2020年4月
執筆者:岩尾 陽 氏
(日本ブラジル中央協会理事)

「私の故郷には椰子の樹が茂り、そこではサビアが歌います。」(ゴンサウヴェス・ジアス)

 

◎ブタンタン毒蛇研究所での探鳥会

ブタンタン毒蛇研究所は、世界でも有数のバイオ医薬の研究で知られています。

私が数年間住んでいたサンパウロ美術館近くのホテルからは、地下鉄の2号線で、まずはパウリスタ駅まで行き、そこで4号線に乗り換えて終点のブタンタン駅で降りると、そこからは歩いて10分少々で到着します。 特に、名前の示すように毒蛇やサソリなどの毒に対するワクチンや血清の研究と製造で有名な場所です。サッカー場80個分に相当する広大な敷地に点在する毒蛇博物館、微生物博物館、歴史博物館、そして蛇やサルの飼育施設などがあり、サンパウロの観光スポットとしても知られています。サンパウロに一定期間滞在したことのある人なら殆どの方が一度は訪れた事があるのではないでしょうか。そのブタンタン毒蛇研究所で、週末に定期的にバードウオッチング会が開催されていました。(おそらく今でも続いていると思いますが。) 私の参加した時は大体20名くらいの参加者があったと記憶しています。参加者はまず研究所内の森林の中をバードウオッチングのインストラクターと一緒に探鳥散歩をします。そして散歩中に見かけた鳥の名前と個体数の記録を取ります。そのデータは鳥類保護の研究をしているコーネル大学にも提供されているようです。

探鳥散歩の後、研究所に戻り珈琲とお菓子のティータイム。その後、野外教室で生物学者や鳥類学者から、様々な生き物に就いてのレクチャーがありました。また、数か月に一度、バードウオッチング・フェアがあり、鳥に関する出版物や、バードウオッチング専門の旅行会社のブース展示などがありました。もともと長期休暇を取るのが当たり前の国なので、様々な野鳥探索ツアーが企画されており、その質と量の充実を、とても羨ましく思いました。

さて、ブタンタンの森には、前述したサビア、ベンチビ、ハチドリなど、植物園と同じように沢山の野鳥が生息しています。ブタンタンが出している鳥のガイドブックには、150種類が目撃されているそうです。その中から代表的な48の野鳥イラストを1ページに12種類ずつ載せた、縦長の「ブタンタンの野鳥ガイド(Aves do Butantan)」がとても奇麗なので、ページのレイアウトは変えましたがここに挿絵しておきます。何故かTucanoが掲載されてません。そう離れていない植物園には来るのに、ブタンタンには来ないのでしょうか?

このブタンタン野鳥ガイドは、色彩が素晴らしいイラストですが、写真となると私の経験では、ブタンタンの森林(mata atlantica)の緑がとても濃い、つまり木の葉が茂り過ぎて、鳥影を見つけて写真を撮るのが結構難しかったです。ここでは、そうした中で撮影できた二つの鳥を紹介します。

◎キツツキ

アクリマソン公園でも見かけたpicapau de cabeca amarela (キガシラテンニョゲラ)です。

ブタンタンの野鳥ガイドブックの表紙にも登場します。

ブタンタンの森を歩いていると、あちこちから「カタカタカタ」とキツツキが木に穴を開ける乾いた音が響いてきます。あれだけの音を出して木を突つくのに、よく脳震盪を起こさないなと感心します。ブラジルでは、結構あちこちでこのキツツキを目にしました。姿がユーモラスだし、鮮やかな金髪なので写真映えがします。但しブタンタンでは、あまり日が差さない木の枝に居ましたので、写真の出来は良くありませんでした。

 

逆光でシルエットになりましたが、年配者にはお馴染みのTV漫画「ウッドペッカー」のシルエットです。日本には生息して居ませんが、敢えて言えば、東京の街中でもたまに見かけるコゲラの遠い親戚だと思います。ガイドブックには、もう一種類、トサカが真っ赤なキツツキが紹介されています。

 

◎カラカラ(Caracara)

見た目も非常にシャープで獰猛そうでありながら、しかしユダヤ教の聖職者(ラビ)が被る帽子のような頭の形から、結構愛嬌も感じられる鷹の一種です。長い足も特徴です。大きなものでは頭から尻尾まで60センチ弱、翼を広げると1メートル25センチにもなります。南米全体に分布しているようで、パンタナルに行った時にも川岸近くで沢山見かけました。その時は地面をぴょんぴょん跳ねているだけでしたから、迫力が今一でしたが、空を舞う時は、もっと大きなハゲワシなどと闘っても負けないほど攻撃的な鳥なんだそうです。ブタンタンは都市型の森林としては世界でも最大クラスですが、地下鉄で行けます。そんな場所でこうした猛禽類に出会えるのは嬉しい事です。

 

◎パンタナルの野鳥達

このエッセイの冒頭、パンタナルの鳥獣虫魚の多様性とその濃密に就いて少し触れました。日本の国土の半分に及ぶ面積を誇る世界最大の大湿地帯です。人によっては日本国土がすっぽり入る位の広さだと言う人もいるくらいです。イグアスの滝はブラジル、アルゼンチン、パラグアイの3ヵ国に跨る大瀑布ですが、パンタナルもその広大な地域の90%がブラジルに属し、残りの10%がボリビアとパラグアイに広がっています。ブラジルを愛する多くの方々同様、私もパンタナルの自然には大きな関心、興味を持っています。都会の喧騒や煩わしさから逃げ出すのにパンタナルほど適した場所はあまり多くないと思います。 これまでに、ドラドという金色に輝く鮭のような魚を釣りに2回、そして普通の観光旅行で1回パンタナルに出かけました。2回の釣行は、ドラド釣り以外の事は何もしないという、まさに都会から束の間、チョイの間Exodusです。ドラド釣りは、私が好きな作家、開高健が書いたアマゾンとパンタナルでの釣行エッセイ「オーパ」を読んで、彼の釣行のほんの少しでも追体験出来たらという思いでした。金色に輝くドラドは、針にかかると猛烈にファイトします。開高氏の言葉を借りれば、「闘争と跳躍」です。水面から空中へ垂直にジャンプする姿は勇猛で、炸裂する黄金の花火です。そして嬉しい事には、パンタナルには魚類よりもずっと豊かな種類の野鳥が生息しています。ですから私も滞在中に、実に様々な野鳥に出会うことが出来ました。以下、私が撮影した幾つかの野鳥を紹介します。

◎シェシェウ(Xexeu)

野鳥達が木の枝や蔓、草の葉などを利用して形の良い巣を作る事は良く知られています。

ブラジルにも高度な巣作り技術を持ち、木の枝で出来た工芸品の籠や袋のような形をした巣を作る野鳥が沢山いますが、この黒い身体に鮮やかな黄色い羽毛のコントラストが際立つxexeuも、高い木の枝からぶら下がった靴下のような愛嬌のある巣を作ります。一つの木から集合住宅のように沢山の巣がぶら下がっていますので、よく目に付きます。誰に教わる事もなく、本能が導くままに寸分の間違いもなく素晴らしい巣を作る、その創作力に自然の偉大さを感じます。

◎カワセミ(Martim Pescador)

このエッセイの始めの方に書いた、デジカメとの出会いに触れた話の中で、私がかつて住んでいた家の近くの公園で、よくカワセミを撮影したと書きました。 そのカワセミは英語でKingFisherと言います。パンタナルでも、日本のヤマセミに体形の似た緑色系の、少し大柄なカワセミを沢山見ました。朝早くから、パンタナルに流れるS字型に曲がりくねった河へ、8人ほど乗れる細長いボートで他のツアー客と一緒に出かけましたが、その時に川面をしきりに飛び交うカワセミに出会う事が出来ました。彼らの朝食時間だったのかも知れません。カワセミには特別な思いがありますから、そんな至近距離で日本のカワセミより一回りか二回り大きいMartim Pescadorに出会えたことが嬉しくて、興奮しつつカメラのシャッターを切りました。日本でヤマセミの実物を見たことはありませんので、いつか見たいと憧れていますが、パンタナルで見るカワセミが、色柄は違えども体形はヤマセミとそっくりな事に嬉しく驚きました。Martim Pescadorのpescaorと英語のFisherも「漁師」という意味です。カワセミが岸から川面に伸びた木の枝や、あるいは空中でのホバリングから一挙に水中にダイブして見事に魚を捕えて、元居た枝に戻る姿を見ると、この鳥は本当に生まれつきの天才漁師だとすぐに理解できます。

◎Tuiuiu (ツユユ)

またの名をJaburuと呼ばれる、パンタナルのシンボルとされる鳥です。空を飛ぶ鳥としてはブラジル最大で、身長は1.4メートルにもなりますから、その飛翔はゆったりとした迫力があります。その大きさや色彩から、見た目があまり可愛らしくないのがチョットですが、存在感は抜群です。ヨーロッパの地方都市の電柱や教会の塔の上にコウノトリが大きな巣を作っているのを写真などで見ることがあり有ますが、ツユユも15メートルもある高い木の枝などに直径2メートルにもなる巣を起用に作ります。身体が大きな雌雄が住み、平均で4羽ほどの子供をその巣で育てますから、それ位の大きさが必要なんです。

私はこの鳥を初めてパンタナルで見ましたが、Marcelo Silva da Oliveiraが写真、そしてThauan KillThomazが解説を担当している「南パンタナルの野鳥(Aves – Pantanal Sul)」を読むと、意外な事にツユユはブラジル全土の水辺で観察できるようです。

余談ながら、オスカー・ニーマイヤーが設計した、歴代のブラジル副大統領の公邸はジャブル宮(Palacio de Jaburu)と呼ばれています。ジャブル湖の畔に建てられたのでそう呼ばれるそうです。

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「南パンタナルの野鳥」
私が初めて訪れたPasso de Lontra地域の野鳥ガイドです。マルセロ・ダ・オリベイラが撮影した約150枚の写真が素晴らしいです。

◎キツツキ

ブタンタン毒蛇研究所の項でもキツツキに触れましたが、ブラジルには50種類以上のキツツキが生息しています。野鳥の宝庫であるパンタナルでも当然沢山のキツツキが暮らしています。日本にもコゲラ、アカゲラ、クマゲラなど10種類ほどのキツツキが生息しています。囚人服のような羽根の縞模様が一般的で、体形は愛嬌がありますが、色彩はとても単調です。その点、ブラジルのキツツキは、さすが熱帯、亜熱帯育ちで、赤や黄色の強烈ド派手な色彩の種類が多いです。キツツキに限らず、ブラジルと日本の野鳥を比較していると、ブラジルの野鳥の多種と多彩は比較になりません。とりわけ羽毛の色彩の派手さに就いては圧倒的で、本当にトロピカルなんだなーと溜息がでるほど感じる事多々であります。

◎Arara-Azul (スミレコンゴウインコ)

パンタナルには、キツツキ同様、沢山の種類のインコやオウムが生息しています。

その中でも、Arara-Azul(アララ・アズル)はブラジルを代表する美しい鳥です。パンタナルを散策していたある日の夕暮れ時に、数羽が並んで飛んでいくのを見ました。あっという間だったし、すでに陽も陰っていましたので、残念ながら飛んでいる姿は撮り損ねました。どこの町だか忘れましたが、ある田舎町にarara-azulを沢山放し飼いしている小さなホテル(pousada)があって、そのオーナーの頭や肩に、このインコ達が何羽か止まっているのを見ました。それで、一度で良いからそのpousadaに行ってみたいと思った事がありました。しかし結局願いは叶わず日本に戻りましたが、今でもarar-azulが私の後ろ髪を引っ張ります。何せこの鳥も既にIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで「絶滅危惧種」に指定されているので、今の内に野生の彼らを身近で見ておきたいですからね。

 

末筆

私がブラジルで出会った幾つかの野鳥に就いて思うままに書いてきました。ブラジルの野鳥に就いて本格的に述べると、パンタナルだけでも700種以上の野鳥が生息するのだから、鳥類学者でも一生のテーマ足りうる膨大なお話になります。 私は勿論,野鳥の専門家ではありませんから、Johan Dalgas Frischの、ブラジルの野鳥に関する本の最初の数ページを読んで、クラクラと眩暈がするような浅学です。目隠ししたままで象の尻尾の先を握って、象に就いて語るような、或いはジャングルの一本の木を見て森全体を語るような事であったかもしれません。しかし、野鳥を子供のような心で愛でる事は、学問的な知識とは無関係な、もっと感覚的、内面的な喜びが感じられる楽しい時間の過ごし方でしたし、今でもそれは変わりがありません。デジイチや、最近ではスマートフォンやiPadを連れて街や田舎を歩くと、自然に何か面白いもの、美しいもの、珍しいものを探すことになります。 そして、風景や自然が発する信号を受け取るアンテナが普段よりも高く張られる事によって、カメラ無しで歩く時よりもずっと周りの景色に対しての感覚が鋭敏になります。散歩道に咲く草花、季節ごとに装いを変える広葉樹の森や、その森で、或いは都会の住宅街で鳴く野鳥の声や、朝焼けや夕焼けの空や、そういった森羅に心を洗われる経験を随分と楽しめる事になります。ブラジルに旅行した時、あるいは何年か暮らした時にもデジイチが、ブラジルの大自然に対しての関心を、より深く追求することを後押ししてくれました。そんな喜びを少しはお伝え出来るかも知れないと思い、このエッセイを書きました。少しでもブラジルの野鳥と、その生息地に就いて興味を持って頂けたら幸いです。現在、日本ではコロナウイルスによる新型肺炎で、世界中が大変な事になっています。私の人生においても未曽有の災厄かと思います。しかし、季節や自然はいつでも我々を裏切りません。今は3月半ばですが、今年もいつもの様に春が訪れ、桜が満開になろうとしています。私は比較的都心に近い所に住んでいますが、それでも家のquintal, ささやかな裏庭には、今の季節は毎朝、スズメ、メジロ、シジュウカラ、オナガ、ヒヨドリがやってきます。

 

メジロとヒヨドリはミカン、スズメは小鳥用の餌、シジュウカラにはカボチャの種を置きます。毎朝、窓のカーテンを開けると、小鳥たちはquintalの枇杷やカラタチの枝に集まって、café da manhaの配給を行儀よく、可愛らしく待っています。このエッセイに登場するハチドリやカワセミは勿論やって来ませんが、東京の野鳥達も毎日私達にささやかな楽しみを届けてくれます。では最後に、詠み詠み人知らずの一言を残して、このエッセイを閉じたいと思います。 私達も一日も早くコロナウイルスから解放されて、また平和な日々が戻りますように祈っています。

「Eu sempre me pergunto por que os pássaros ficam no mesmo lugar quando podem voar em qualquer lugar da Terra. Então me fiz a mesma pergunta.」