会報『ブラジル特報』 2010年3月号掲載

                           内ヶ崎 万蔵(日本大学生物科学部専任講師)


 私の生まれは、ドイツ人移民が集中するブラジル南端のリオグランデドスル州ポルトアレグレで、5才まで住み,そこからブラジリア首都に移り住み,両親はブラジリアの近郊で小さい果実農園を営んでいる。そこが私の原点であり、セラード地域の農業との関わりが始まり,青年時代の大半はそこで過ごした。当時(1970年),リオデジャネイロから首都移転して間もなくのブラジリアは、町というより、セラード平原の中にコンクリートを強調させる独特な建築が立ち並ぶイメージが印象に残っている。

 それから40年、今では人口260万人の町になって立派に成長を続けており、世界遺産にも登録された。ブラジリアは標高1100メートルの中央高原に位置し、季節は雨季と乾季の厳しい自然環境に曝された土壌が、農業に適していることは誰もが想像は出来なかった。今では、セラード地域から世界に向けて大量の穀物が輸出され、中でも大豆の生産量は世界2位を占めている。

日本ブラジル・セラード農業開発計画

その成功の裏には、1975年に始まった日本ブラジル両国政府の共同プロジェクトである日本ブラジル・セラード農業開発計画(Programa Nipo-brasileiro de Desenvolvimentodo Cerrado – Prodecer)がある。本プロジェクトを実現するために、両国合併で農業開発会社(CAMPO)が設立された。その当時、私は大学に進むかどうかで迷っていた時に運命的な出会いが日本ブラジル中央協会の理事宇佐美錬さんだった。

 宇佐美さんは当時CAMPOの副社長しており、同会社の関係の深いセラード開発計画の実行第一人者のDr. Paulo Romanoと知り合った時期だった。両氏から貴重な助言を頂き、そのお陰でビソーザ連邦大学の農学部に進むことが出来た。そこでは、日本ブラジル共同の政策目的とその日本の技術協力によって、セラードの平原が農産物の大生産地に生まれ変わるのを目の当たりにした。

 セラード地域の農業開発は1970 年に開始され、75年のセラード農牧研究所の設立によって生産拡大に向けた試験研究が本格化した。80年代には、米、大豆等の穀類を中心として、栽培面積の拡大、生産量の飛躍的な増加が図られた。ブラジルの耕作可能な面積は約2億6,000 ha、それは国土面積の約30%を占め、その中でセラード地域は1億7,000万haの農業適性地を持つとされている。現在使用されている農地面積は、約6,000万haでそれは4分の1にすぎず、拡大な耕作可能地が残されている。これからもブラジルのセラード開発は、政府の農業開発政策上、重要な位置づけにある。

ミナスジェライス州農政局訪問
2009年3月―左から筆者、Dr.Paulo Afonso Romana(ミナス州農政局副局長)と令夫人

バイオエタノール輸出国

 昨年の3月に終了した研究プロジェクト「バイオフューエル普及と国際食料需給の変容に関する研究」、その目的は、国際的なバイオフューエルの普及によって食料の高騰・需給・環境などの影響を調べることであった。その中でも、特に食料競合作物の大豆、トウモロコシ、サトウキビについて調査が進められた。その研究の分担者として、私の母国ブラジルにおけるバイオフューエル利用の現状と動向の調査を担当し、ブラジルに3回の調査訪問を行った。その調査の一部をここでご報告したい。第2回目の調査で連邦区ブラジリアのブラジル石油・天然ガス・バイオフィーエル局 (Agência Nacional do Petróleo, Gás Natural e Biocombústivel -ANP)等を訪問し、Centro de Pesquisa e Análises Tecnológicas – CPTのエジミルソン・ラウデネス局長には調査にご協力頂いた。2008年3月にブラジルのエタノール生産量がガソリン生産量を超え、この生産量の逆転は予想よりも早いとのことであった。今年度末までに、エタノールの消費量がガソリンを上回ると予想されている。それはフレックス車の普及と、エタノールの安い価格が背景にあると石油局は強調している。ブラジルのバイオエタノール生産量は、アメリカに次いで世界第2位、世界最大の輸出国である。しかし、サトウキビを原料とするブラジルのエタノール生産方法は、食料との競合問題に注目が集まっている。

 またサトウキビ生産拡大と環境問題で、サトウキビ畑による森林破壊はまだ公式に報告されていない。しかし、サトウキビ価格の高騰により、農家の転作が多く発生しており、大豆などの食物栽培から農家がサトウキビ栽培に転換する農家が増える傾向がある。そのため、新たな大豆生産や牧畜のための森林開拓が加速しており、結果としてアマゾン地域における大豆生産が拡大し、森林破壊の大きな要因となっている。それは大豆を原料とするバイオディーゼルの生産増も、大豆畑拡大を促している要因となっている。

 ブラジル政府は、食料との競合問題については、需要を超えた食料生産を行っているので心配ないという。ブラジルには、サトウキビを生産できる土地が十分にあり、全体の生産の半分は砂糖生産に回っているといわれている。昨年、砂糖の値段が2割ほど上昇し、それは干ばつの影響だといわれている。しかし、今後需要急増が予想されるエタノール生産に対応するため、さらに食料が燃料に回される可能性がある。今後のブラジル政府、関係企業が環境破壊、食料競合問題に対応することが重要である。これからブラジルが、世界におけるバイオエタノール市場を大きくリードすることに間違いない。

サンパウロ州リベロンプレットのバイオエタノール工場に運び込まれたサトウキビ満載のトラック

 ブラジルほど豊かな資源に恵まれている国は他にない。鉄鉱石をはじめとする鉱物資源や石油、そして環境に優しいエネルギー資源として、世界から注目されているサトウキビ原料のバイオエタノール、さらに食料資源に関しても、大豆、砂糖、コーヒー豆、牛肉、鶏肉、オレンジがいずれも生産量で世界1位ないし2位を占めており、今後世界の人々の生活レベルが上がるにつれて、ますますブラジルは、その供給基地としての重要性を増していく筈である。環境の視点からは、急速なセラード農業開発、バイオエタノール生産のためのサトウキビ生産にともなう環境への負荷についての配慮が十分でなかったため、動植物の生態系や土壌環境への悪影響、連作による下層土の圧密化・硬化や新たな病害の発生等の問題が顕在化してきた。ブラジル政府は、セラード地域において天然資源の管理と保全に重点を置いた持続的な農業開発をめざし、これまで以上に日本との技術協力の拡大が必要かつ極めて重要と考えている。