執筆者:桜井悌司 氏
(日本ブラジル中央協会 顧問)

日本文化のスペイン、ラテンアメリカへの普及という難しいテーマにつき、筆者のささやかな経験から、文化普及の様々な側面を個人の意見として紹介したい。

 

「日本文化とは」

「日本文化とは何ですか?どういうものですか?」という質問を受けた場合、多くの人は、茶道、華道、歌舞伎、能、文楽、柔道、空手、合気道、相撲等の日本の伝統的な芸術やスポーツを上げるに違いない。しかし、それらは、日本文化を構成する一部にすぎない。日本文化の中には、上記以外に、日本語、歴史、国民性、社会、日本文学、日本音楽、日本絵画・彫刻・建築、伝統工芸品(木工、陶磁器、金属加工品、和紙、竹細工等々)もあるし、日本食を中心とした食文化、住文化、スポーツ文化、ポップアート、アニメ・マンガ等々も含まれる。大部分の人は、日本文化を語る場合、上記の多様な範囲の内の一部分を取り上げる傾向にある。この原稿では、伝統的文化のみならず、広範囲の日本文化を取り上げる。

 

「日本語の普及は最重要課題」

筆者は、日本文化の普及と言った場合、最も重要なのは、日本語の普及だと考えている。その理由は大別すると2つある。1つは、最初に日本文化を発する言語は、日本語であるからだ。誰でもそうだが、英語、中国語、スペイン語等を学び始めると、その背景にある歴史、国民性、文化、社会、政治、経済等につき関心を持ち始め、より一層勉強したり、自分の周りの人に語り始める。これらミニコミによる文化普及は結構効果的な文化伝達手法である。

 

2つ目の理由は、主要欧米先進国は、こぞって、言語の普及を最重要課題としていることがあげられる。筆者の個人的な経験であるが、メキシコ駐在時(1974年~77年)に関心を持ったテーマがあった。各国大使館がどのような文化広報活動を行っているかということである。日本は伝統的に、情報発信は得意ではない。そこで外国大使館の文化広報活動の実態を調べ、日本の情報発信の参考にしたいと考えた。調査対象とした大使館は、米国、英国、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、スウエーデン、日本の8カ国であった。PRコンサルタントのウイットフェルト氏と分担して各大使館を訪問し、文化担当参事官クラスと面談した。取材して判明したことがいくつかあった。まず第1の点は、ほとんどの国の文化・広報・科学担当官は、専門家であったということである。日本の場合、特に文化広報の専門家が文化担当官になっているわけではなく、たまたま外務省の職員が文化担当に任命されたというケースがほとんどである。しかも文化活動は必ずしも大使館の中で重要視されているとは限らない。しかし、英国は、British Councilの人材, イタリアは、ローマ大学の教授というように文化広報のプロが責任者なのである。彼らは駐在地の大学でも講義できる実力の持ち主なのだ。第2の点は、各国ともに語学の普及を重要な施策にしていることである。アメリカ文化センター、ブリテイッシュ・カウンシル、アテネ・フランセー、ゲーテ・インステイチュート、ダンテ・インステイチュ―トを通じて積極的に語学の普及を図っていた。比較的最近で見ると中国の孔子学院が全世界的にネットワークを張り、中国語の普及に努めている。スペインは、セルバンテス・インステイチュートを通じて広範囲の語学教育と文化普及を行っている。第3は、書籍、映画、ビデオ等広報素材を膨大に保有していたことである。以上の3点から、日本政府も文化担当官には、担当省庁にこだわらず、文化普及のプロを派遣すること、日本語の普及にもっと力を入れること、広報費を増額し、広報資材の充実を図り、広報プログラムの拡充を図ることが必要ということになる。とりわけ、日本語の普及については、日本政府はもっと力を入れて取り組むべきと強く感じた。

 

一昔前、日本経済が絶好調で、GDPも世界で第2位であった時期には、日本企業とのビジネスや日本企業への就職を目的として、世界的に日本語ブームが巻き起こった。しかし、日本経済の低迷により、経済力が落ちてくると、ブームも過ぎ去った。しかし、その後、日本のアニメや漫画等のコンテンツ産業が世界を席巻すると再び日本語に対する関心が少しずつ高まってきた。また日本を実際に訪問し、日本の文化、日本人の生活様式やメンタリテイに関心を持つにいたるという外国人も増加しつつある。また今後は高年齢化に伴い、日本人の生きる知恵や技術は確実に世界の人々に役立つものと思われる。日本語は我々が考える以上に重要な言語であることを忘れてはならない。

 

2019年6月に、「日本語教育推進法」が国会で通過した。これによって、在外日本人学校や海外日系社会の日本語教育にも適用されることになる。一歩前進で、喜ばしいことである。

 

「スペイン語、ポルトガル語での普及」

世界的に英語が主流になっては来たが、スペインやラテンアメリカに日本文化を普及させる場合は、やはり、スペイン語やポルトガル語での普及が必須となろう。ここ十数年来、ラテンアメリカ諸国でも英語を話せる人材が急増している。しかし、英語を使える人材は、英語を使えない人材と比較すると総じてより多忙と思われる。したがって、英語の資料を送付しても、よほど関心の高いテーマの資料は別として、読む時間がないということで屑籠入りになる可能性が高い。英語を使えない人は、ほぼ自動的に屑籠に捨てることになろう。そう考えると、スペイン語やポルトガル語での情報提供が必須となる。スペイン政府の言語・文化普及機関であるセルバンテス・インステイチュートの2018年データによれば、スペイン語を母国語として話す人口は、4億8,000万人、日常的に話す人口は,5億7,700万人という。米国には、5,800万人のスペイン語を話すヒスパニック系等の人々がいる。世界中でスペイン語を学んでいる人口は2,200万人という。

 

しかしながら、日本には、スペイン語やポルトガル語を使用できる人材が少ないことがあげられる。英国のBritish Councilが2017年に発表した「英国にとって重要な外国語ランキングを見ると、①スペイン語、②アラビア語、③フランス語、④中国語(マンダリン)、⑤ドイツ語、⑥ポルトガル語、⑦イタリア語、⑧ロシア語、⑨トルコ語、⑩日本語となっており、スペイン語は堂々1位、ポルトガル語も第6位と大いに健闘している。母語人口が多い順を見ると、①中国語、②スペイン語、③英語、④ヒンズー語、⑤アラビア語、⑥ポルトガル語となっており、スペイン語は約4億人、ポルトガル語は約2億人となっている。日本でのこれらの2言語の教育をより普及することが望まれる。

注:日本の大学でスペイン語を専門とする学科のリストは、ラテンアメリカ協会のホームページの寄稿欄の連載エッセイ9「スペイン語の勧め」を参照のこと。

なぜスペイン語を勧めるのか?

 

「ブラジルにおけるジャパン・フェステイバルから日本文化の普及を考える」

少し具体的な例で、日本文化の普及につき考えてみよう。ブラジルのサンパウロでは、毎年「日本祭り」(フェスチヴァウ・ド・ジャポン)が開催される。この祭りの詳細は、日本ブラジル中央協会のホームページの「ブラジルを理解するために」の連載80で詳細に紹介した。https://nipo-brasil.org/archives/12768/ その後、「最近のサンパウロ日本祭り」を本年9月で紹介した。https://latin-america.jp/archives/39756   ざっと概要を紹介すると、1998年のブラジル移住80周年を記念して、開催され、2019年には、第22回目を迎えた。パラナ州では、歴史はもっと古く、1961年に始まっている。パラナ州では、クリチバ、ロンドリーナ等でも開催されている。サンパウロ州内の相当な都市、ポルトアレグレ市、ミナスジェライス州等日系人がいるところであれば、規模は差があれ、どこでも開催されている。いずれもブラジル人に大変人気があるイベントとなっている。サンパウロの日本祭りの規模は巨大で、サンパウロで最大の展示場であるサンパウロEXPO(10万平米)のかなりのスペースを占める。まさに世界最大の日本祭りなのである。

サンパウロの日本祭りでは、毎年テーマが決められており、それらのテーマに基づき、祭りが展開されるが、大体において、下記のような内容である。

1)日本の伝統芸能の紹介

日本舞踊等踊り、民謡、演歌等歌、太鼓、三味線、カラオケ大会等

2)日本の文化の紹介

茶道、生け花等

3)伝統的スポーツのデモンストレーション、ミス・日系コンテスト

柔道、空手、合気道等

4)日本の食文化の試食・試飲

日本全国の料理の紹介。47の県人会がお国自慢の料理を提供する。

5)日本の製品・工芸品等の物販

これらに加え、日本のアニメやマンガ等のコンテンツが紹介されるようになっている。

ここから判断できるのは、ブラジルにおける日本祭りで紹介されるのは総じて伝統的日

本文化であると言えよう。ブラジル全国で日本祭りが展開されているのは喜ばしいことである。日本祭りがもたらす副次的効果もある。それは、この祭りが日系人の結束・絆の強化に役立っていることである。ブラジルには、47の県人会が存在するが、沖縄のように強固な組織を持つ組織もあれば、存続が危ぶまれる県人会もある。それらの県人会をかろうじてまとめているのが日本祭りなのである。コロニアの人々にとって、在外で開催される最大の日本祭りは、誇りであり、アイデンテイテイのアピールの場である。さらに運営に当たり、多数のボランテイアを動員するが、日系人と非日系人の交流・協力の場でもあるのだ。 ブラジルの日本祭りは、各州の文化イベントにしっかり登録されている。メキシコでも日墨協会主催で年2回、日本祭りを組織しているし、多くのラテンアメリカ諸国でも開催されている。

「日本祭り」は、日本人や日系人のイメージに基づく、伝統的日本文化紹介の集大成と言えよう。

 

「サンパウロのジャパンハウスのもたらしたもの」

日本祭りが日本の伝統的文化の紹介とすれば、2017年4月30日(日)に、サンパウロにオープンした「ジャパン・ハウス」は新しい日本の紹介を担っている。ロンドンやロスアンゼルスに先駆けて、サンパウロのジャパンハウスの開所式が挙行され、テメル大統領や麻生副総理も出席した。詳細は、「サンパウロ・ジャパンハウスのチャレンジ」https://nipo-brasil.org/archives/12308/を参照のこと。

 

ジャパンハウス設置の目的は、積極的かつ戦略的に対外発信を強化する必要性が高まっている中で、主要国における日本の対外発信拠点を設けることにある。取り組みの三本柱は、日本の「正しい姿」の発信、②日本の多様な魅力の発信、③親日派・知日派の育成となっている。日本に関する様々な情報が一括入手できるワンストップサービスを目指すのも重要な役割となっている。そのコンセプトとして、世界のより多くの人々に対して、日本の魅力の諸相を「世界を豊かにする日本」として表現・発信することにより、日本への深い理解と共感の裾野を広げていくという難題に取り組むことになる。

開設後、2年以上経過したが、当初の想定をはるかに上回る人気と関心を集めている。

一般ブラジル人やパウリスタは、伝統的な日本については、前述の日本祭りや日系コロニアが。行う各種イベントを比較的身近に見るチャンスがあったが、ジャパンハウスが企画する極めて斬新な「新しい日本」、「今の日本」、「日本的なものを超えた普遍的価値を持った日本のもの」に教養のあるブラジル人が戸惑いながらも飛びついたからだと思われる。
年3回、日本側からもたらされるブラジル人にとって極めて斬新な展示会、ブラジル人の企画による竹細工展等切り口の異なる展示会、各種講演会・セミナー・シンポジウム等で来場者を魅了したのである。2019年の企画展のタイトルを見てみよう。

「犬のための建築展」(2019年1月~4月)、「Nipponの47人 CRAFT」(2019年4月~7月)、来年のはじめからは「窓から見える日本」と言う展示会が計画されている。ネーミングから見ても、面白そうな展示会ばかりであるが、日系コロニアの方々からの理解が得られるかどうかは不明である。

 

設立前には、同じ戸惑いは日系コロニアの人々にもあったし、各種会議等でも意見の対立があったようである。彼らはブラジルで日本が高く評価されているのは、110年以上に及ぶ日系人の努力の賜物という強い自負心を持っている。さらに彼らにとって日本文化とは、今までやってきた日本祭りで取り上げた踊り、歌、音楽、太鼓、スポーツパーフォーマンス、華道、茶道等である。それゆえ、ジャパンハウスが実施しようとするプログラムを当初は十分に理解することができなかったものと思われる。

 

結果的には、日系コロニアの人々が考える伝統文化とジャパンハウスがもたらした新しい日本文化が並列して、サンパウロ市民に紹介され、シナジー的に良い成果に結びついたものと思われる。「伝統的なニッポン」と「新しいニッポン」を無理に調整したり、融合したりしようとすれば、ジャパンハウスは失敗していたかも知れない。2つの日本が併存する形が良かったと思われる。まさに多様性に富んだ日本文化の紹介である。ジャパンハウスの成功の要因だが、筆者は、成功の要因は、初代ジャパハウス館長のアンジェラ平田氏等の先進的日系人と日本文化を理解するブラジル人による「日本の新しい文化」の紹介の試みにあったと考えている。将来の運営については、徐々に難しくなってくるものと思われるので、「伝統的日本文化活動」と「新しい日本文化活動」が少しずつ融合、協力していくことになるものと考えられる。

 

「日本を超えた普遍的な文化の紹介」

世界の先進国としての日本は、文化普及と言った場合、日本文化のみならず世界に役立

つ文化価値の普及についても貢献すべきである。例えば、建築でも、デザインでも、音楽でも、絵画でも、彫刻でも、世界で注目を浴びるものは、日本的なものから超越しているケースが多い。前衛的なアヴァンギャルドの世界である。ピカソの絵画やニーマイヤーの建築は、必ずしもスペイン的、ブラジル的ではなく、1国を超越している。世界的に流行しているアニメやマンガでもすべてが日本的ではなく普遍的なものになりつつある。日本的なものだけではなく、人類全体に役立つような普遍的価値を持つ文化の普及にも力を入れるべきであろう。

続 く