執筆者:桜井 悌司 氏
(日本ブラジル中央協会常務理事)
3.では、ブラジルの輸出振興・投資誘致機関はどうあるべきなのか?
ブラジルに外資を導入させるにはどうすればよいかというテーマを提示すると、誰からも、いわゆる「ブラジル・コスト」の解消という回答が来る。複雑な税制、高額な税金、労働者に有利な労働制度、官僚組織、インセンテイブの無さ、治安の悪さ等々である。ここではそれらの問題は取り上げない。輸出振興や投資誘致に携わる組織をいかに効率化するかという観点に絞って私見を述べたい。
- ブラジルの国のイメージを徐々に変えていく努力
筆者が、ジェトロ・サンパウロの所長として、2003年11月から2006年3月まで駐在していた時は、日伯両国の経済関係は、20年簡易わたる低迷後、少し上向きの兆しを示しつつあった。その中で も、頭を痛めたのは、「ブラジルのイメージ」だった。ブラジルと言えば、「コーヒー、サンバ、サッカー」がすぐに頭に浮かぶ。しかし、このイメージは、観光振興に関しては、少しは役立つかもしれないが、輸出振興や投資誘致では、マイナスに働くと考えた。そこでブラジルの新しいイメージとして、「技術の国 ブラジル」というイメージを日本のビジネスマンの中に浸透させようと考えた。ブラジルの誇る3つの技術、すなわち航空機産業、石油の海底掘削技術、エタノールの生産技術の3つを前面に出した。 経済の回復、小泉総理の訪伯、ルーラ大統領の訪日等の幸運が重なり、徐々にこのイメージが浸透していった。
APEXもブラジル企業のイメージ向上プログラムを持ち、努力をしているが、「ブラジルは資源に富むポテンシャリテイのある国」という50年以上に及ぶ一辺倒のイメージからの脱却が必要である。現在のブラジルは、現在、政治的にも経済的にも低迷しているが、このような時期こそ、官民挙げて、「ブラジルの新しいイメージ」を発掘し、アピールすることが望まれる。
- 発想の転換
確かに、ブラジルは、誰がみてもポテンシャリテイの高い国である。ブラジル政府高官は、常に強気で、外国人ビジネスマンには、頻繁に、「どうしてブラジルに投資しないのか?ブラジルはポテンシャリテイの高い国だ」と言う。日本資本が来なくとも欧州資本が来る、欧州資本が来なくとも米国資本が来る、米国資本が来なくとも日本やアジアの資本が来ると簡単に考えているような印象を受ける。しかし、発想を替え、ブラジルが仮に90年代以降、組織的に外資誘致政策を策定し、地道に実行に移し、米国からも、欧州からも、日本からも、新興国からも誘致していたとすれば、もっともっと多くの優れた外資を誘致し、さらなる大国に成長し、貧困も大いに減少したものと思われる。より持続的発展に繋がる良質な投資や裾野産業の形成に役立つ優良な中小企業の誘致も可能であっただろう。残念ながらブラジルは多くのビジネス・チャンスを失ってきたと言えよう。座っていても外資が来ると言う発想から、もっと努力すれば、もっともっと外資が来る、そして国が発展し、国民が豊かになるという発想に変える時期に来ている。経済も政治も低迷する今こそチャンスなのである。
- APEX と RENAI の合併
APEX と RENAI は合併したほうが効率的な活動ができる。以前なら、APEX も RENAI も開発商工省(現商工サービス省)の傘下であったので、その意志さえあれば、合併することは可能であったが、今は、APEX が外務省傘下なので、ブラジルの官庁の官僚制・縦割り行政から考えると一層難しくなったと言えよう。輸出振興でも投資誘致でも、調査やデータに基づき、戦略や戦術を建てることが必要である。RENAIの調査やデータを元にしてAPEXがプロモーションを図るという図式である。合併すると余剰人員を削減することも可能となるし、投資案件をすべて1か所で処理する ONE STOP SERVICE にも近づくことになる。
- 国別戦略の策定
APEX の現在の海外ネットワークは、前述のとおりドバイ、ルアンダ、ハバナ、マイアミ、サンフランシスコ、ボゴタ、北京、ブラッセル、モスクワの9か所である。
APEX は、輸出振興と投資誘致の両方を兼ねるという点を考慮しても、この9か所からは、戦略性が感じられない。実務的・経済的というよりむしろ政治的な配慮と言わざるを得ない。商工サービス省の貿易投資統計でみてみよう。2016年のブラジルの輸出相手先と対内投資受け入れ国のベスト10は、下記の通りである。単年の統計なので、毎年変化が生ずる。とりわけ投資受け入れ国ランキングは変化が激しいと言える。この表と APEX の海外事務所配置国を照合してみると、ドバイ、ルアンダ、ハバナ、ボゴタ、モスクワの5か所は、輸出・投資のいずれのランキングにも入っていない。おそらく、政治的な理由から判断されたものと考えられる。コロンビアは、今後の輸出市場として有望だと判断しているので理解はできる。ドバイは、2020年の万国博覧会を睨んでいるのではないかと考えられるが、筆者の経験では、博覧会とビジネスは必ずしも繋がらない。ドイツ、日本、アルゼンチン等に事務所が無いのも不可解である。海外事務所の設置は、予算、人材に加え、ブラジル政府の政治的意向や外務省との関係等に左右されると思われるが、コスト・パーフォーマンスの観点から考えるべきであろう。前述のミッションの派遣先や国際見本市の参加状況を見ても明確な国別戦略は見られないようである。
順位 | 輸出相手国 | シェア% | 投資受け入れ国 | シェア% |
1位 | 中国 | 19.0 | オランダ | 19.6 |
2位 | 米国 | 12.5 | ルクセンブルグ | 13.8 |
3位 | アルゼンチン | 7.2 | 米国 | 12.2 |
4位 | オランダ | 5.6 | 英国 | 6.7 |
5位 | ドイツ | 2.6 | スペイン | 6.5 |
6位 | 日本 | 2.5 | イタリア | 5.3 |
7位 | チリ | 2.2 | フランス | 5.2 |
8位 | メキシコ | 2.1 | ドイツ | 3.4 |
9位 | イタリア | 1.8 | ヴァージンアイランド | 3.1 |
10位 | ベルギー | 1.8 | 日本 | 2.6 |
出所:ブラジル商工サービス省、ジェトロ貿易投資白書2017
- 内外ネットワークの強化
APEX の現在の海外ネットワークについて前述したが、9か所というのは他のラテンアメリカの輸出振興・投資誘致機関と比較しても少なすぎる。以下、他の主要国の輸出振興・投資誘致機関の内外ネットワーク数である。ブラジルは経済大国にも拘わらず内外ネットワークが十分とは言えない。海外ネットワークの整備は、現下の厳しい財政状況から判断すると困難な状況と言えそうだ。
APEX の国内ネットワークを見てみよう。当初は、首都ブラジリアだけだったので、サンパウロやレシフェに国内事務所を設置したのは進歩である。しかし、ブラジリアの本部以外に、サンパウロとレシフェしか事務所を持っていないのは、目的を遂行する上では、効率的ではない。APEX は各州の開発局と緊密な連携を取っているから問題ないと言うであろう。APEX本部と主要国のブラジル大使館との連携、APEXと地方の州政府との連携は言うは易しだが、実行はなかなか難しい。
組 織 名 | 海外ネットワーク | 国内ネットワーク | 機 能 |
PROCHILE | 42カ国56事務所 | 全国に15か所 | 輸出振興 |
PROMEXICO | 32カ国49か所 | 全国に30か所 | 輸出振興・投資誘致 |
PROMPERU | 海外34か所 | 全国に4か所、観光事務所は42か所 | 輸出振興・観光振興 |
PRO ECUADOR | 26カ国31事務所 | 全国に7か所 | 輸出振興・観光振興 |
PROCOLOMBIA | 海外26事務所 | 全国に20か所 | 輸出振興・投資誘致 |
APEX-BRASIL | 海外9か所 | 全国に3か所 | 輸出振興・投資誘致 |
- APEX 独自のネットワーク構築の必要性
輸出振興や投資誘致の業務内容について、熟知していない人は、ブラジルの外務省 人材を活用すればよいと考えるかもしれない。ブラジル外務省(ITAMARATY)の人材は、極めて優秀と言われている。しかし、外交官の仕事と輸出振興・投資誘致の仕事は相当異なるのである。外交官の仕事は、主として国が対象であり、マクロの仕事である。これに対して、輸出振興の仕事や投資誘致の仕事は、ミクロの仕事である。主たる対象は企業である。輸出振興の場合、自国の企業の商品やサービスの輸出を支援するための活動、例えば、マーケテイング調査、ビジネスマッチング、展示会・見本市の開催・参加、ミッション派遣等である。 外国の企業とも当然コンタクトすることになる。 貿易実務の知識や経験も必要となってくる。 投資誘致ともなると、海外の企業をブラジルに引っ張って来る仕事であるので、投資に関連した法制度、インセンテイブ、自国市場の有利性などにつき熟知するとともに、「セールスマン的なセンス」が要求される。 大使館のネットワークを利用する場合、本来の外交官の仕事に加え、性格の異なる仕事を適切な時間配分をし、どの程度情熱的に遂行してもらえるかがカギとなろう。 また外交官は、2~3年の任期で変わるので、大使館の商務部のスタッフがいかにサポートするかも重要な要素である。
- 人材の育成
APEX職員の採用方法や給与制度、勤続年数、学歴等については前述したが、若い組織とは言え、職員の経験年数が比較的短いのがやや気になる点である。ブラジル外務省は、前述のようにエリート集団であるため、身分も給与も安定していると思われるので転職は比較的少ないものとみられる。それと比較すると、APEXの職員は、民間出身の人材が多いところから、その流動性が高いものと推測される。流動性が高いと輸出振興や投資誘致のような継続的な努力が求められる仕事には向かないであろう。それゆえ、
APEXの課題は、中長期的に活躍できる人材をいかに確保するか、さらにそれらの人材をいかにより一層教育・訓練するか、それらの努力をいかに継続的に行っていくかであろう。
- では、コストや人材の問題をどのように解決していくのか?
どのようなことでも組織を改革する場合は、予算面でも手続き面でも多大なる労力が必要とされる。上記のような観点から改革をしようとした場合、予算面、手続き面でどのような問題が発生するかをテーマ毎に考えてみよう。
- 国のイメージの創造 これについてはそれほどコストがかからないが、イメージを変革し、新しく創造する場合は、内外の有識者の意見を広く聞く場の設定が必要である。
- 発想の転換 ブラジルは、大統領や大臣が強い権限を持っているので、トップダウンで実行に移すことは十分に可能である。
- 国別戦略の策定 輸出促進面でも投資誘致面でも、有識者を集めて、国・地域別、テーマ別の輸出促進戦略と投資誘致戦略を策定することが必要である。
- 内外ネットワーク これは、大きな予算が伴うので、難しい課題であるが、ブラジルはまず他のラテンアメリカの同種の組織の実態を調査することが必要である。さらに、世界の同種の組織の機能や活動にも大きな関心を持つことが大切である。現在の海外の9事務所がうまく機能しているのかどうか、その他事務所が無い国の都市の大使館とどのような協力関係にあり、目的に沿った活動がなされているのかを調査し、評価分析することが望まれる。国内事務所は、サンパウロとレシフェ事務所があるが、その活動評価を行うとともに、事務所のない州の輸出振興・投資誘致担当部局との連携がうまく行っているのかもチェックすることが望まれる。
- APEX独自のネットワークの構築の必要性ブラジルは、現在、政治も経済も悪の状況にあり、当然ながら、財施難に悩んでいる。それゆえ、APEXの独自の事務所を持つことは難しいであろう。しかし、経費を節約する方法はたくさんある。例えば、サンパウロやレシフェのみならず、全州に事務所を設ける方法である。各州政府は、輸出や投資を担当する開発局のような部局を持っている。その中に、机と椅子を無料で借り、そこでAPEXの業務を行うのである。ブラジリアの本部の職員を各州に回すだけなので、人件費の増加は、ほとんど生じず、事務費や活動費のみとなる。これによって、APEXとして地元のニーズを直接把握することができ、企業に対しより良いサービスを展開できよう。参考までに、ジェトロの場合、地方事務所を設置する場合は、人件費、借館料、光熱費、活動費の半分を原則受け入れ県が負担することになっている。
海外の場合は、1事務所当たりの設置に伴う年間経費は、30万ドル以上になるので、さらに一層難しい。将来、予算が増加し、もう少し余裕ができれば、これも費用のかからない方式を考えるべきであろう。地方事務所と同様に、大使館に机と椅子を借りる方式も検討すべきである。現在の9事務所についても評価分析することが必要である。
- 人材の育成 ブラジルの教育と同様、人材育成は中長期の課題である。APEXも様々な人材育成プログラムを展開している。しかし目的達成のためには、さらに一層強化することが望まれる。
- 事業の継続性の問題 輸出振興や投資誘致の仕事から具体的成果を引き出すには、中長期的に物事を考える必要がある。そのためには、事業の継続性が大切である。ミッションの派遣や国際見本市の参加からみると一部を除き、継続性が感じられない。
- その他の重要ポイント
第1に、世界の優れた投資誘致機関は、全ての手続きや許認可を1つの事務所で行うというワン・ストップ・サービスを担っている。ブラジル政府もワン・ストップ・サービスを行えば、諸外国の企業はブラジルの大きな変化に喝采を送るものと思われる。第2は、評価分析の強化である。これは、全世界の貿易振興・投資誘致機関の課題である。 APEXも目標設定、満足度調査等を行っているが、できるだけ具体的な指標に基づき、ルールを変えないで実施することが望まれる。
ジェトロで、長年にわたり貿易振興、投資促進の仕事を担当してきた。その経験に基づき、このレポートをまとめた。ブラジルは、2018年10月の大統領選挙でジャイル・ボロソナロ氏が勝利し、2019年1月1日に就任した。同氏は小さな政府を目指すとして、省庁の統合も積極的に行うとのことである。ブラジルの発展にとって極めて重要な輸出振興・外資誘致にどのような政策をとるのかを大いに期待し、注視したい。