2020年2月
執筆者:岩尾 陽 氏
(日本ブラジル中央協会理事)
「私の故郷には椰子の樹が茂り、サビアが歌います。」 (GonçalvesDias)
ブラジルの国土は日本の約23倍の大きさであり、その分、雄大な自然にも恵まれています。
例えば自然風景で言うと、世界三大瀑布の一つイグアスの滝はブラジルにありますが、厳密には、アルゼンチンとパラグアイと三つの国境を跨いでいます。 外国とは海で隔てられている島国日本に住む我々には容易に想像出来ません。那智滝や華厳滝のように日本を代表する滝でも、その幅は20メートル以下ですから、滝幅4000メートルで、三つの国に跨るイグアスのスケールは想像を遥かに超えるものです。
もう一つブラジルの誇る大きな自然に、アマゾン河と、内陸のパンタナルと呼ばれる大湿原があります。まずはアマゾン河ですが、流域面積は文句なく圧倒的に世界一です。そして、全長ですが、私の子供の頃は学校の授業で、世界一長い河はアフリカのナイル川と教わりました。しかし近年、宇宙からの衛星写真による源流調査で、アマゾンが全長でもナイル川を凌いで世界一になったと聞いています。衛星写真! 凄いスケールです。そして、大湿原パンタナルです。 日本の湿原と言えば北海道の釧路湿原が有名ですが、その面積は約19,000平米で、ちょうど山手線の内側の面積と同じ位のようです。 そしてパンタナルのそれは195,000平方キロ、日本国土の総面積の半分です。人によっては日本がすっぽりと入る位の大きさだと言う説もあり、これでは勝負になりません。で、それだけ大きな湿原ですから、そこは豊かな鳥獣虫魚の宝庫として知られています。鳥類700種以上、魚類300種以上、哺乳類150種以上が生息しているそうです。日本全体の鳥類が630種前後のようですから、その半分の面積で700種以上の鳥が生息していると言われるその濃度と密度、多種と多彩の充実はまさに生き物の宝庫だと言えます。
ですから少しでも野鳥に興味があれば、パンタナルを擁するブラジルと言う国は大変に面白いところだと言えます。私はオタクやマニアと呼ばれるようなコアな野鳥ファンではありませんが、もし鳥マニアの方であれば一度は、鳥類の楽園ブラジルに旅行されることをお勧めしておきます。
デジタルカメラの登場
デジタルカメラが普及し、誰でも簡単に質の高い写真が撮れるようになると、様々な趣味の分野の中で、デジタルカメラを使って写真を撮ることが流行になっています。そして例えば、
「撮り鉄」と呼ばれる鉄道写真マニアのような人々が現れました。勿論マニアックな鉄道ファンは35ミリフィルムカメラの時代からも存在はしていましたが、まだまだ少数派だったと思います。現在は、デジタル技術の進歩がもたらしたカメラ技術と、何よりも「失敗を恐れず手軽に写真が撮れる」事により、多くの人々が色々な写真を撮るようになりました。富士山、星空、草花、野鳥、紅葉、神社仏閣、ポートレート、スポーツシーンなどなどです。例えば誰でも、どこか自宅近くの「池のある公園」に散歩に行った時、池の周りに10名程の白髪頭のシニアが、それぞれ恐ろしくデカい大砲のような望遠レンズを装着したカメラで、同じ方向に向かってシャッターを切っていたら、ほぼ間違いなく、そのオジサン達はカワセミを狙っています。そう、漢字で「翡翠」と書き、輝くブルーの羽が美しく「空飛ぶ宝石」と呼ばれている鳥です。 ところで、私は特段のカメラマニアでもなく、前述したように、特別な野鳥マニアでもありません。ただ若い頃に、何故かミノルタ社が作っていた「SRT101」という35ミリフィルムの普及型一眼レフを所有し、人物や花などを時々撮っていました。その後、カメラはフィルムからデジタルの時代に入りましたが、メーカー名で言うとCANONとNIKONの2強が圧倒的な支持を受けていました。で、私もそのデジタル一眼(デジイチ)なるものを入手しましたが、それは2強の製品ではなく、まだまだマイナーだった、と言うかTV放送などのビデオカメラ機器では評価が高かったが、一般向けカメラでは新参だったSONYを買いました。なぜなら、ソニーは放送局などで使用される機器でのデジタル技術は高かったのですが、一般向け一眼レフカメラの光学技術の蓄積は大手2社ほどには無かったので、前記のミノルタ社を買収していたからです。で、SRT101の流れから、私はSONYのデジイチを買ったのですが、その頃はまだSONYブランドの一般認知度は低く肩身がちょっぴり狭かったのを覚えています。SONYの名誉の為に付記しますと、最近のSONYデジイチは2社を凌ぐ快進撃を続けており、様々なカメラ品評会でグランプリを獲得し、多くのプロカメラマンの愛器にもなっています。
さて、デジイチを買った頃から、たまたま当時住んでいた家の近くに、大きなバラ園のある医療施設がありましたので、愛犬の散歩の時にバラの花などを沢山撮るようになりました。なにせフィルムと違って、いくら失敗しても「削除ボタン」を一押しすれば失敗は無かった事になるのです。これはプロ、アマを問わず、それはもう革命に近い有難さだと思われます。今日ではLINEやインスタグラムで写真を撮って簡単に共有する事が当たり前になりましたが,デジカメやスマホが人々の生活の一部を完全に変えてしまったのだと感慨を感じる半面、ちょっとやり過ぎじゃないのと???も付けたくなりますが、このデジカメ革命は、やはり文句なしに有難い事であります。
野鳥との出会い
私は熱心な野鳥マニアではありませんでしたが、たまに長野県など自然の多い所に遊びに行った時に、遠くで鳴くカッコウや、意外と近い距離でウグイスのさえずりを聴くのは心が洗われるようで大好きでしたし、休日のリビングルームで、野鳥の鳴き声を録音したCDなどを掛けでくつろぐ事もありました。 ごく最近までオートバイに乗っていましたが、デジイチ撮影を始めてしばらくした頃も、時々バイクのエンジンに火を入れる為に、家から20分程度の所にある公園まで一走りする事がありました。 その公園には結構大きな池がありました。ある日、バイクを止めて池の周りを散策していると、10人位の白髪オジサンが大きなレンズを付けたカメラを何かに向けて、一生懸命にシャッターを切っていました。何だろうと思って側に寄ってみると、何とほんの数メートル先の止まり木に、鮮やかな瑠璃色の鳥が止まっていました。ブラジルには、鮮やかに光り輝く青い羽根をもつモルフォ蝶と呼ばれる有名な蝶々がいますが、公園で見たカワセミの羽の色はそのモルフォ蝶にとてもよく似ていると思いました。そして私は一瞬で美しいカワセミの虜になってしまいました。バイクに乗る時はいつも背中のリュックにデジイチを入れていましたので、私も急いでカワセミに向けてシャッターを切りました。そして写り具合をモニターでチェックすると、予想外にその出来栄えが良かったのです。(注:これは個人の感想です。)
野鳥の写真なんてプロの写真家か、よっぽど腕の立つアマチュア・カメラマンしか撮れないと思い込んでいましたから、慌てて撮った写真でもそこそこ出来の良いのが撮れたので、勿論それは偏にデジタル技術の恩恵でありますが、私はとても嬉しかったのであります。 それからは、少し時間があるとバイクを駆ってその公園を訪れ、カワセミの写真を撮るようになりました。そんな経験がありましたから、後年サンパウロに数年住むようになってからも街で見かける野鳥には随分と注意を向けるようになっていました。
ブラジルの野鳥話。
ここからは、私がサンパウロ市街や近郊、あるいはパンタナルなどで目にしたり、カメラに収めた幾つかの野鳥に就いてのお話をしたいと思います。
◎サビア(Sabia
サビアはツグミ科の鳥で、サンパウロのみならずブラジル全土で一番人々に近い所で暮らしている野鳥の一つと思います。私はサンパウロの街中で暮らしておりましたが、いつでも朝のサビアの囀り(さえずり)がとても美しく、また賑やかだったと記憶しています。ブラジルにはTucano(オニオオハシ)やArara azul(スミレコンゴウインコ)などのように、まさにブラジルのシンボルらしい派手な色彩の鳥が沢山存在しますが、何故か見た目はとても地味なサビアが、サンパウロの州鳥のみならずブラジルの国鳥にも指定されています。 また、2013年にブラジルで開催されたFIFAのコンフェデレーションカップのオフィシャルロゴ(上図)にもサビアが描かれています。でも繰り返しますが、tucanoのように、見た目はもっとブラジルらしい鳥がいます。ですから、ブラジルでもサビアが国鳥であることに少なからず反対意見もあるようです。そして反対する人々が「これぞブラジルを代表する鳥」と推しているのが、インコの一種であるアララジューバ(ararajuba)です。 ブラジルでヴェルデ・アマレロ(verde-amarelo、緑と黄色)と言えば、ほぼ総てのブラジル人は、それは「ブラジルを表す代名詞」だと理解しています。上記のtucanoやarara azulは体の色がとても美しく、強いインパクトがありますが、国鳥として選ばれない訳は、まさにその体色、すなわち羽毛の色にあると思われます。つまり「緑と黄色のコンビネーション」ではないのです。その点、ararajubaはどうかと言うと、体全体が黄色で羽の先端が緑色、つまりverde-amareloの完璧なブラジル色です。それが空を飛んでいる写真を見ましたが、まさにブラジル国旗が飛んでいるように見えました。ただし、それが国鳥に選ばれなかったのは、その分布がブラジルの北部に限定されており、多くの国民に馴染みが薄いことが大きな理由だと思われます。もしArarajubaの姿にご興味のある方は是非youtubeで検索してみて下さい。その色と姿の可愛さに驚かれると思います。
さて、サビアに話を戻すと、この鳥は見た目が地味で、写真映りもパッとしませんので、私はブラジルで沢山の野鳥写真を撮りましたが、サビアに就いては写真を撮りそびれてしまいました。ですから、このサビアの挿絵は、私の愛読?と言いうより愛見書である、Johan Dalgas Frisch著「ブラジル鳥類図鑑(Aves Brasileiras)」から転載させて頂きました。
では見た目がそれ程パッとしないサビアがなぜ国のシンボルと呼ばれている野鳥なのでしょうか? 一つには、田舎でも都会でもブラジル全土に満遍なく分布しているので国民に馴染みが深い点だろうと思います。 そして、より大きな理由は、サビアの囀りの美しさだと思います。 「口笛コンテスト」と呼ばれるものが毎年、世界各地で開催されており、入賞者達は実に巧みに、艶や張りのある口笛を吹きます。そして、彼らの口笛とサビアの囀りはとても良く似ています。 街を歩いていてサビアが鳴いているのを聴くと、誰かが口笛を吹いているのかしらと思った経験が何度もあります。都会のど真ん中であの美しい声を聴けるブラジル国民は幸せです。いや、地方だけではありません。たまたまこのエッセイを書いている時に、ブラジル北東部にあるレシーフェと言う街の郊外にある知人の土地を訪れました。事務所の外には池があり、ガチョウが沢山飼われていましたが、帰り際、ちょうど日暮れ時、敷地内の森のあちこちから色々な鳥たちの合唱が聴こえてきました。その中に間違いなくサビアのあの美しい鳴き声もありました。その声に魅せられて、ブラジルには私の知る限り、サビアに関する歌が20曲以上もあります。例えば、シコ・ブアルケとアントニオ・カルロス・ジョビンはボサノバ「sabia」 を作りましたし、ルイス・ゴンザーガもサンバ「sabia」を作って歌いましたし、そのずっと前、19世紀の詩人のゴンサウヴェス・ジアスも、その著作「Cancao do Exilio」の冒頭でMinha terra tem palmeiras onde canta o sabia….(私の故郷には椰子が茂り、サビアが歌います。。。)と何度も繰り返していますから、やはりブラジル人はサビアに対する思いがとても強いのだろうと思われますよね。
野鳥に関する音楽や歌に就いては、日本にも幾つかの良く知られた歌があります。スズメ、鳩、カラス、トンビ、カッコウなどが童謡や唱歌として歌われていますし。また、例えばカモメなんぞは、港や埠頭に近いイメージから演歌などでも歌われています。 しかし、ブラジルで取り上げられている音楽と比較すると、日本のそれは割合いに短い歌、軽めの歌が多いように思います。ブラジルでは、もう少し取り上げられる鳥の種類も増えますし、音楽の幅もクラシック系のものからショーロ、サンバ、ボサノバなど広く取り上げられているように思えます。クラシック系では20世紀のバッハと呼ばれたヴィラ・ロボスのアマゾン河に捧げた壮大な自然賛歌「A Floresta do Amazonas (アマゾンの森林)」の中でもフルートやソプラノ歌手の声でサビアの音色を表現していますし、サンバやボサノバは前述したとおりです。 そして、ボサノバで歌われている鳥に就いては、ジョアン・ジルベルトの「O Pato (アヒル)」も忘れずに挙げておきます。ブラジルを代表する音楽「ショーロ」では、誰でも聴いたことがある、スズメをテーマにした曲「Tico Tico (チコチコ)」も挙げておきましょう。ゼキーニャ・ジ・アブレウが作曲したこの曲は間違いなく、ブラジルのみならずラテン・アメリカ音楽を代表する一曲です。蛇足ながらブラジルには、もう一曲そのものズバリのタイトルで有名なサンバ(或いはpre-bossa-nova)の「ブラジル」という名曲がありますが、これはもちろん野鳥関連ではありませんが、リオ・オリンピックの開会式では「ブラジル」、そして閉会式では「チコチコ」が演奏されましたから、やはりこの2曲はブラジルを代表してますね。それで思い出しましたが、私が長年お手伝いしている、ブラジルのスラム街の少年オーケストラが,何年か前にバチカンでフランシスコ・ローマ教皇に招待されて演奏した時もこんな事がありました。一通りコンサートが終わった後で、教皇がオーケストラのメンバー達の間に、労いの為に入って来られた時に、自然発生的なアンコール(?)に応えて、アルゼンチン出身のフランシスコ教皇の為に「リベルタンゴ」を、そしてブラジルを代表する「チコチコ」を演奏しました。とても印象深い光景でした。そう言えば、昨年(2019年)の11月にブラジリアで開催されたBRIC’S会議に、ブラジルのボルソナーロ大統領、ロシアのプーチン大統領、インドのモディ首相、中国の習近平主席が顔を揃えました。その際の歓迎パーティにも少年オーケストラが招かれ、ブラジル音楽を数曲披露しましたが、そこでもやっぱり「チコチコ」が演奏されています。
その2に続く