会報『ブラジル特報』 2010年3月号掲載
会員エッセイ

                   橋本 文男(FIAL─イベリア・ラテンアメリカフォーラム理事、協会常務理事)


 昨今の経済危機で日本の全労働者に占める非正規労働者の比率が3分の1に達し、その失業が大きな社会問題となっている。またこの数ヶ月、失業率は5.5%前後、有効求人倍率は0.5を切る状況が続いており二番底が懸念されている。国際比較ではEUに比べてわが国の生活ネットワークの構築が大きく遅れていることも指摘されている。マスコミでも、在日日系ブラジル人の失業問題、子弟の教育問題が日々報じられている。当局も遅ればせながら諸対策を講じてきており、一部の企業には非正規労働者の再雇用の動きも出てきている。いずれにせよ在日日系ブラジル人は日本で働き生活を続けていく限り、この困難な情勢において雇用の確保が焦眉の急である。

 報道によれば日系ブラジル人の場合、再雇用に有利な条件は「日本語が出来る」ということとされている。この日本語が出来るという意味は、単に喋れるということではなく、「読み書きが出来る」という意味を持っている。職場での取り決め、業務の指示が日本語の回覧でなされるので、雇用者が経営効率を考えれば日本語の読み書きが出来るということは当然に採用の優先順位は高くなる。例えば介護業務でもこの点は非介護者との意思疎通のみならず、組織の円滑な機能発揮のベースとして欠かせぬものであろう。

 しかしここで日本語と同様に被雇用者に期待される要素は、日系ブラジル人(被雇用者)が日本の風俗・習慣を言語と併せ学ぶことである。やや硬い言葉でいえば日本文化の一端を学びつつ働くことが日本での生活を続けていく上で大きな利点となるわけである。これは職場だけでなく、生活居住空間でもいえることで、文字通り多言語・多文化共生の鍵でもある。(念のためだが、ここで私がいう文化は茶道、生花、能、歌舞伎といった類の芸術文化ではなく、精神文化的な面である)

 行政―すなわち政府・地方公共団体、さらには民間NPOもこの点は認識している筈であり、日本語教育だけでは被雇用者としての有利な条件を満たすことは出来ない。また例え雇用されても、日本の生活習慣・文化を知らなければ企業内で高く評価される人材とは認知されないであろう。再就職のため年を取ってから日本語の習得に努力されている方々に、この文化をいささかでも理解して頂くことは、日本人に交じって日本企業で働く日系人の方々の職場の評価を高めることに結びつくといえるのである。さらに、日本語を学ぶ、あるいは教える際に、このような東洋的思考の一端を併せ理解することは、在日日系ブラジル人の万を数える青少年が、今後日本・ブラジル両国間の幅広い交流に貴重な人材として活躍することが期待出来るのである。

 日本人社会も、ブラジル人社会の風俗習慣・価値観を積極的に理解し共生の実をあげるべく努力をすべきことは言を待たない。当局も外国人労働者の職業訓練の際に併せ日本の精神文化を分かりやすく理解する場を用意することが必要であろう。日本の政府・企業が、外国人労働者のために雇用機会増大、セーフティ・ネットの早期確立に努力するのは必須の役割であるが、日本語の習得機会に加え、日本文化の理解を深める機会を被雇用者に提供することが肝要である。かかる政策が推し進められることにより、息の長く、質の高い多文化・多言語共生社会が実現するものと考えるのである。