省の「日本食普及親善大使」を務めているが、パンデミック以前には、ジャパン・ハウスSPで「旨み」、「こだわり」などの日本食に関する講演会を月に1度の頻度で、活発に実施しており、コロナ禍でもオンラインで発信を続けている。

(2)弁当

「藍染」はジャパン・ハウスSPにおいて、弁当文化の普及にも努めている。日本の弁当は、機能的でコンパクトにまとまっており、かつ栄養バランスにも配慮しつつ、カラフルな色彩にも配慮していることもあり、ブラジル人にも好評で、レストラン内で販売している。また、毎年1月には、お雑煮も提供しつつ、日本の正月の雰囲気を醸成するよう努めている。

(3)カフェ

ジャパン・ハウスSP内では、来館者が一息つけるようにカフェを設け、一杯ずつ丁寧に入れるドリップコーヒー、自家製パン、たっぷりの卵・ロイヤルハム・きゅうり・自家製マヨネーズを使った卵サンドや定番のチョコレートケーキなど、日本のカフェならではのメニューを通して、「こだわり」や「和」の心の発信を行っている。

(4)風呂敷

ジャパン・ハウスSPでは、風呂敷等の日本の伝統的な産品をモダンにデザインしたものの販売も行っており、比較的高額ではあるもののよく売れているとのことである。

ジャパン・ハウスSP風呂敷ショップ

(5)ライブラリー

ジャパン・ハウスSPのマルチメディアスペースには、本・漫画・電子コンテンツを通じて、多様な日本文化を伝えている。書籍については、日本の書籍選定の専門家の眼を通して厳選した多くの書籍が食・旅行・文化を始めとした10近いテーマで綺麗に配置されており、来館者は居心地の良い空間の中で、日本の書物やコンテンツに触れることが出来る。

12 スポーツ

(1)サッカーW杯

2018年はサッカー・ワールドカップ・ロシア大会が開催され、日本代表もブラジル代表も活躍し、日伯両国で大いに盛り上がった。ジャパン・ハウスSPでも日本代表の試合のパブリックビューイングを行い、地元のテレビ局もその模様を中継することによりジャパン・ハウスSPの宣伝にもなった。
Jリーグが発足した90年代以降、日本はブラジルから数多くのコーチ、選手を迎え入れることによってサッカーのレベルアップをはかることができたという意味で、サッカーはブラジルの日本に対する重要な貢献の一つである。筆者は在任中、ブラジル人元Jリーガーと何度か懇談する機会があったが、日本のサッカー、日本人のホスピタリティ、サポーターの姿勢に感銘を受けていた。彼らも日本のサッカーのレベルが上がったことを喜び、日本のサッカー・テクニックにも一目置いているようであった。このうち、Jリーグのチームで指揮を取ったことのあるブラジル人監督が日本での仕事を振り返り、自分は日本にサッカーを教えに行ったのではなく、サッカーを学びに行ったのだと言っていたのが印象に残っている。

なお、筆者がサンパウロ在勤中に聞いた話で意外と思ったのが、かつてと比べて、ブラジル人もワールドカップにそれほど熱狂しなくなったとのことであった。2014年ブラジルワールドカップ準決勝でドイツに1-7で敗退したことがトラウマとなっているとの説もあった。あるいは、ブラジル代表チームの選手は欧州の強豪クラブチームで活躍している選手が多いが、かつてブラジル人サッカー選手はブラジルのクラブチームで活躍した上で欧州の強豪チームに引き抜かれることが多かった。このため、国民にも馴染みのある選手が代表選手となっていたが、今はブラジルのクラブチームで活躍する以前の非常に若い段階から欧州強豪チームに引き抜かれるため、代表選手がブラジル国民にとってはあまり馴染みがなく関心を持てなくなってしまっているのではないか、との分析をしている人もいた。

(2)サッカー南米選手権

2019年は6月から7月にかけてサッカー南米選手権がブラジルで行われ、日本代表も20年ぶりに域外招待国として参加した。日本は健闘したものの残念ながら一次リーグ敗退となったが、この機会に、元ブラジル人Jリーガーを集めてのトークショー「元サッカー選手、監督が語る日伯サッカーの魅力」や田嶋日本サッカー協会会長とブラジルサッカー連盟事務局長の間で「サッカーを通じた日伯交流と人材育成」と題した講演会をジャパン・ハウスSPで開催し、日伯間のサッカー交流をアピールすることができた。

(3)東京オリンピック・パラリンピックに向けた広報

2016年のリオ・オリンピック・パラリンピックの次が2021年の東京オリンピック・パラリンピックという流れもあり、こうしたスポーツの交流を重視する観点から、2018年8月から9月にかけて、ジャパン・ハウスSPは、柔道・剣道・合気道・空手等の日本の伝統的な武道の展示「DŌ(道)-徳の極みへ-」も行った。また、2019年7月には、ブラジル・オリンピック委員会(COB)の東京オリンピックに向けた発表イベント「東京2020まであと一年」がジャパン・ハウスSPで開催された他、今後、2021年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、ジャパン・ハウスSPを活用した広報活動が強化されることが期待されている。

13 インバウンド観光促進

ジャパン・ハウスが親日層を増やすことの目的の一つに、日本への観光を促すことも重要である。訪日観光が世界的に伸びている中で、ブラジルからの訪日観光客も増加傾向にある。新型コロナウイルス危機を克服して、更に訪日観光客を増加させるためには、これまでの北米・欧州・アジアからの訪日観光客に加え、中南米からの訪日観光客も拡大する必要がある。ジャパン・ハウスSPでは引き続き日本の魅力的な展示を行うとともに、観光に特化したイベントも実施しつつ、ブラジルからの観光客増加に努めることが期待される。
幸い、2020年度より、ブラジルが日本政府観光局(JNTO)の準重点市場に認定されたとのことであり、ジャパン・ハウスSPとも連携しつつ、ブラジルからの観光客誘致の手がかりとなることが期待される。ブラジルには、日本にも観光することのできるそれなりの所得層が存在する上、日系ブラジル人は自分たちのルーツを求める日本旅行、すなわち自分たちの祖先の出身母県を訪問する傾向があり、地方へのインバウンド促進と言う意味で重要なターゲット層である。

14 学生の交流の場としてのジャパン・ハウス・サンパウロ

幅広い層をターゲットとするジャパン・ハウスSPであるが、特に若者をターゲットに、学生の交流の場としての役割も果たしつつある。筑波大学は文部科学省の委託を受け、日本の大学とブラジルを含む南米の大学との交流のコーディネーターの役割を果たしており、筑波大学が中心となってジャパン・ハウスSPでブラジル人向けに日本の大学への留学フェアも行っている。また、静岡文化芸術大学は2年連続でジャパン・ハウスSPに学生を派遣し、インターンとして研修を積ませつつ、ジャパン・ハウスSPで静岡の魅力に関するプレゼンを行うなどの活動を行なった。同大学学生の受け入れに当たっては、当地静岡県人会も協力しており、ジャパン・ハウスSPが日系社会と協力して学生交流を進めている。

15 その他

(1)日本の進んだ技術の紹介という意味では、これまで、石黒浩大阪大学教授によるアンドロイドに関する講演会や山中俊治東京大学教授によるプロトタイピングの展示などを実施している。

(2)2019年、天皇陛下の御即位がブラジル国内でも注目を浴びた中で、同年5月、ジャパン・ハウスSPにおいて、我が国皇族に関する二宮サンパウロ大学教授による講演会が開催された。

(3)2020年3月17日、ジャパン・ハウスSPはサンパウロ市内の他の文化施設同様、コロナウイルス感染症対策のため、しばらくの間、閉館となった。多くの人に来館してもらって日本ファンになってもらうことを狙ってきたジャパン・ハウスSPにとっては大きな痛手である。他方、こうした中でも、ジャパン・ハウスSPは、ポッドキャストやユーチューブ等で日本文学や日本料理などにつき積極的に発信したり、オンラインイベントを開催したりするなどの活動を継続・強化している。「扉は閉まっていても営業中」である。何れにしても今後、サンパウロの社会・経済活動の制限措置が緩和され、ジャパン・ハウスSPが再開しても、従来通りの集客を得ていくことは容易でないとみられ、また、経済危機により企業のスポンサー集めも同様の状況にある中で、その運営については更なる工夫が望まれる。