執筆者:筒井 茂樹 氏
(元日本ブラジル中央協会常務理事)

冒頭から私的な話になり恐縮ですが、私は会社生活47年間の約2/3に当たる28年間をブラジルに勤務致しました。10年前、最後の10年間を勤務した日伯セラード農業開発(CAMPO社)の役員を退任し、日本に帰国しましたが今も同社の諮問委員をしており、毎年1-2回訪伯しております。この度は日本ブラジル中央協会から私がブラジルで長年経営に携わり得られた経営のノウハウを既にブラジルに進出しておられる方、或いはこれから進出を考えておられる方々に書いて欲しいと要望され、喜んでお引き受けさせて頂いた次第です。
親日国で民主主義国家として政治が安定しているブラジルは日本にとって世界有数の安全な投資環境にあります。然し今後対伯投資を考えておられる方も既に進出しておられる方も日本とは全く違うブラジル固有の政治、経済、文化、社会を理解していないと思わぬ落とし穴が待ち受けています。これら日本との違いは本を読んでも中々理解出来るものではなく、私の28年間のブラジルでの試行錯誤の経営経験が皆様のビジネスの拡大に少しでもお役に立てればと思います。

以下3つのテーマに就いて書かせて頂きます。1)対伯投資に対する経営のフィロソフィー 2)ブラジル固有の経営上の問題とその経営戦略 3)ブラジルは世界最大の親日国。この3つのテーマはブラジルでビジネスを成功させる為にいずれも重要なテーマです。

(1) 対伯投資に対する経営のフィロソフィー

ブラジルで成功している企業には幾つかの共通点があります。日本の対伯投資は過去小さく産んで大きく育てるという投資が多く、又日本の本社コントロール型経営でした。日本の対伯投資はブラジルの奇蹟と言われた1960年代後半から第一次石油ショックの1973年迄に集中し、300社以上がブラジルに進出しました。ブラジルに投資案件がない部門は恥ずかしい思いをする位でした。しかしその後80年代はブラジルがハイパーインフレで経済が破綻した失われた10年と、それに続く90年代は日本経済のバブルが弾け、この失われた20年間に半分以上の日本の進出企業が撤退を余儀なくされました。

一方80年代のブラジルの失われた10年の間も欧米企業は資本と人材を投入し続け撤退する企業は僅かにしか過ぎませんでした。欧米企業は最初から企業移民的発想で充分な資本と人材を持ち込み現地企業に経営の権限を与える地方分権型の経営を思考していました。これは当時日本企業に未だ体力が無かったこともありますが、何よりもブラジルの将来に懐疑的であったからです。一方欧米企業はブラジルの資源大国としての将来を信じブラジルで運命共同体の企業の分家を目指した対伯投資でした。

ブラジルが世界有数の成長センターになった今、日本からの直接投資が戻って来ています。(2013年の直接投資は25億ドル,世界11位迄落ち込んだ対伯直接投資残も2012年末には320億ドルで世界4位に戻りました。)然し一旦引き揚げた後の再投資はコストが倍以上掛ると言われています。その差が現在の欧米企業と日本企業の差となって現れています。ブラジルの経済誌ExameではMelhor e Maiores(最良と最大企業)という特集号で,その年のブラジルの企業売上高トップ500社を発表しています。 例えば2010年、国産企業が313社、外資企業が187社、この外資企業の内、日本企業は僅か9社(ウジミナス、トヨタ、ホンダ、モトホンダ、アジノモト、ブリジストン、センプ東芝、セニブラ、パナソニック)にしか過ぎません。こんなに大きな差が出来た訳です。それでは欧米企業は日本企業が撤退、縮少していた20年間何をして来たかレビューします。

  1. 日本企業が本社の支援無く孤立無援であったに対し欧米企業はハイパーインフレで目減りした資本金を補填する為、本社から増資を繰り返し行って来ました。
  2. 他方欧米企業は現地化を進める為、現地企業の優秀な幹部を本社に駐在させ企業文化を徹底的に教育しました。又幹部以外の一般社員にも技術研修、実務研修を繰り返し実施し、ローカリゼイションの徹底深化を図っていました。又本社からの派遣社員についても駐在の長期化に対応した子供の教育問題を含む全社的な支援体制を構築して来ました。又繰り返し駐在も行ってきました。その結果そのままブラジルに永住する派遣社員も増えてきました。私は伊藤忠で3回の繰り返し駐在、その後日伯セラード農業開発事業(CAMPO)に10年間で通算28年間、ブラジルに駐在いたしましたが、私の様なケースは日本企業では寧ろ例外でした。欧米企業の中には、その結果、本国を抜いてブラジル法人がグループ内1位の企業も生まれてきました。(イタリアのフィアット、スペインのサンタンデール、米国のワールプール、独のニーヴェア、米国のエイヴォン その他 本国に次いで2位のスイスのネッスル、オランダのユニリバー、仏のローデイア、米国のモンサント)などがあります。又ブラジル法人の社長が本社の社長になった人も多くGMのワゴナー社長・会長、ブラジルミシュラン社長からルノー、日産の社長、会長になったカルロス・ゴーン、ボストン銀行ブラジル頭取から本社頭取になったメィレーレス現大蔵大臣と数えればきりがありません。欧米企業は現地社員を徹底的に教育し、本社の派遣社員と差別を付けず実力主義で、幹部候補生を育成しました。日本企業の本社がすべてをコントロールし、役員はすべて駐在員で固める従来のやり方では優秀な現地社員も育たないし、優秀な現地社員も入社しません。然し、近年は日本の企業も欧米式人材マネージメントが進み、現地社員から現地法人の社長、幹部も育っています。又本社からのコントロール体制から地域分権経営を進める会社も増えており喜ばしいことです。要は現地の経営環境を一番理解しているのは現地であり、現地社員です。言い換えると、本社が現地を如何に信用しマネージメントが出来るかの問題です。
  3. 日本の企業の中にはブラジルの人件費、原材料,エネルギーコストが日本に比べ安いと思い、過去ブラジルに進出した企業もありましたが、これは大間違いです。ブラジルのコストはブラジルコストと云われ、決して安くありません。例えば一人の社員を月給100レアルで雇用すると会社がその社員に支払うコストは約2倍の200レアルになります。これは退職積立金、福祉税、13カ月給料、強制有給休暇などのコストが掛るからです。又インフラの不備、煩雑で重い税金がすべて企業のコスト負担となります。
  4. 事前に対伯投資のターゲットを明確にして投資を行うことも必要です。ブラジルでの投資のターゲットは2分野に大別できます。(1)その1はブラジルの国内市場です。対伯投資の最大の魅力は2011年英国を抜き世界6位(現在は8位)になったGDPの60%を占める内需、即ち国内マーケットです。

    (2)2番目のターゲットはブラジルの資源です。ブラジルは世界の資源大国です。石油は有っても鉄鉱石が無い。鉄鉱石が有っても石油がない。鉄鉱石も石油も有っても食糧がない。全部そろっていても人口が大き過ぎて輸入しなければならない資源国もあります。しかし、特定の資源に偏らず殆ど全ての資源を保有し、その内の殆どの資源が世界輸出NO 1で有る国はブラジル以外にはありません。例えば主要農産物(砂糖、コーヒー、オレンジジュース、大豆、大豆粕、牛肉、ブロイラー,タバコの葉)は世界の輸出NO1です。又殆ど全ての鉱物資源が存在し、特に鉄鉱石は2011年中国を抜き世界1の生産国になり輸出も引き続きNO1です。又1980年代前半まで石油の70%を輸入に依存し、ブラジルの泣き所は石油でした。しかし、その後オフショワーでの2000m以上の深海油田の採掘技術の進歩により石油生産が急速に拡大し、2006年から輸出国になりました。更に同年7月サントス沖のツピープレサル油田(大陸棚を掘り下げた下の塩の層の更に下に有る超深海油田)が発見され、このプレサル油田の埋蔵量は最低でも500億バーレルと云われ、既存の埋蔵量140億バーレルを加えると600億バーレル以上となり世界有数の埋蔵量を保有することになります。このブラジルの資源に投資し、資源を日本,第三国に輸出する為の投資はブラジル市場を対象にした投資と共に大きな魅力です。対伯投資に当たっては事前に投資のターゲットを明確にして対伯投資を行うことが必要だと言うことです。 次号では、ブラジル固有の経営上の問題と経営戦略について取り上げます。

 

 続く