執筆者:中林真理子氏(明治大学商学部教授)

 

「そういえば明治大学の学生がたまにブラジル日本商工会議所を訪問しているみたいだね」「サンパウロにオープンしたジャパンハウスに明治大学がマンガを寄贈したらしいね」数年前そのような話を耳にしたことがある方がいらっしゃるかもしれません。そして、そのような方は、「最近話をきかないなぁ」とか「それで、その後どうなったの?」と思っていらっしゃるのではないでしょうか。

今回、伯学コラムへの投稿の機会をいただきましたので、改めまして明治大学におけるラテンアメリカに関する取り組みについてご紹介させていただきます。コロナ禍で世界中の大学がオンラインでの交流に特化せざるをなくなっている中、実はオンライン留学の先駆的な取り組みでもあった「ラテンアメリカ異文化交流プログラム」について、これまでの取り組みと、近年の小休止を経て2021年度からの新たなスタートまでの道のりを担当教員の視点からお話しさせていただきます。

 

1.明治大学ラテンアメリカプロジェクト

明治大学にはラテンアメリカ地域を研究対象とする研究者が多数存在し、また同地域を対象とした教育研究活動もさまざまな部局で行われてきています。明治大学ラテンアメリカプロジェクトは、これらを集結させた明治大学の国際化におけるラテンアメリカ地域での教育研究活動の総称です。

それまで商学部を中心に推進してきた教育プログラム「ラテンアメリカ異文化交流プログラム」が中核となり、2017年に立ち上げられました。キックオフイベント開催時は明治大学ホームページでも大きく紹介されました(ラテンアメリカプロジェクト始動https://www.meiji.ac.jp/koho/meidaikouhou/201711/p02_03.html)また、日本ブラジル中央協会の『ブラジル特報』No. 1641(2017年11月号)に,「明治大学ラテンアメリカプロジェクト 中核としての日伯交流」と題して寄稿させていただきました。(https://nipo-brasil.org/tokuho_pdf/tokuho201711.pdf

 

2.ラテンアメリカ異文化交流プログラム

2-1概要

2009年に商学部から始まった同プログラムでは、ラテンアメリカ地域の明治大学の協定校と、ビデオカンファレンスとフィールドトリップによる相互訪問を中心とした学生交流を行い、将来日本とラテンアメリカの国際的なネットワーク構築に貢献する人材を育成するための活動を行っています。同プログラムのこれまでの活動については明治大学ホームページで活動を紹介しています(https://www.meiji.ac.jp/shogaku/exchange/lac.html )。

 

2-2 「時差と距離を乗り越えた学生交流」としてのビデオカンファレンス

2-2-1 何故ビデオカンファレンスなのか?

日本とラテンアメリカ地域は、地理的には地球上最も遠く、文化の上でも大きな隔たりがあると捉えられるのが一般的です。このため、多くの学生にとってラテンアメリカは想像もつかない遠い存在となってしまいがちです。しかし現実には、世界最大の日系社会が存在し親日的な風土があり、パートナーになりうる重要な地域です。そこで学生たちがこの認識のギャップを埋める第一歩として、ラテンアメリカ地域の同じ大学生とリアルタイムのコミュニケーションを図るために、テレビ会議システムを用いた学生間のビデオカンファレンスを行うことにしました。

明治大学の海外協定校や教育機関を相手に学生間のビデオカンファレンスによる交流を始め、2009年のプログラム開始以来、これまで計44回のカンファレンスを行いました。なお、明治大学では、2011年にブラジルのFAAP大学とサンパウロ大学(サンパウロ大学は法学部間の部局間協定も締結)と協力協定を締結したのを皮切りに、現在ではブラジルに3大学、コロンビアに3大学、アルゼンチンに2大学、メキシコに3大学の協定校を有しています。

 

2-2-2 ビデオカンファレンスを通じて実感するラテンアメリカ

学生間のビデオカンファレンスと言われてもおそらくイメージが湧かないと方がほとんどだと思います。そこで、実際のカンファレンスを記録した学生作成のビデオがありますので、ご参考までにご紹介します(アルゼンチン ラプラタ国立大学との第5回ビデオカンファレンス~受講生とOBOG編集の動画で報告~

https://www.meiji.ac.jp/shogaku/topics/2014/6t5h7p00000ht44i.html )。ブラジルではなくアルゼンチンの協定校が相手とはなりますが、雰囲気は伝わると思います。

ビデオカンファレンスでの使用言語は基本的に双方が理解可能な英語で、相手が日本語を勉強している学生の場合には日本語での実施することもありました。大学生という共通点はあっても、時差も季節も全く逆の状況でお互いに調整を図ってカンファレンスを実現させること自体が、異文化理解の始まりと考えています。

日本とブラジルの時差は12時間でサマータイム時は11時間と季節によって時差が変わるというのは、サマータイムの経験がない日本の学生にとってはそれだけ大きな衝撃のようでした。また、大学に入構可能な時間にビデオカンファレンスを成立させるためには、当初はブラジルは朝7時半、日本は夜7時半からカンファレンスを始め、90分程度を予定していたものの、ほぼ毎回接続トラブルなどがあり開始が遅れ、プレゼンもなかなか時間厳守とはならず、終了時には大学の校舎が閉まるギリギリの時間になることもしばしばでした。現在のようにZoom等が一般的ではなかった頃に、Polycomなどの本格的なテレビ会議室システムを使用していたため、前日までに双方の大学の教員と技術スタッフが参加した接続テストを行い当日を迎えてました。しかし、先方の大学で本番までに誰かが機材の設定を動かしてしまったり、朝の渋滞で学生やスタッフが定刻に到着していなかったりと、日本にいながらブラジルの日常に振り回されるカンファレンスとなりました。

近年は、日本は朝、ラテンアメリカ地域では夜にカンファレンスを実施することで運営は安定してきました。それでも相手がどこの国でもトラブルはつきもので、カンファレンス前からWhatsAppに教員と学生全員が参加するグループを作って交流を始め、当日は接続に問題が生じたらWhatsAppでメッセージを送り合って議論を継続させ、カンファレンス後もそのグループを使って交流を続けています。

ビデオカンファレンスでは事前にテーマを決め、各国2チーム程度が参加してプレゼンテーションと質疑応答を行います。テーマは当初は「観光案内」「食事について」「大学生の一般的な生活」など身近な話題から始まり、「日本の少子高齢化社会から学ぶこと」といった一歩踏み込んだ話題にまで発展していきました。

また技術的にもビデオカンファレンスは準備に時間を要する一大イベントで、当初は学期に1度程度の開催でした。そして徐々に機材が進化し、運営する教員や技術スタッフたちも経験を重ねることで運営が安定しカンファレンスの頻度も高まってきました。そして、最初は明治大学と協定校1校との2地点でのカンファレンスでしたが、さらに多地点での開催となりました(アルゼンチン ラプラタ国立大学との第3回ビデオカンファレンス(和泉、DC 4地点)https://www.meiji.ac.jp/shogaku/topics/2013/6t5h7p00000fk2f7.html

【商学部】「特別テーマ実践科目」ラテンアメリカ3か国5大学と4回の学生間ビデオカンファレンスを実施しました

https://www.meiji.ac.jp/shogaku/topics/2015/6t5h7p00000ivia0.html )

 

2-2-3 ホームページを通じた発信

Zoom等のオンライン会議システムがこれだけ普及した今、ビデオカンファレンスを始めた当時のことを振り返ると隔世の感があります。多くの学生にとっては未知の世界だったラテンアメリカが、ビデオカンファレンスで画面越しとはいえ同じ大学生と時間を共にして意見交換をすることで身近な存在に変わっていきます。これこそがビデオカンファレンスの醍醐味です。

このワクワクする活動に多くの学生に参加してもらうには、まずは広報活動が大切と考え、大学のホームページやSNSをフル活用して発信に努めました。ビデオカンファレンスをするごとにそのレポートをホームページで発信する、という地道な活動を続け、「ラテンアメリカ、明治大学」で検索するとビデオカンファレンスに関する記事が上位に並ぶようになりました。これらの記事を見て学生が興味を持ってくれるのは何より嬉しいですが、協定校や企業等を訪問したり活動への協力を仰ぐ際に、これらの記事が私自身の名刺代わりのような役割も果たしています。今もこの授業のOBOGのFacebookグループがあり、不定期な発信を続け、これがOBOGとつながる強力なツールとなっています。

 

2-3 フィールドトリップ

次はラテンアメリカ異文化交流プログラムのもう一つの柱であるフィールドトリップについてご紹介します。2011年以来、協定校等との間では、日本とラテンアメリカ地域それぞれへの企業やNGO訪問を含む2~3週間程度のフィールドトリップを毎年実施してきました。日本からのフィールドトリップは夏季休暇中に実施しています。ラテンアメリカ地域への経由地を米国ワシントンDCとし、国際機関への訪問とスペシャリストとの交流によりラテンアメリカへの理解を深めた上で同地域に入り、協定校でのジョイントクラスや企業等への訪問を行います。さらに二年に一度のCOPANI(汎米日系人大会)開催年には、大会に参加しプレゼンテーションを行ったこともありました。これによりさまざまな日系人と実際に交流する機会を得て、コロニア社会の現状や、世代間のギャップといった日系社会が抱える問題を知ることもできます。そして回を重ねるごとにしてさらに効果的なフィールドリップに再構築するため、国際機関、日系企業、NGO等でのインターンシップ及びボランティア活動を取り入れることなどを計画してきました。

また、日本へのフィールドトリップは秋に実施しています。春からのビデオカンファレンスと夏のフィールドトリップを通じて交流してきた協定校の学生が来日します。ジョイントクラスや企業訪問等でのアテンドを通じて、明治大学学生は日本に居ながら海外体験学習と同様の異文化体験ができるというメリットもあります。

さらにこれらの一連の成果を学生たちがみずからまとめ発信することもしてきました(ジャパン・ラテンアメリカ異文化交流プログラム 活動報告ビデオ作成

(https://www.meiji.ac.jp/shogaku/topics/6t5h7p00000pm820.html )

 

2-4 特別テーマ実践科目としての展開

以上の活動は、明治大学商学部「特別テーマ実践科目」の中の一科目「ラテンアメリカ異文化交流プログラム」として展開してきました。特別テーマ実践科目とは、社会の中に実存するさまざまな課題を読み解き、その解決策を企画・実行し、成果をまとめ報告するという一連の実践的な課題解決プロセスを、地域連携や産学連携といった学外との協力関係を活用しながら経験してもらい、課題発見力、企画構想力・課題解決力、情報発信力といった社会で求められている能力の育成を目指す正課科目です。
https://www.meiji.ac.jp/shogaku/tokushoku/spt_practicum/2020_of_spt_index.html

ラテンアメリカ異文化交流プログラムは、まさにこの目的に合致したテーマです。このプログラムでは、ワシントンDCに本部を置く国際機関で上席専門家としてラテンアメリカ・カリブ(LAC)地域の社会・経済開発に活躍してきた六浦吾朗氏(現在は一般社団法人ごろ夢代表理事)が、プログラム立ち上げ当初から、学生へのレクチャーや協定校との交渉などで、名実ともに日本とLACの中継点としての役割を果たしてくださいました。六浦氏のワシントンDCからのオンラインレクチャーにはコロンビア人や日系ブラジル人などの専門家が登場するといったことも日常的にあり、様々な視点から日本とのパートナーシップについて学ぶ体験を実施しました。オンラインをフル活用して世界を股にかけて展開し、学生たちは日本にいながらラテンアメリカの開発支援の現場を感じられる他では味わえない授業となりました。

 

3.新たな段階へ:コロナ禍での再出発

ここまでラテンアメリカ異文化交流プログラムが順調に発展してきた過程を紹介してきましたが、実はここ数年特にフィールドトリップがじり貧状態にありました。その理由はいくつかあります。ラテンアメリカ地域への渡航に対する金銭的な負担が大きいこと、就職活動が早期化し続けて従来主力メンバーとなっていた大学3年生の参加が望めなくなったことなどにより、フィールドトリップを開催できるだけの学生を確保できなくなってきました。その影響で、それまではフィールドトリップに参加した学生が主導してきた協定校とのビデオカンファレンスにも関心が集まらなくなり、ここ2年は特別テーマ実践科目を非開講にせざるを得ない状況が続きました。

そんな中、コロナ禍で事態が一変することになります。2020年度は世界中で学生の海外渡航ができなくなり、従来の学生派遣と受入による国際交流プログラムが実質的にストップしました。そして2020年のかなり早い段階から、各大学のプログラムはオンラインでの「バーチャル留学」に移行していきました。そして国際交流だけでなく、大学の授業そのものが一時は全てオンラインとなり、急遽教員も学生も未体験のオンライン授業に取り組むことになりました。2021年度は対面授業が増えるようですが、基本的には2020年度と同様の状況が続くと思われます。

オンラインでの交流をいち早く開始していたラテンアメリカ異文化交流プログラムは、大学全体で急遽導入することになったオンライン授業を進める上で貴重な先行事例となりました。また各種の国際交流プログラムが全てオンライン化した結果、アジア圏の大学などに対して圧倒的に劣位にあったラテンアメリカ地域の地理的距離という問題がいとも簡単に解決しました。もちろん、時差という乗り越えられない壁は残っていますが・・・

大学教員にとって、ある日突然学生と対面の授業ができなくなり、自宅にこもってオンライン用の授業コンテンツを一人せっせと作るのはまさに辛抱の日々です。しかし私の場合、ラテンアメリカ異文化交流プログラムを通じて培ったオンライン授業のノウハウを活かす絶好の機会になりました。

このような追い風に乗って、2021年度にはこれまでのラテンアメリカ異文化交流プログラムをオンラインにより特化したリニューアルを行い、「オンライン国際交流講座『ラテンアメリカ・カリブ地域異文化国際交流プログラム』を立ち上げることになりました。オンライン授業も、ゲストスピーカーが海外からオンライン参加するのも当たり前になった今、いかに差別化を図っていくかにこのプログラムの成否がかかっています。フィールドトリップを復活させるにはまだまだ時間がかかりそうですが、今できることからラテンアメリカの魅力を伝え続けていきたいと思います。

 

ここまでコラムを読んでいただき、ありがとうございました。ラテンアメリカ異文化交流プログラムでは他大学の学生も参加できる様々な機会を用意していますので、少しでも関心を持った学生の皆さんは、是非気軽にご連絡ください。