執筆者:桜井悌司 氏(日本ブラジル中央協会常務理事)

1.サンパウロ・ジャパンハウスのオープン

開所式

2017年4月30日(日)、ロンドンやロサンゼルスに先駆けて、サンパウロのジャパンハウスの開所式が挙行された。式典には、日本から麻生太郎副総理大臣兼財務大臣、薗浦健太郎外務副大臣、ブラジル側からは、ミシェル・テメル大統領、アロイジオ・ヌネス外務大臣 ロベルト・フレイレ文化大臣、ジェラウド・アウキミン・サンパウロ州知事、ジョアン・ドリア・サンパウロ市長など、錚々たる要人が参列した。一般公開は、5月6日(土)から開始されており、会館直後の土日の入場者数は7,509名、会館1か月間で7万5千人に達した。年間12万人の目標を2か月で達成する勢いである。

開幕時の展示会イベントは、日本の伝統文化と密接に関わってきた「竹(BAMBOO)」をテーマとする展示会で、2か月間開催される。またオープニングの音楽イベントとして、日本が世界に誇る坂本龍一と三宅順とブラジル人音楽家のモレレンバウム夫妻によるコンサートがイビラプエラ公園内の野外音楽堂で行われ、約1万5千人の聴衆が楽しんだ。

 

2.ジャパンハウス計画

ジャパンハウス設置の目的は、積極的かつ戦略的に対外発信を強化する必要性が高まっている中で、主要国における日本の対外発信拠点を設けることにある。取り組みの三本柱は、①日本の「正しい姿」の発信、②日本の多様な魅力の発信、③親日派・知日派の育成となっている。日本に関する様々な情報が一括入手できるワンストップサービスを目指すのも重要な役割である。そのため、ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3都市に、2017年中に開業する。計画推進に当たり、設置場所の選定、建設、内部装飾、事務局体制、ハウス運営のすべてを統括する企業の入札が行われ、3か所の落札企業が下記の通り決定した。

 

ジャパンハウス3か所の落札企業の概要(外務省のホームページ)

項 目 サンパウロ ロサンゼルス ロンドン
落札公示日 平成28年1月18日 平成28年1月19日 平成28年3月22日
落札企業 (株)電通 (株)イー・エス・ピー ジョーンズ ラング ラサール(株)
契約方法 随意契約 随意契約 随意契約
契約額 3,677,811,000円 3,615,008,020円 5、488,897,960円

 

3.サンパウロ・ジャパンハウスの概要

施設の概要

  • 隈研吾氏による設計。ヒノキを用いたファサード
  • サンパウロのビジネスの中心であるパウリスタ通り52番地に位置する。
  • 3フロア約2,500平米に、展示スペース、セミナールーム、マルチメデイア・ス
  • ペース、レストラン、ライブラリー等の機能を持つ。

ジャパンハウス運営委員会

  • 在サンパウロ総領事を議長とし、その他ブラジル及び日本の有力者8名からなる委員会があり、現地のニーズ等を事業に反映することを目的とする。
  • 著名人としては、サッカーのジーコ、前農業大臣のロベルト・ロドリゲス氏、ブルートリ―グループの社長の青木智栄子氏等が含まれる。

現地事務局の構成

  • 名誉館長 ルーベン・リクペロ氏 元財務大臣、元国連貿易開発会議事務局長
  • 館長・事務局長 アンジェラ多美子平田氏 ビーチサンダルの「ハヴァイアーナス」を世界的なブランドに育てた。
  • 企画局長 マルセロ・ダンタス氏 国際的著名キューレーター、上海万博のブラジル館等を手がけた。
  • PR局長 ネリー・カイシェッタ氏 国際的ジャーナリスト、EXAME誌ブラジリア支局のトップを長く務めた。事務局は15名体制。
  • (株)電通が全体の調整を行う。

 

 

4.サンパウロ・ジャパンハウスの課題とチャレンジ

  1. 開所式

    政府の補助金の支出は、2019年度以降も続けられるのか?

    各種情報によると、日本政府は、2015年度から約37億円を拠出し、2019年度以降は、来場者数や発信力等々の指標に基づき、全般的に評価し、事業の更なる継続の可能性を判断することになっている。最初から親方日の丸で行くと、将来、種々の問題が生じることが予想され、期限を区切って評価をすることは妥当なことである。しかし、一国の文化普及は、元々政府のやるべき業務であり、民間が独立採算でやることは、無理がある。日本にも国際交流基金があるように、主要国でも、英国のブリテイッシュ・カウンシル、イタリアのダンテ・インスティトゥート、スペインのセルバンテス協会、中国の孔子学院等々があり、基金より財政的にもマンパワー的にも強力である。主要国の文化普及機関は、主として政府の予算で運営している。サンパウロのジャパンハウスは、市内の目抜き通りのパウリスタ通りのビルの中の2,500平米の借館料、ボランテイア的に安い給与で働いている幹部・従業員の人件費等を考えただけでも、日本政府の支援なしでは、継続できないと考えるべきである。

  2. 文化活動をどのように評価するのか?2019年3月までにジャパンハウスの活動を評価することになっている。サンパウロのニッケイ新聞の5月5日付け記事によると、以前訪伯した時に、薗浦外務副大臣は「来館者数、発信力、広告効果、知日派の数を総合的に判断する」と語っていた。ジャパンハウスの運営陣は、5月2日の記者会見を行った。その際、記者団から、「具体的な目標数値を教えて欲しい」という質問が出されたが、具体的な数字は出なかったようだ。日本の文化普及活動は、欧米諸国に比較し、十分とは言えない。日本人は、従来自分たちの文化を外国人に知らせ、紹介することに得意ではない。評価方法は、この分野で進んでいる欧州の評価方法を採用するのであろうが、ビジネスと異なり、文化普及の評価は非常に難しいことを理解することが必要である。
  3. ジャパンハウスの運営の問題点ジャパンハウスの実際の運営に当たっては、日本政府による財政支援に加え、法人会員や個人会員を募ることを計画している。さらに展示場・セミナールーム等の貸し出し収入、レストラン・物販収入、ビジネス仲介による収入等が考えられる。展示場の運営は、日本政府が年に3回の巡回イベントを計画し、3都市、2か月程度の展示会を公募で募集することになっている。すでに3つの公募作品が選定済みである。その他の期間を利用し、サンパウロ独自の企画展を行うことになっており、前述の「竹」の展示会は、現地企画である。今の時代、何でもやってみないとわからないが、これらの3つの企画がロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3か所全てのニーズにうまくフィットすることを期待したい。日本政府は、3都市の要望するテーマを的確に把握し、公募の際のプロジェクトの入札に反映させることが大切である。
  4. 「戦略的情報発信」と「政府は口出ししない」の矛盾は?ジャパンハウスの重要な目的の1つは、「積極的かつ戦略的対外発信」である。一方で、日本政府関係者は、各地のジャパンハウスの企画や運営に「口出ししない」と繰り返し発言している。これは、少し矛盾しているように思える。戦略的情報発信の意味がやや不明確であるが、戦略的情報発信はあくまで政府がやるべきことであって、ジャパンハウスに期待するのは無理がある。しかも上述の説明のように、「日本に関する様々な情報が一括入手できるワンストップサービスを目指す」とあるが、ジャパンハウスにそれを期待するのはあまりに酷である。日本に関する引き続き、日本大使館、総領事館、ジェトロ、JICA、国際交流基金が担うことになるものと想像される。
  5. 「伝統的ニッポン」と「新しいニッポン」の紹介をどう調整するか?ブラジルには、190万にとも言われる大日系社会がある。1908年に笠戸丸が神戸港を出港してから、来年で110周年を迎える。日系社会は、その間営々と日本文化の普及に努力してきた。サンパウロでは、世界最大の「日本フェステイバル」が開催される。その他「アチバイヤの花とイチゴのまつり」や「桜まつり」もある。また日本ブラジル文化福祉協会の文協ホールでは、頻繁に紅白歌合戦、カラオケ大会、民謡大会、太鼓大会等が開催されている。またサンパウロには流派ごとの茶道、華道、踊り、スポーツ道場が存在する。これらは、いわゆる「伝統的なニッポン」の紹介となろう。一方のジャパンハウスでは、「いかに日本を知らなかったか」に気づいてもらい「日本に目覚めてもらう」という新たな切り口で「新しいニッポン」を紹介することになる。またそのコンセプトとして、世界のより多くの人々に対して、日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として表現・発信することにより、日本への深い理解と共感の裾野を広げていくという難題に取り組まなければならない。日系コロニアは、ブラジルで日本が高く評価されているのは、110年に及ぶ日系人の努力の賜物という強い自負心を持っている。ジャパンハウスとして、日系コロニアといかに協力・調整し、「伝統的なニッポン」と「新しいニッポン」の両方の広報活動の展開を考えなければならない。
  6. 文化交流とビジネスチャンスジャパンハウスを何とかビジネスに繋げたいと事務局は、考えているようだ。常識的には、日本の衣食住に関わる商品、技術、デザイン、ノウハウ等をブラジル企業に紹介し、輸入に繋げるということになろう。またブラジル人の嗜好にあった日本食レストラン等の進出も考えられる。筆者の経験から言って、文化普及をビジネスと結びつけるのは至難の業と言える。何故なら、ビジネスマッチングを円滑に行うには、ジェトロ、JICA、ブラジル日本商工会議所、サンパウロ工業連盟(FIESP)、業種別産業連盟等の団体を巻き込んだネットワークをつくる必要があるからだ。1つずつ、サクセス・ストーリーを作っていくようにすべきであろう。

5.ではどうすればサンパウロ・ジャパンハウスを成功に導けるか?

筆者の経験から言って、例えオリンピックでも万博でも直前まで一般市民には十分に周知されないのが通常である。しかし、今回のサンパウロ・ジャパンハウスの周到な広報活動は極めてプロフェッショナルで見事なものであった。多数の動画を駆使し、ジャパンハウスの建設の節目節目で広報活動や記者発表を行って、新聞雑誌、テレビ等で多く取り上げられた。また4月8日から5月7日まで、花で飾られた30台の自転車で30日間、市内の有名スポットを回ると言う「フラワー・メッセンジャー」プログラムも秀逸である。また、常識的には、ジャパンハウスを立ち上げるのが一番難しい都市と思われるサンパウロが、ロサンゼルスやロンドンに先駆けてオープンに至ったことは驚くべきことであり、現在の事務局体制や調整役の(株)電通の果たした役割も高く評価されるべきである。このように出足は好調であるが、今後、ジャパンハウスを成功に導くにはどうすればいいかを考えてみよう。

来場者の列
(川上直久氏撮影)

このプロジェクトは、日本とブラジル間の久方ぶりのナショナル・プロジェクトと考えるべきであり、全ての当事者、関係者が真剣に協力し合い、成功に導くように努力することが重要である。日本政府、大使館、総領事館は、財政支援はもちろんのこと、戦略的な情報をコンスタントに提供するとともに、ジャパンハウスが最も動きやすいような環境作りに、最大限支援・協力することが必要である。ジェトロ、JICA、国際交流基金の本部及びサンパウロ事務所は、それぞれの組織が持つ、展示会、招へい、派遣、セミナー、研修、調査活動等のツールを必要に応じ、提供することが望まれる。ジェトロは、ビジネスマッチングに協力し、文化普及の最重要活動である「日本語普及」については、基金とJICAは従来にもまして強化することが望まれる。ブラジル日本商工会議所や日本の進出企業は、ジャパンハウスの法人会員やスポンサーに積極的に名乗りを上げるべきであり、従来、ホテルやレストラン等で行っているパーテイやセミナーなども極力、ジャパンハウスの施設を活用するという配慮が必要である。ブラジル日本文化福祉協会(文協)やブラジル日本都道府県県人会連合会(県連)等日系コロニアも従来の経緯もあろうが、ジャパンハウスは、日系人社会に対するさらなる高い評価に繋がると考え、積極的に協力することが望まれる。ブラジル政府、サンパウロ州・市、サンパウロ産業連盟等ブラジル社会への協力依頼については、ジャパンハウス事務局の得意とするところであろう。筆者も箱物の運営に苦労したことがあるが、常に初心を忘れないことが成功のカギである。(本稿は筆者の個人的意見である)

 

この記事は、ラテンアメリカ協会発行の「ラテンアメリカ時報」の夏号(7月25日発行)に掲載したものである。執筆時点は、5月中旬。

 

 

「桜井追記」

サンパウロ・ジャパンハウスについては、ブラジルでも大きな話題となっている。オープン2か月ですでに約26万人が入場したという。サンパウロ・ジャパンハウスの活動については、総じて高く評価する意見が多いが、批判的な意見、イメージと異なるという意見等々多くの意見・感想も出されている。その理由はいろいろ考えられる。

  • 日本文化とは何か、日本文化の範囲に関してそれぞれの意見が異なることから種々な意見が出される。文化とは考えれば考えるほど難しいテーマであるが、全ての人々にとって、一見取っ付きやすそうなテーマなので誰もが自由に発言し、意見表明ができる。
  • 文化普及や文化交流の内容や方法についてそれぞれの考え方が異なる。文化普及は極めて難しい加田であるが、多くの人々にとって知識・経験が少ないので、自由勝手な意見も言える。
  • 日本文化の普及について、日本の伝統的な祭り、歌、踊り、民謡、太鼓、茶道・華道、伝統芸能、伝統スポーツ、伝統工芸に執着するあまり、そこから脱却できない人が多い。特に日系コロニアの方々は、従来行ってきた自分たちの日本文化普及の努力や成果につき自信を持ち、ベストと考えておられるので、新しいタイプの文化普及については抵抗感があるように見受けられる。
  • 世界の先進国としての日本は、文化普及と言った場合、日本文化のみならず世界に役立つ普遍的な文化普及についても貢献すべきである。例えば、建築でも、デザインでも、音楽でも、絵画でも、彫刻でも日本的なものから超越しているケースが多い。ピカソの絵画やニーマイヤーの建築は、必ずしもスペイン的、ブラジル的なものばかりでなく、超越しているものがほとんどである。世界的に流行しているアニメやマンガでもすべてが日本的ではなく普遍的なものになりつつある。世界の文化に貢献するという面も重要である。
  • 日本文化普及活動は、非常に難しいチャレンジであるが、木だけ見て森を見ないで意見を述べる人、重箱の隅をほじくるような意見を出す人もいる。
  • 全ての人が、与えられた条件、即ち、予算、マンパワー等の陣容、実現可能な企画を考慮して、必ずしも意見表明をするわけではない。往々にして理想を追いがちである。自分ならどうするかという発想から意見を述べると新しい展望が開けてくる。
  • 文化普及の根幹は、言語の普及であるが、ジャパンハウス関連で、日本語の普及についてほとんど話題にならないのは興味深いことである。国際交流基金、JICA,ブラジル日本語センターの領域からか。

 

様々な意見が出されることは素晴らしいことである。自由に意見を表明することも良い傾向である。今後ますます様々な意見が出され、日本文化の普及についての議論が盛り上がることを期待したい。ジャパンハウスは、日本文化の普及の壮大な実験場でもあるので、皆で支援することを望みたい。