会報『ブラジル特報』 2010年月号掲載
エッセイ

                        田村 梨花(上智大学外国語学部ポルトガル語学科准教授)


 ブラジル主要都市の急激な変貌の波は、昔は「地の果て(fim do mundo)」と称されたアマゾンのベレンにも押し寄せている。観光産業振興のため2000年前後より開始されたウォーターフロント開発事業はさらに進み、歴史地区の修復作業、自然公園・美術館・博物館の建設など枚挙に暇がない。1998年初めて訪れた時以来の街並みの変化には、訪問の度驚くばかりである。児童労働の場として悪名の高かったヴェール・オ・ペーゾ市場もすっかり整備された。サッカー ワールドカップこそ逃したものの、2009年には世界社会フォーラムやCONFINTEAⅥ(第6回ユネスコ国際成人教育会議)が開催され、ブラジル北部を代表する近代都市として急成長を遂げている。

 2009年の訪問時、急速な都市開発にともなう消費社会の拡大が印象に残った。数年前までは空き店舗の目立ったウォーターフロントの娯楽施設は高級店で満たされ、市街中心部に総敷地面積35,000㎡、約250店舗のショッピングセンターも建設された。外食施設の物価指数は高く、一品の単価が40レアルを超えるレストランが平日に賑わいをみせる。防犯のための塀に囲まれた高級住宅地や高層マンションも増加した。貧困層の生活水準が底上げされたのは事実かも知れないが、富裕層のそれは想像以上に上昇している。他都市に準ずる犯罪の深刻化(Mapa da Violência 2010によれば、大ベレン首都圏における殺人による死亡者数は、1997年362人から2007年803人に増加)が示すとおり、ブラジルの社会格差が解消傾向に向かっているとは肯定し難い。

 そうした状況下、人権・社会的公正のための活動を続ける民衆組織・NGOはいまだ健在である。彼らが重要視するのはコミュニティの潜在力を引き出す活動である。外部の援助に依存するのではなく、自分たちの生活圏を住民自身が協力し合い改善するとともに政策提言を行う、そのための試みが現在も地道に行われている。

 1970年の設立当初から、子どもの権利を守り社会の連帯を目指す活動を続けるNGO「エマウス共和国運動(Movimento República de Emaús)」は、地域住民の社会意識の啓発とコミュニティの相互協力のイベントとして1年に一度グランジ・コレッタ(Grande Coleta)という不用品回収大会を行っている。約40台のトラックが町中を駆け抜け、1日に約3回転のフル稼働で不用品を集める。参加ボランティア数は400人を超える。イベントの趣旨は社会的排除の現状とその克服の意識化にあり、今年は「平等と市民性:人権、すべての人々が有する権利」というスローガンのもと実施された。集められた家具や家電は職業訓練教室で修理され、古着や玩具、靴、雑誌等と共にリサイクルショップで地域住民に低価格で販売される。

「空の倉庫が瞬く間に回収品で一杯になり、その活気に驚く」(コメント&撮影:板垣 香織)

 今年初めてグランジ・コレッタに参加したJICA日系社会青年ボランティアの板垣香織さんは「地域の住民は積極的に品物を提供してくれる。貧困層の人々に関し無関心な人も多い、との話を聞いていたが、地域が一体となって活動が行われている印象を受け、すがすがしさと力強さを感じた」と述べている。

 板垣さんは配属先のアマゾニア日伯援護協会における業務の一つとして、エマウスの子どもや家族への日系無料診療所の開放、厚生ホーム(日系高齢者福祉施設)のイベントや太鼓サークルの練習における日系人とエマウスの子どもたちの交流を通して、日系社会とエマウスが相互支援を行えるよう活動している。アマゾン日本人移民80周年を迎えた2009年より発足した日系社会と地域社会との新たなつながりは、両者の運営や活動への刺激だけではなく、格差拡大により分断される社会が内部から変化し、包摂に向かうような、市民主体のコミュニティを創造する契機を与えるのではないかと期待する。

*「グランジ・コレッタ」2009年度の様子は「エマウス共和国運動公式サイト(Grande Coleta 2009画像)」にて閲覧可能。

http://www.movimentodeemaus.org/galeria/index.php?nIdCategoriaEvento=3