会報『ブラジル特報』 2010年11月号掲載
本郷 豊(国際協力機構JICA客員専門員)
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はじめに モザンビーク熱帯サバンナ奥地で、私たちは「セラード農業」を目の当たりにした。乾季の最盛期、灌木林を抜けると、緑の巨大な円形絨毯が広がった。灌漑中の70haの豆畑であった。ブラジル側調査団は一瞬フリーズし、呆然と口をあけて既視感に浸った後「これはブラジル・セラード農業そのものだ!」と歓声をあげて踊りだした。 熱帯サバンナ開発の先駆者ブラジルと日本の協力 世界植生図を広げると、赤道直下に熱帯雨林が帯状に広がり、その両側に熱帯雨林を挟むように熱帯サバンナ地帯が広がっている。熱帯サバンナ面積は約20億ha(日本の面積の約54倍)。世銀(2009年)はこのうち約7億haがアフリカに広がり、4億haが農耕適地と試算している。 熱帯サバンナは、アフリカ大陸の対岸にある南米大陸にも広大な面積が分布する。最大の面積を誇るのがブラジル国土の1/4を占める「セラード」と呼ばれる熱帯サバンナである。その面積は約2億ha(日本の5倍)。この土地は長らく「不毛の大地」として見捨てられ、開発が始まったのは1970年代半ばだ。このセラード地帯が30年後には一大農業生産地帯へと変貌し、世界の農産物貿易構造を一変させた。 我が国は、1970年代後半から約20年間に渡って技術協力・資金協力の両面からセラード農業開発に協力した。農業分野では我が国最大規模の国際協力事業である。ODA資金協力だけでも、約280億円を投じている。この事業は「ブラジルの食料増産と地域開発、また世界の食料供給の増大による需給緩和」を目的としており、今日でいう「世界の食料安全保障」に寄与することを企図した。今日、ブラジルはアメリカに比肩する農産物輸出大国となり、世界の食糧供給基地を南北半球に2分して「食料安全保障」に大きく貢献している。 2006年、農業分野のノーベル賞といわれる“World Food Prize”は、セラード農業開発に貢献した2名のブラジル人に授与されている。「セラード農業開発は、20世紀農学史上最大の偉業のひとつ」と評価された。ブラジルは名実共に世界で「熱帯サバンナ農業開発の先駆者」としての地位を確立したのである。 アフリカ熱帯サバンナ農業開発を構想する 2008年後半に食料価格が一時的に異常高騰したことで、09年7月のラクイラ・サミットでは「世界の食糧安全保障」が主要テーマの1つとなった。この時、麻生総理(当時)とブラジルのルーラ大統領の首脳会談にて、「日本ブラジル セラード開発協力の経験を活かして、両国連携にてモザンビークでの農業開発協力を実施する」ことで合意した。 ルーラ大統領は帰国すると、「ブラジル農畜産研究公社(EMBRAPA)新総裁の就任式典」の演説で「ブラジルがセラード地帯で農業革命を起こしたように、EMBRAPAがアフリカサバンナで農業生産を実現するよう、私は想像している」「日本はブラジルのセラード農業開発革命に援助してくれた。その日本がブラジルとパートナーシップを組みモザンビークでの農業生産を目指すのだ」と新総裁を叱咤した。また首脳会談に同席したアモリン外相も帰国するや「ブラジル国際協力庁(ABC)」ファラーニ長官に協力事業の早期実施を指示する。こうしてABCとEMBRAPAが車の両輪となり、ブラジル国内の体制が構築されていった。 モザンビーク国政府の反応も早かった。7月ブラジルを訪問したゲブーザ大統領はルーラ大統領に対して「三角協力」への期待感を表明する。そして9月にはモザンビークの首都マプトにて国際協力機構大島副理事長、ABCファラーニ長官およびモザンビーク農業省ニャッカ大臣(当時)との間で、「日本とブラジル連携によるアフリカ熱帯サバンナ農業開発事業(ProSAVANA)」構想が練られ、その骨格につき三国間で合意した。協力構想の骨子は──。 ① 目的:三角協力によりモザンビーク熱帯サバンナ地域において、持続可能な農業開発モデルを構築し、市場競争力のある農業・農村・地域開発を図る。 ② 対象地域:モザンビーク北部ナカラ回廊地域(熱帯サバンナ地域) ③ 対象作物:キャッサバ・トウモロコシ等の自給作物、また大豆・綿・ゴマ・などの商品作物等である(文末の註参照)。 なぜブラジルからアフリカ熱帯サバンナが良く見える? 2010年4月、ルーラ大統領は演説の中でセラード開発とアフリカについて感動的に触れた。「ブラジルにとって、アフリカから奴隷を導入したことは帳消しできない負債である。しかし、ブラジルはセラード開発の経験をアフリカ熱帯サバンナの開発に活かすことで、アフリカの人々に想像以上の貢献をなしうる」。ブラジルはこの贖罪意識を原点にアフリカ熱帯サバンナを観ている。 そして、EMBRAPAはその実現に強い自信を持つ。「セラード農業研究所(CPAC)」、「国立野菜研究所」、「米・フェジョン豆研究所」、「肉牛研究所」など多くの研究所をセラード地帯に配置して、豊富な知見を蓄積しているからだ。ブラジルは、セラード地帯で多様な熱帯作物、畜産、野菜の技術を持つだけでなく、大豆やトウモロコシといった温帯作物の熱帯性品種をも育種しているのが強みだ。 勿論ブラジルは、外交またビジネス上からもアフリカ進出に強い関心を持っている。国連安全保障常任理事国入りを目指すブラジルにとってアフリカ諸国の支援は必須だ。アフリカの遺伝資源にも注目する。またEMBRAPAは広い裾野を持つブラジル・アグリビジネス界の先導役をも務める。 ブラジルからアフリカ熱帯サバンナがよく見えるのは、アフリカ開発援助への義務感、政治経済的戦略、そしてセラード開発の実績に根ざす強い動機があるからだ。 なぜモザンビーク? モザンビークは、アフリカ南部に位置し、面積は80万平方km(日本の2.1倍)。国土の7割を熱帯サバンナが占める。経済開発ポテンシャルは大きいが最貧国の一つに挙げられている。日本とブラジルが連携して熱帯サバンナ農業開発を始める上で、自然条件の類似性(図面参照)、貧困削減への貢献、そして技術移転の容易さからも効果的と考えられた。公用語はブラジルと同じポルトガル語だ。 一方でブラジルから見え難い部分もある。それは社会・経済の相違だ。ブラジルがセラード農業開発を開始した1970年代には、フルセット産業を有する工業国でもあった。農業機械、生産資材、生産者組合、政府の農業支援制度(農業融資、普及機関、研究機関)、流通インフラはそれなりに整備されていた。一方モザンビークは、欧米諸国からの財政支援なくして国家財政が成り立たない最貧国である。民族や現地語も多岐に渡る。したがって、ブラジル・セラードの開発モデルをそのままでは移植できない。 それでもブラジルとの三角協力に期待できることは多い。ブラジルは貧富格差が大きく、零細・小農支援政策の失敗・成功例も豊富だ。土地無し農民の入植事業、フロンティア開発や環境保全、衛星監視システムの技術にも優れた知見を有する。そして何よりも、モザンビークがサバンナ開発の「後発の利益」を得るメリットは大きい。 おわりに 今年5月、ブラジルは初めてアフリカ全土から農業大臣を招聘し、「ブラジルーアフリカ対話」会議を主宰した。ルーラ大統領は、「アフリカ熱帯サバンナはブラジル・セラードの農業潜在力をはるかに凌駕する。我々はセラード技術をこの広大な農業フロンティアに導入することができる」と自信のほどを披露した。同時にこうも語った。「ブラジルは先進諸国に対して一緒にアフリカでの農業開発協力に取り組もうと長らく訴え続けてきた。そして、一カ国、日本と共同にてモザンビークで取り組むことが決まった。」 構想から実行へ日本がどう応えていくか、今アフリカ諸国と世界が注目している。 註①「ProSAVANA」映像はhttp://jica-net.jica.go.jp/dspace/handle/10410/705にて視聴できる。 ②本文中、ルーラ大統領演説部分は以下のサイトを参照し、関連部分を要約した。 http://www.info.planalto.gov.br/exec/inf_discursosdata1.cfm
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