執筆者:鈴木孝憲 氏
1.年金改革ついに実現.
ボルソナロ新政権がスタートしてから10ヶ月が経過、当初国会で少数派の政府与党PSL
(社会自由党)ではこの大改革法案の成立はきわめて困難とみられていた。
しかし既存大政党PSDB(ブラジル社会民主党)の残存議員やDEM(民主主義)の上下両院
議長、最高裁長官らが強力に支持を固めてこの憲法改正を伴う大構造改革を実現した(下院8月末、上院10月22日にそれぞれ通過成立)。
今回改革の対象となった年金は連邦公務員、司法立法府関係者(裁判官、政治家等)、
一般民間国民に対するもので軍人および州と市の公務員は含まれていない。しかし連邦公務 等は退職時点の一番高くなっている給与の100%をそっくり死ぬまでもらえるという現在のシステムと民間の年金の倍以上金額水準は歴史の誤りでこれを正す改革は歴代政権の為しえなかった一大挑戦である。今回の改革で財政赤字の大きな要因が是正され今後10年間で8000億
レアル(約21兆円)の節約効果を見込んでいるようだ。しかし現在の年金受給者は減額されず受給継続となるので改革による受給年齢開始変更効果(男65歳 女62歳)等効果が出るのに時間がかかる。
州と市の公務員の年金改革も大仕事だ。州や市の財政が破綻状態にあるのは退職者への年金支払額が増えて財政を圧迫し出しているからだ。年金基金の資金運用も汚職がらみで破綻している先も多いようだ(会計検査院のレポート)。
州と市の年金改革は上院で別途法案を検討する模様。
2. 経済の回復状況
ボルソナロ新政権発足で可及的速やかな景気の回復が期待されていたが第1四半期 第2四半期と続けてマイナス成長となりテクニカル・リセッションの状況に入った。政府経済チームはゲーデス大臣以下2月に国会に提出した年金改革法案の説明や説得工作に忙殺され短期の景気刺激策はとられず、失業率は12、8%のままで推移した。インフレは3%台だが消費も投資も動かず2019年の成長率予測は下方修正が続いていた。
ところが8月に入るや月間雇用増加121千人が発表され工業も久々にプラス成長とわかり
市場の見方も成長率上方修正(0. 8%台から 0.9%へ)。
現在のブラジルの財政一次赤字はGDPの1.37% 政府債務残高はGDPの78%レベル。
為替レートもこのところ4,0レアル(対米ドル)財政赤字は続いており税収も増えてこない。
しかしようやく今回の成長率予測上方修正(中銀Focus Report)もあり企業経営者たちの見方も少しは前向きになりそうだ。
実現しなかった税収増加作戦:
(1) CPMF(金融取引臨時納付金)
経済省租税局長シントラのところで5月頃から預金の出し入れ金額に0.2%程度課税する
CPMF採用を検討し始めた。この税金は過去にも実施してコストがめちゃくちゃになったり給料を預金口座で受け取るときと預金から引き出す時と2回課税されるというわけでCPMF検討中の悪評は国中に広まり、ついに経済問題には口を出さないボルソナロがゲーデス大臣に命じて検討をやめさせシントラは辞任した。
(2)メガ民営化
ボルソナロ政権は今後予想される電力公社エレトロブラスなどとは別に深海油田プレサルの探索・採掘等の権利のメガ民営化を計画、予定日を11月6日頃として準備。価格を1121
億レアル(280億ドル)程度と見込んでいた。ところがどうやら外資の買い手が出てこなか
った。それはボルソナロの信用度がまだ足りないからだとのブラジルのマスコミのコメントだ。ボルソナロはペトロブラスの民営化について “いくらで買うか相手に言わせたい“と言っていたが相手は乗ってこない。財政再建のためには一つずつ着実に民営化も進めていくべきだ。
3.新たな経済行政改革法案パッケージ
11月5日 ボルソナロ政権は3つの憲法改正を 含む大経済行政改革法案を国会に提出した。まだ 全文は未着だが友人のエコノミストからの速報によると概略は以下の通り。
(1)第1の改正法案
連邦の基本規定を見直し 連邦、州、市の財政収入と支出を見直す。石油ロイヤリテイの
連邦、州、市の配分を明確にする。プレサルの収入も適正に配分(経済省の試算では今後15年間に州と市に4000~5000億レアルが配分される)。
(2)第2の改正法案
財政危機時に自動的に発動する短期および長期の調整メカニズムの設定
短期の調整メカニズム
① 公務員の労働時間と給与の25%までの削減。
② 公務員の昇格、給与調整の禁止。
③ 官公庁の職場での新職務の制定および職歴の既得権化の禁止。
④ 新規採用試験の禁止
⑤ 政治家や他の公務員への手伝い費用は経費として認めない。
⑥ 予算策定の黄金律が守られない場合、連邦の経常経費支払いのための国債発行は
不可。州と市の場合は経常経費支払いが経常収入の95%を超えるときは債券の発行不可とする。
⑦ 支払い義務を伴う経費は認めない。
⑧ 税制恩典の許容は不可。
長期恒常的調整メカニズム
① 公的債務の限界、適正水準など補足法制定を含めルールを設定。
② 税制恩典の再評価を4年毎に行う。連邦の場合、税制恩典は2026年以降
GDPの2%を超えないこととする。
③ 税収の余剰、財政収支余剰は公的債務の返済に充当する。
(3)第3の改革法案
現在ある281の公的年金基金の保有資金2200億レアルを公的債務の返済に
充当する。
4. 今後の展望
(1)ボルソナロ政権の進めている大構造改革はこれまでブラジルの発展を阻害する要因を
一気に取り除こうとするもので歴代政府の為し得なかった果敢な挑戦で賞賛に値する。
しかし改革の効果が出てくるのには時間がかかる。ゲーデス経済相は2020年の成長率
を2%と予測したが長いこと景気回復を待ち望んでいる国民には3~4%はほしいところで満足していないようだ。国会では引き続き改革案の審議が続こうがボルソナロ大統領が10月にPSL(社会自由党)と不仲になり離党したのでただでさえ小党乱立の政界
が騒がしくなるかもしれない。そうした中で2020年10月に全国市長・市議会選挙を迎え
る。ボルソナロ政権に対する国民の評価が出でこよう。
(2)昨今 政府に対する市民デモがいくつかの国で起きている。南米でもチリで起きている。アルゼンチンでは自由主義経済のマクリ大統領がこの10月の大統領選で左派のフェルナンデス(ペロン党)、副大統領に元大統領のクリスチーナ・キルチナーがペアで当選、ボリビアでも政変、ベネズエラは国が崩壊しつつある。ブラジルも労働者党政権最後のルセフ大統領時代市民デモがあった。ブラジル国内には経済回復が遅れると政府に対する不満がたかまり市民デモの引き金になるとの見方もある。しかし今回は改革が進んでいるので投資が少しずつでも動き出せば経済は浮上していくだろう。中国勢は対ブラジルの投資とビジネスを積み上げつつある。日本としては今後ブラジルとどう付き合っていくのかを含めてブラジルビジネスのチャンスを見直してほしい。
(補足)
ルーラが最高裁の決定で11月8日に釈放されたがこれは2審判決後収監可能とされていた基準を2016年に最高裁の最終判決確定後に変更していたためルーラの2審判決後の収監はおかしいという指摘があり最高裁が全体会議で結論を出すことになっていたもの。国会では労働者党議員が騒ぎ立てているが大きな動きには今のところなっていない。
すずきたかのり
(ビジネスアドバイザー, 元ブラジル東京銀行頭取 元デロイト・トーマツ最高顧問、元新東工業顧問、1966~67年ブラジル国立バイーア大学経済学部研修R・アルメイダ教授に師事、サンパウロ州工業連盟外資支援委員Fiesp、TS経済ビジネスフォーラム創設者(サンパウロ・主宰者シゲアキ・ウエキ元大臣)、ブラジル經濟関係著書日本経済新聞刊ほか、ブラジル・サルバドール市名誉市民、ブラジル大統領より南十字勲章叙勲)