会報『ブラジル特報』 2006年
5月号掲載

                      吉田 和広 (伊藤忠ブラジル会社 紙パルプ物産部長)



ブラジルのパルプ業界の位置付け
2004年の世界の紙生産量は3.6億トン、パルプ生産量は1.9億トン、このうちブラジルの紙生産量は8.4百万トンで世界第11位、パルプ生産量は9.7百万トンで世界第7位である。『躍進するブラジルのパルプ業界』という題名の割には目立たない数字だと感じられるかもしれない。実のところ、世界の紙パルプ業界でブラジルが注目されているのは、「市販BEKP」というセグメントに限られている。このことを理解頂くためには、少し回り道をして説明せざるをえない。  

              表1: 2004年 世界の市販パルプ業界

パルプ市販量

47

百万トン
広葉樹BKP市販量

20

百万トン
BEKP市販量

9

百万トン
ブラジルBEKP市販量

5

百万トン
出典:伊藤忠による調査


紙は基本的にパルプと古紙から作られる。パルプの世界は大きく二つに分かれる。ひとつは、大手製紙メーカーが自社でパルプを製造し、そのパルプを素に紙を製造するケースで、「一貫パルプ」と呼ばれる。もうひとつは、パルプを製造して、そのパルプを自社で消費せずに販売するケースがあり、これを「市販パルプ」と呼んでいる。後に述べるブラジルのセニブラ社は、市販パルプ専業メーカーであり、紙は製造していない。 

世界で取引されている市販パルプはおよそ4.7千万トン、一貫パルプが1.4億トンということになる。市販パルプにはいろいろな品種があるが、中心となるのはBKPと呼ばれる晒(さらし)クラフトパルプであり、およそ4千万トンある。このBKPの世界は、針葉樹BKPと広葉樹BKPとでほぼ半々に分かれる。広葉樹BKPのうち、ユーカリを原料としたものを特に業界ではBEKPと呼んでおり、これが 9百万トンある。このBEKP業界において主導権を握っているのがブラジルである。ブラジルのBEKP市販量は2004年で 5百万トンを越えており、世界の広葉樹BKPのおよそ四分の一を占めている。

BEKP業界
植林木を使うBEKPは、環境保護の観点、ならびに品質面から世界中の製紙メーカーで好まれており、シェアを大きく伸ばしているが、ことブラジルにおける生産量、輸出量の伸びは著しい(表2)。ブラジルの場合、BEKPの国内向市販量は少ないので輸出量すなわち市販量といえる。 

表2:ブラジルのBEKP

(ton)

生産量

輸出量

2000年

5.1百万

2.9百万

2001年

5.3百万

3.2百万

2002年

5.8百万

3.4百万

2003年

6.8百万

4.3百万

2004年

7.3百万

4.8百万

出典:brACELPA Associacao brasileira de
Celulose Papel ブラジル紙パルプ協会)


ブラジルのBEKPの生産と輸出が急激に伸びた最大の要因として、ブラジルにおけるユーカリの生産性が極めて高い事があげられよう。ユーカリはブラジルの土壌と気候に合っており成長が早いため、通常は7年周期で伐採し、再植林が行われている。

この他の要因として土地代が比較的安い事、伐採に有利な平坦地が多い事等もあげられる。この結果、パルプ生産において世界最強のコスト競争力を持つに至った。ブラジルにおけるBEKP事業は、世界の紙パルプ業界の中で最も高い収益性を持つといえよう。今後も、ブラジルやウルグアイを中心に、続々と大型BEKP工場の設立が予定されている。

セニブラ社について
1970年代初頭、日本は高度経済成長にともない製紙原料の確保が問題となり、製紙業界は海外に安定供給源を求めていた。そこで大手製紙メーカーを中心に、民間12社が1971年に日伯パルプ資源調査株式会社(後に「日伯紙パルプ資源開発株式会社」に改組。略称:JBP)を設立、通産省の支援を受けて、ブラジルからの製紙原料調達プロジェクトの調査が開始された。

その結果、リオドセ社51%、JBP49%の出資比率によって、1973年にセニブラ社(正式名称:Celulose Nipo-brasileira S.A.)が設立され、ミナスジェライス州ベロオリエンテの工場で、市販BEKP専業メーカーとして1977年に操業を開始した。JBPはその後に生じた株主の合併や買収などによる変更のため、現在の株主は王子製紙と伊藤忠商事を中心とした民間15社と国際協力銀行という体制となっている。

日本とブラジル間のナショナル・プロジェクトの象徴とされてきたセニブラであるが、2001年6月に大きな転機が訪れた。長年のパートナーであるリオドセ社が、所有するセニブラ株51%を競売にかけたのである。結局、ブラジルの大手紙パルプメーカーVCP(ヴォトランチン製紙)社と同じくブラジル企業で世界最大の市販パルプ専業メーカーであるAracruz(アラクルズ)社が連合で入札し、6億7,050万ドルで落札した。これは日本側の予想を上回る額であった。

JBPは、同条件で株式を買い取る優先買取権を有していたものの、その回答期限はわずか1ヶ月であった。JBPがその権利を行使するか否かに世界の紙パルプ業界が注目するなか、行使期限ぎりぎりの7月になってJBPは優先買取を発表し、9月に株式移転が完了した。セニブラは、この時以来、日本側が100%所有する形となり現在に至っている。

操業当初の生産能力は年産25.5万トンだったが、1996年に第2生産ラインが実現したこともあり、現在の生産能力は年産96万トンに達している。市販パルプ専業メーカーとしては、現在のところAracruz社(ブラジル)、Arauco社(チリ)に次いで世界第3位の規模である。

所有林地はおよそ23万ヘクタール、ブラジルの森林法などの規制を遵守して、このうち約12万ヘクタールにユーカリ植林を行っている。高品質のパルプは世界中から高い評価を受けており、欧州、北米、日本を含むアジアを中心に輸出されている。

現在、セニブラは増設工事を行っており、これが完了する2007年4月には生産能力が年産120万トンに達する。この増産により、世界トップレベルにあるコスト競争力がさらに強化される見込みである。 セニブラは今後のさらなる発展を通じて、これまで果たしてきたパルプ資源の安定供給、ブラジル地域社会への貢献、そして環境保全への寄与というその役割を高めていくことが期待されている。


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セニブラ・ベロオリエンテ工場全景
(CENIbrA社提供)