会報『ブラジル特報』 2009年11月号掲載
栗田 政彦 (FIAL−イベリア・ラテンアメリカフォーラム理事、協会理事)
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昨秋よりの経済危機で、多くが製造業の派遣労働に従事している在日日系ブラジル人社会(約31.2万人)において、不就労者の急増など多くの社会問題が噴出した。昨年末からの日比谷公園派遣村での失業在日ブラジル人の様子や帰国者の急増などが全国的に報道された。状況の悪化につれて関連問題が幅広くマスコミを賑わした。以下は、無数にある同類記事の一例として、2009年5月12日付けの読売新聞の記事の要点である。
「豊橋市に住む日系ブラジル人などの外国人の7割が、無職の状態であることが、同市の市民団体の実態調査でわかった。先月14〜24日にハローワーク豊橋などで、計112人を調査した。このうち約9割が昨秋以来、失業していると回答した。日本語の読み書きができない人も全体の4割に上る。」 失業者の9割が昨秋以来との回答は、不況の影響を如実に物語る。大集住都市である浜松市でも、昨年末外国人求職者の失業給付の資格決定件数が前年同月比の16倍以上となった(ハローワーク浜松)。増加傾向の外国人登録数も本年4月は18,247人で前年同月19,461人から減少した。減少者は帰国あるいは他の地域への転出と推測されている。程度の差はあっても、全国的な傾向はほぼ同様といわれる。筆者がNPOの創設から関わる在日ブラジル人支援の会(SABJA)での全国的電話相談の内容においても、表1に示すとおり、昨秋来の労働問題に関する相談は急増しており、総件数も倍増する深刻さである。
労働相談では、労災の申請、失業保険等申請ほか、給料未払遅滞、不明な天引き、パスポート取上げなど様々な項目がある。大半は契約違反の一部企業や問題ある派遣業者による不当な扱いへの相談であるが、日本語の問題や地域社会の仕組みを知らないため自身で失業保険などの社会福祉の手続きが出来ない人も多い。 社宅を追い出されて路上生活者になるなどの諸問題はメデイアや研究者によっても取り上げられている。これらに対する私達ホスト社会の対応状況は、実施時の不備や不十分さはあるとしても、マイノリテー社会の種々の問題に対するNGO、政府・自治体・企業の支援もかってないレベルで実施されている。ホスト住民による炊き出しサービスも多く見られた。これまでの地域の多文化共生活動、行政の社会制度提供、政府の理解の高まりなどの蓄積が、幅広い支援活動に結実したと考える。 今回の問題に対する政府政策も、「定住外国人施策推進会議」の設置による雇用・教育ほかの緊急支援施策等は十分評価できるものと考える。効果的活用への課題としては、実施地域での縦割り行政、自治体の積極的関わりは先進と後進支援地域では大きな差があること、NGO等民間ボランテイア活動が不可欠であるが人材・活動資金不足、さらには地域と在日ブラジル人社会とのパイプが狭いことなどである。 政策を活用してNGOなどが主催する、就労準備日本語教室に熱心に通う在日ブラジル人失業者が増加している。派遣業者の手配にすべてを任せた製造ライン労働者が多く、長期の在日でも日本語の会話が皆無に近い状態も珍しくはなく、ホスト社会に距離を置く一因でもある。 派遣業者も余り機能しない現不況下で、彼ら自身が就職活動を通じて日本語学習の重要性を認知したことは意義深い発見であり、この国での独立した労働者としての始めの一歩でもある。在日ブラジル人は、活動に制限のない身分又は地位に基づく「在留資格」を有する外国人であり、日本語や技能学習に取り組むことは、職域を広げ雇用形態改善に繋がると考える。政府・自治体や民間が一体となった職業技能訓練の機会供与への支援も強めるべきと考える。 今回の不況の最大の被害者は、失業して路上生活を余儀なくされた大人よりも、子供達である。親達の呼び名は、移民の子孫から、最近では「出稼ぎからデカセギ」などと呼ぶ人もいるが、呼び方はともかく、「自分の意思」で就労を目的として滞在している親達であり、雇用調整リスクの高い期間労働契約も「自分の意思」によるものである。しかし、その子供達は「自分の意思」で異質の国に来て未来を描けない狭い社会での生活を望んだ訳ではない。親達の失業や減収は、子供達の学習の機会を奪い、教育を受ける権利等の人権を著しく阻害している。 しかし、ブラジル人の子供の不就学率が高いことは、今回始まったことではない。不況以前の子供達の就学状況は、公立学校に約15,000人、ブラジル人学校に約8,000人、そして不就学が約17,000人といわれている。文科省の2006年度の不就学調査結果によると、お金がない(16.7%)、勉強・日本語分からない(20.7%)、生活環境・いじめ・友達問題(23.7%)が不就学の主な理由であり、60%近くを占める。同調査結果では触れていないが、教育に無関心な親の存在も無視できない理由である。 理由はともかくも、これらの子供達の人権を守ることは私達ホスト側の責任でもある。この国に住む彼らの一人でも多くが不就学の状態から救われるために、政府・自治体はいうまでもなく、私達一人一人が何らかの行動をとることが望まれる。不就学は子供やブラジル人社会の問題としてではなく、地域社会のリスクにも繋がる私達の問題としても認識すべきである。 今回の不就学問題については、不就労者への対応と同様に、緊急支援として政府は様々な政策を実施している。 その中で高く評価できるのは、不就学児童生徒の公立校への円滑な転入あるいはブラジル人学校への復学を準備するため、日本語指導や教科指導を主体とする虹の架け橋教室の設置推進事業である。従来の自治体やNGOが主催する地域の子供支援を質量的に充実させることで、公立学校での子供達の受け入れ準備支援を目指すものである。筆者も茨城県での2つの教室などに参画予定であるが、政府・自治体地域行政と住民・ブラジル人社会ならびにその他ホスト側ボランティアが一体となり、不就学児童生徒の復学に取り組む活動が全国各地で開始される予定である。 不就学以外にも犯罪防止など多くの子供達の問題への取り組みが地域行政やNGOが中心となり、これまでも行われてきた。それなりの効果はあるにしても、不就学生の数が減少することもなく対処療法の域を出ていない。根本的な解決には、既に現実化している「入移民(Immigrant)」社会に対応できる制度改革が必要である。教育分野では、まず、外国人児童生徒の義務教育化の早期実現である。義務化は地域・学校での対応能力を高めるとともに不就学の一因ともなる無関心な親に対する強制力を担保することにもなる。 1932年当協会創設時の理事でもあった、平生(ひらお)釟三郎(はちさぶろう)氏は海外移住組合連合会会長として、単純農業労働者としてのブラジルへの出移民(Emigrant)から自営農・多機能日系社会への転換を求めて、政府移民政策の大改革を行い、戦後にわたるブラジル日系人社会の隆盛に大貢献した。 人道的立場からはもちろんであるが、この国の責任ある大人として、あるいは日本ブラジル交流を推進する当協会会員としては、個人あるいは団体での行動を起こすべきと考える。行動には策提言、奨学資金提供、NGO活動への募金、直接活動への参画など、様々な機会が想定できる。読者のご賛同を期待したい。 |