執筆者:桜井 悌司 氏
(日本ブラジル中央協会常務理事)

「はじめに」
 本稿は、最初2012年2月に「ブラジル特報」用に寄稿したものである。当時の原稿を読み直してみると、今でも十分に通用すると考え、修正を加え、再度掲載させていただくことにした。結論的には、日本企業が中国とのビジネスで培ったノウハウをうまく活用すれば、ブラジルとのビジネスでもうまくいくのではないかという仮説である。なぜなら中国人とブラジル人は、考え方やビジネスの進め方において、大いに類似点があるからである。当然ながら歴史的背景、歴史の古さ、すさまじい権力闘争などでも大いに異なる点も多い。中国風のなりふり構わない資源獲得や覇権のための行動等の面でも相違点が多々ある。しかし、ことビジネスに関して言うと、類似点が多い。筆者は、ブラジルや中南米に10年滞在し、中国にも出張で10回程度出かけているが、中国ビジネスで鍛えられた人材をブラジルに投入すれば思わぬ好効果がでるものと確信している。以下、筆者個人の独断に基づく意見である。
「中国における日本企業、ブラジルにおける日本企業」
中国には、外務省のデータによれば、2017年10月1日時点で、日本企業総数(拠点数)は、32,349社が進出しており、在留邦人数は、124,162人(香港、マカオを含む)となっている。一方、ブラジルへの進出日本企業数は、同じく外務省によれば、512社、在留邦人数は、52,426人となっている。
 昔、80年代に野村総合研究所のブラジル駐在員であった故東田直彦氏(ブラジル経済に関する著作を2冊執筆している)によると「ヨーロッパ企業は、ブラジルには一流の人物を、米国企業は、二流の人物を派遣している、さて日本企業は?」というのが口癖であった。いずれの国も最も稼げる国には、最優秀の人材を投入しているはずである。日本企業も、例外にもれず中国には優秀な社員を派遣しているものと思われる。ブラジル人と中国人はビジネスの考え方において多くの共通点がある。下記に15の共通点を紹介する
「ブラジル人と中国人のビジネス、15の類似点」
  1.  経済的より政治的に物事を考える日本は、経済に比して、政治が弱体であることもあり、経済的に物事を考える習慣がある。その点、中国人やブラジル人は経済的発想も重視するが、政治的発想をさらに優先させる傾向にある。
  2. 戦略的発想をする例えば、中国の資源戦略を見てみよう。中国は、エネルギー資源、鉱物資源、食糧資源の確保に向けて、アフリカ、アジア、中南米、中近東になりふり構わず着々と進出しており、年々影響力を増している。武器輸出、資源外交、発展途上国支援等々資源確保のためなら何でもありの世界である。
    ブラジルの外交を見ても戦略的である。ルーラ大統領時代は、発展途上国の雄たらんとする、国連の安全保障常任理事国をめざす、中国・インド・南アフリカとの連携を強める等々の動きを見てもよくわかる。ブラジリアへの首都移転はその典型的な例である。当時のクビチェック大統領は、ブラジリアへの移転を決定し、1955年に着手して1960年にはほぼ完成した。「50年を5年で」がその合言葉であった。
  3. 万事大きいことが大好きブラジルは人口、面積ともに世界第5位。中国は人口、第1位、面積、第4位。この事実だけでも、発想が雄大で、万事大きなことが好きということが理解できよう。
  4. 小さいことは後回しにし、大きいことで合意する。中国人やブラジル人は、プロジェクトが魅力あるものかどうかで判断する。魅力的であれば、多少のリスクも意に介さない。付随する技術的・専門的な問題は、後で解決すればいいと考える。その点、日本人は、必要以上に細部にこだわるきらいがある。ミッションや調査などの出張で、日本から来た企業人は、まるで進出したくないかのような、細かいどうでもよい質問を入れ替わり立ち替わり質問する。日本人が、今後、海外ビジネスで成功するには、大きいことで合意する習慣をつけることが必要である。
  5. トップダウンで万事決断が速い。ブラジルも中国もトップダウンの国である。TIME IS MANEYの発想が浸透している。したがって、意思決定が極めて迅速である。決断が遅いとチャンスを逃すし、相手に馬鹿にされる。ブラジルのように臨機応変に決断しなければならない国で社長を務めた人は、全世界どこでも実力を発揮できる。GM,フォルクスワーゲン、FIATのブラジル社長は、すべて本社で大出世した実績があるのは周知の事実。
  6. 考え方、行動様式が法治主義というより人治主義ブラジルはAMIGOの国、中国も老朋友の国。公私混同は多いが、友人になると物事がスムースに進む。ネポテイズムに対する寛容度が高いのも共通点である。
  7. 打ち上げ花火的発想が大好き2004年の胡錦濤国家主席のブラジル訪問、2005年のルーラ大統領の中国訪問時を例にあげよう。ルーラの訪中では、574名のブラジル人ビジネスマンが同行。中国の胡錦濤の訪伯でも、大型展示会、各種雑技団等の併催プログラムが多彩であった。共同コミュニケでも犯罪者引き渡し条約、金属、鉱業、燃料用アルコール、農産物加工などの産業協力等が華々しく打ち上げられた。しかし、その中での目玉プロジェクトであった上海宝鋼集団のエスピリト・サント州への60億ドルの投資、中国アルミ集団公司のパラ州への20億ドルの投資はキャンセルされた。一方、2004年9月の小泉総理の訪伯時には、日本式の実現可能なものを積み上げていく方式により共同声明が出された。日本方式は、当然ながら、キャンセルは出ないが、面白みに欠けることになる。激動する世界ではどちらが有利かを考えるのも面白い。
  8. あらゆる事態に即興的に対応できるラテン人の常として、ブラジル人も大いなる即興性(インプロヴィザソン)を持っている。中国人も多かれ少なかれ、即興的センスを持っている。このことは、十分な準備をしなくても何とかやっていけることを意味する。一方、日本人は、彼らと比較すると即興的センスに欠けている。日本人は、何でも十分な準備をしないと心配で仕方がない民族である。相互にメリットとデメリットがあるが、どちらが修羅場で有利かというとブラジル・ラテン式や中国式が有利と言えよう。
  9. リカバリーショットはいつでもOKブラジルや中国では、1度や2度、あるいはそれ以上の失敗をしても次にうまくやれば、リカバーできるし、周りの人々も過去の失敗や過ちには比較的寛大である。うまくリカバリーショットに成功すれば、認められることが多い。日本は、その点、1回失敗した人々が立ち直るのに結構時間がかかるし、周りはそれほど寛大でない。ブラジルや中国では、何度も失敗や失脚しながら、力強く立ち直った政治家やビジネスマンの例は数多い。政権交代により不死鳥のように蘇る人物も多々ある。
  10. 変化、変更は当たり前我々日本人は、変化、変更を異常に嫌う国民である。予定を変更したり、キャンセルすると嫌な顔をされ、トラブルの原因にもなる。一方ブラジル、中南米や中国は変化・変更、朝令暮改は日常茶飯事で、変化がなく物事が進むことはむしろ珍しいと言っても言い過ぎではない。すべてフレキシブルに対応できる能力を持っている。
  11. 個人個人が強いブラジル人も中国人も組織がなくても生きていける民族である。一方、日本人はどうしても組織に頼りがちで組織を離れた日本人は非常に弱い。また定年後、名刺を失った人も急に弱くなる。ブラジル人も中国人も個人主義者であり、要求はすべてダメ元である。 日本人はダメ元に弱い。理不尽なことに対しては、どんどんNOと言うべきで、NOと言っても彼等は全く意に介しない。
  12. 自分たちが世界の中心と思っている。米国人、中国人、フランス人、ブラジル人は自分たちの国が世界の中心と思っている。自分たちに自信を持っており、人の意見をあまり聞かない民族である。
  13. 誇り高く、メンツを非常に重んじる。
   中国人は、メンツを大いに重視する。ブラジル人やラテン人もメンツを大切にする。人前で恥をかかされたりすると大変である。彼らとビジネスをする場合、相手のメンツを常に考える必要がある。
「結論」
 以上の点から得られる結論は、中国人とのビジネスを経験し、ノウハウを身につけた日本人ビジネスマンをどんどんブラジルに派遣すべきということである。彼等は、普通の日本人ビジネスマンと比較して、ブラジルのビジネス界に格段にうまく融け込むこと請け合いである。従来日本企業のブラジル駐在員は、日本から直接、米国から、近隣の南米諸国から、スペイン、イタリアからの赴任という形が多かった。どちらかというと、筆者はブラジル赴任者はイタリアからの赴任者が最適だと経験上考えてきたが、中国からの赴任も強力なライバルになる、あるいはそれ以上の適材となると考えを変えつつある。
さらに対中国ビジネスに苦心しているブラジル人も、中国ビジネスに経験の深い日本人が来れば大いに歓迎するであろう。読者の中には、このような意見を開陳すると、ポルトガル語の問題はどうするのだと声も出そうであるが、ブラジルには、190万人の日系社会があり、日本語ができる日系人も多い。またブラジルは、中国社会よりもっと開かれた民主主義社会であるし、あらゆる意味で興味の尽きない国である。少しでも知的好奇心のある優秀な20代、30代、40代の若手ビジネスマンであれば、ポルトガル語にチャレンジするであろう。ビジネスは人材である。多くの中国ビジネス経験者は、対ブラジルビジネスに強力な力を発揮すると考えられる。
今後、中国からブラジルやラテンアメリカへの進出は、ますます増加することが予想される。ブラジルで、中国人と中国経験のある日本人ビジネスマンが、時には競争し、時には協調し、ビジネスを展開できれば面白い。
本稿については、異論が出てきそうであるが、読者の様々なご意見を歓迎したい。