投稿者:小林利郎 当会相談役
今から30年ぐらい前の話である。当時日系社会の有力リーダーであった南米銀行頭取の橘富士雄さんに「一度日本からブラジルに来て暫く暮らすと皆この国の魅力に取りつかれるようですが、それは何故なのでしょうか」と質問したことがある。橘さんは例の飄々とした身振りで、「そうだねー、別に勉強したわけではないのでよくは分からんが、とにかく気楽なんじゃないかね、ここの生活は」と答えた。
数年前から一国の幸福度は一体いかなる項目で、どのような数値で表示されるべきかという議論が学者や国際機関で行われるようになった。納得できる指標が示されれば、ブラジルの魅力が解明されるのかも知れない。すくなくとも、国民が幸福かどうかはGNPの数字では比較できないことは明白である。数年前一人当たりGNPでは日本の20分の一にも達しないブータンの国王が来日し、「ブータンは世界でもっとも幸福な国である」と言明するのを聞いて、度胆を抜かれながらも「あり得ることかも知れない」と思った経験があるが、ブラジルでもGNPと関係なく同様なことが言える素地がありそうである。
OECDが2012年に出した「幸福度白書」によれば、同機構が幸福の基準として列挙した項目は①所得と資産、②仕事と報酬、③住居、④健康状態、⑤バカンス、⑥教育と技能、⑦社会とのつながり、⑧市民参加、⑨環境、⑩生活の安全、⑪主観的幸福、の11項目となっている。このうち「所得と資産」、「仕事と報酬」は一般的に論ずることはできないし、最後の「主観的幸福」は結論のようなものなので除くとして、残りの8項目で中堅サラリーマンをイメージして日本とブラジルとを比較してみると、住居、バカンス、社会とのつながり、市民参加 の点でブラジルが勝り、健康、教育と技能、環境、生活の安全の面で日本が優位に立つように思える。ところで橘さんの言う「気楽な生活」とは「社会とのつながり」にほかならずこの辺りに日本と異なったブラジルの魅力があると考えるのが妥当ではないだろうか。ブラジルでは職場の上司や同僚やあらゆる場での友人、隣人等との人間関係は日本に比べて非常に寛大で,やさしい。一度や二度へまをやったり、遅刻したり、約束をたがえたりしても信頼関係に影響は及ぼさない。交渉や頼み事はジェイチーニョで融通も利く。自然で「人間的な」行動が多少社会規範の枠からはみだしても許容される。これがブラジルでの生活の魅力と結論づけたら行き過ぎであろうか。
ちなみにイソップの蟻とキリギリスの話(ブラジルではキリギリスは蝉となっている)の教訓は、ブラジルでは、夏の間働かずに遊んで過ごした蝉が冬になって蟻に助けを求めると蟻は「夏の間歌を歌って私たちを楽しませてくれたのだから」と極めて優しく受け入れてやることになっている。
(2015年4月)