2019年12月
鈴木 孝憲 氏

 

1 ルーラの釈放

  • 元大統領のルーラガ11月8日最高裁の決定により釈放された。ルーラは2審の有罪判決が出たあと前年4月から収監されていた。従来、逮捕収監の条件は、2審の判決後ということだった。しかしこのルールを最高裁が2016年“連邦高裁または最高裁に対する控訴審の判決が出て有罪が最終的に確定してから“に変更していた。当時政治家たちの大型汚職事件捜査”ラバジャット“の担当判事だったセルジオ・モーロ(現司法大臣)は従来のルールに従って       ル―ラを2018年4月に逮捕収監した。最高裁の判事の中にも収監に反対者がいたため最高裁判事の全体会議であらためて是非を決定することになっていた。今回11月7日にこの全体会議が開かれ6対5で新ルール適用が決定された。これでルーラは翌11月8日に釈放された。しかし、ルーラが無罪になった訳ではない。最高裁の控訴審の判決がまだ出ていないので有罪が確定してないということだ。

 

  • 最高裁が前述のルールをなぜ2016年に変えたのか。当時、政界の大型汚職事件で大物政治家が次々に逮捕されていた時期で最高裁に圧力かかったのか。
    新しいルールでは、現在 収監中の政治家をはじめ46万人以上が釈放されうるとの見方もあり、そうなったら大変だ。最高裁で有罪判決が出ないと収監されないブラジルと1審の裁判も始まっていないのに1年以上もニッサンの元CEOカルロス・ゴーンを拘留収監している日本は両極端だ。日本のやり方に国債世論の強い批判が出ているのは当然だろう。

 

  • ルーラは11月8日の釈放後以下のステートメントを発表した“ルーラは、今、帰ってきた、我々を理解している国民は2022年を見ていてほしい“。(2022年は大統領選以下総選挙の年、労働者党PTを立て直して大統領選にまた出てくるつもりか)。国会下院の憲法司法委員会ではモーロ司法大臣を喚問して野党PTの議員たちが大臣を泥棒呼ばわりして詰め寄る一幕もあったが国内ではいまのところ大きな騒ぎは起きていないようだ。労働法改正で組合費が廃止となりシンジケートが活動資金難で動けないためもあろう。

 

2 ブラジル経済ついに浮上開始か。

 

  •  2019年は1月に就任したボルソナロ政権下、年金改革という大構造改革が始まったが経済の方は第2四半期ともマイナス成長でテクニカル・リセッションになっていた。エコノミストたちの成長予測も下方修正が続きこのままでは改革はできてもゼロ成長で国民の支持は得られるか困難な局面になりかねないと見られていた。

 

  •  ところが8月に雇用が121千人増え単月としては過去5年間で最高、工業もプラス成長に転じたことが伝わるやあちこちで経済活動がゆるやかに動きはじめた。雇用が増え始めたのはサービス部門、次いで工業部門だが雇用者側は労働法改正のおかげで従来のように業界毎の契約条件に縛られず雇用しやすくなったと言っている。まだ部門別の数字は未詳だが現時点でのエコノミストたちの成長率予測値は、2019年0.9%から1.2%に、2020年は2.0%から2.5%にそれぞれ修正されている。2019年は下半期の各部門のゆるやかな回復が浮上の原因。 為替レートはややレアルが対米ドルで切り下げ4.2レアルレベルになっているがインフレへの影響はでていないようだ。中銀政策金利は年末4.25%の見込み。雇用の回復と歴史的な低金利が消費者金融を容易にし自動車、家電などの耐久消費財の需要増加さらには住宅ローン増加、そして消費の増加へつながるポジテイブ・サイクルが、今、2020年に向けて動きだしている。

 

  •  ボルソナロ政権としては年金改革を成立させ経済もようやく浮上開始、もう一つの大構造改革である経済行政改革も国会で審議がはじまった。大統領個人に対する風評はともかく政権としては果敢にブラジルのための大事業に真っ向から取り組んでいる。この点は十分評価すべきだろう。

 

おわりに、12月10日隣国アルゼンチンにまた左派のフェルナンデス政権(ペロン党)が誕生した。副大統領に元大統領のクリスチーナ:キルチナーが登場し前任のマクリ政権の自由主義経済から逆もどりだ。マクリ大統領は年金改革を成立させたが経済再建がうまくいかず、国民は、我慢できずまた左政権を選んだ。現在インフレは55%超、外貨資金繰り破綻でIMFにかけこんでいる。同国はブラジルの工業製品の主要マーケットであり米中に次ぐ第3位の輸出先でブラジル経済にとって大事な国だ。新政権の経済運営がどうなるか。南米共同市場メルコスルとEU の自由貿易協定の交渉が長期間うまくいかなかったのはアルゼンチンがメルコスルを無視して中国からの輸入を増やしていたからだ。南米の中ではベネズエラは別として最近チリの国内情勢がおかしくなっているのが気にかかる。経済がうまくいっていても軍事政権時代の憲法に若い市民たちが不満を表明したのがきっかけと言われているが市民デモはいまや世界各地で起こっているのでブラジルも留意しておいた方がよいだろう。南米の中では2020年はどうやらブラジルだけが、ゆるやかな経済の回復基調ながら安心して見ていられそうだ。中国マネーの対ブラジル戦略と影響については今後とも注視していきたい。

(追加情報)国会に提出されていた経済関係行政改革法案と税制改革法案は、2020年10月の全国市長選のためボルソナロ大統領が11月下旬に国会と打ち合わせの上当面凍結と決定した。

 

 

 

すずきたかのり
ビジネスアドハイザー、元ブラジル東京銀行頭取・会長、元デロイト最高顧問、元新東工業顧問、元サンパウロ州工業連盟外資支援委員、ブラジル経済に関する著書日本経済新聞出版社刊ほか、スズキタカノリ経済ビジネスフォーラム(サンパウロ主宰者MIN.S.UEKI)創設者、サルバドール市名誉市民、ブラジル大統領より南十字勲章叙勲