於サンパウロ市 二宮正人

 現代の日本においては、本人のプライバシーに関わることでもあり、このようなことを話題にすること自体が憚られることは承知しているが、3月18日付のサンパウロの有力紙FOLHAに著名な精神医学の専門家の論稿が掲載され、テレビニュースでも大々的にとりあげられて周知の事実となったことから、あえてそれを紹介する次第である。

同医師は、日本でもよく知られているドイツの精神医学者クルト・シュナイダー(1887~1967、元ハイデルベルク大学医学部長)の学説を引用している。シュナイダーは、自身の臨床経験に基づいて、よく見られる精神病質を10個の類型にまとめている。いちいち説明することは省略するが、意志薄弱者、発揚者、爆発者、自己顕示者、人間性欠落者、狂信者、情緒易変者、自信過小者、抑鬱者、無気力者である。

これまでのボルソナロ大統領の迷言については、たびたび紹介をしてきたが、上記専門家の説によれば、大統領の言動には上記類型のいくつかに当てはまるものがあることは確かである。即ち、独裁者的言動、常識を逸脱した発言、弱者に対する憐憫感情や一般的倫理観・道徳観の欠如、自らの能力や行為に対する自己批判や悔恨の不存在等が挙げられる。

例えば、COVID-19の蔓延の結果、死者が増え続けている状況に対して、意見を求められた際に「自分は墓掘り人夫ではない」、「それがどうした。哀悼の意は表するが、どうすることもできない」、「自分の名前はメシアスだが、救世主ではない」と発言しており、最近では、同じく死者数が20数万人に達した際に「女々しさはもう沢山だ。メソメソするな。いつまで泣くつもりだ。」と言い、またマスコミの批判に対しては、上記FOLHA紙をかざして、「PATIFARIA!ペテンだ!」、と決めつけ、異議を唱えようとした同紙記者に対して「黙れ!」と一喝した。これらの一連の発言はコロナ禍が始まった頃の、「単なる風邪に過ぎない」から始まって、民主主義を掲げた法治国家の大統領として無責任ではないか、という批判が相次いでいる。そしてマスコミの論調に関心を有しない貧困層や何が起こっても動じない保守層をはじめとして、大統領支持者数は相変わらず根強いものの、不支持者の合計が初めて56%になったことは注目に値する。

大統領はコロナ禍における過去一年間で4人の保健大臣を任命・更迭しているが、大統領就任時の初代については一線を画するとして、二人目と三人目は医師出身であったことから、大統領がCOVID-19の予防薬として、何故か強力に推薦したクロロキナやへクサクロロキナはマラリアに対する効き目はあるにしても、コロナには学術的、科学的に検討した結果、効力はない、として大統領に迎合しなかった両名を次々に更迭した。3人目の在任は一か月足らずであったが、その間現役の陸軍将官をまずは事務次官に据え、次いで大臣に任命したことは周知のとおりである。そして、保健省の中枢である局長、部長級のポストに医療、衛生、保健とは専門外の約30名の佐官級陸軍将校を任命したことも、危機存亡の瀬戸際にある国の担当大臣の措置として、疑問視されてきた。

同大臣は、一月初旬にアマゾナス州マナウス市において人工呼吸器用の酸素が不足した際の対応が遅れたことを理由に、連邦検察庁から責任を追及されている。現在では供給が正常化しているが、一時はマナウスにおける酸素の製造能力が3万立米なのに対して、約8万立米の需要があったとのことであり、空軍機で酸素ボンベを全国諸州から緊急輸送したり、果ては隣国ベネズエラから陸路輸送したりして急場をしのいだ。これに対して、保健大臣は当初は報告を受けていなかった、と弁明したが、製造工場からの事前の日付のメールが開示されると、工場で製造が間に合わず、病院で酸素が不足したとしても、供給は保健大臣の責任ではない、と開き直ってひんしゅくの対象となった。

大統領は自分の指示・命令に忠実な同保健大臣をしきりに称賛したが、多くの州知事や国会議員からも批判が集中した結果、とうとうかばいきれなくなった。後任人事は、口頭で発令され、マスコミにも取り上げられたが、未だ連邦官報に任命が掲載されていないものの、前ブラジル心臓学会会長にして、著名な循環器の専門医師であることから、経歴に不足はないものの、大統領の長男との家族ぐるみの交際から生じた推薦であることから、就任前から批判の声が上がっている。そして新大臣は、保健・衛生は自らの所轄事項ではあるが、原則として前大臣の路線を踏襲し、最終的には大統領の命令に従う、と発言した。そうであるならば、ロボットの首を挿げ替えても、何も変わらないではないか、との声がすでに聞こえ始めている。

ところで、大統領は2022年の選挙で対抗馬となりうるサンパウロ州知事を敵対視するあまり、120年の伝統を誇り、毒蛇用血清から、ポリオ、3種ワクチン等を全国に向けて製造供給してきた実績のある州立ブタンタン研究所で製造されたコロナヴァクス・ワクチンの原液が中国製であることから信頼できない、として早くからそれを認めることを拒んできた。しかし、下記に示すように、リオデジャネイロでの生産が遅れ、事ここに及んで、現在ブラジルでワクチンを接種した者のうち10人に9人までが中国製、又はその原液によるコロナヴァクスであることは皮肉としか言いようがない。

なお、リオデジャネイロ郊外には、同じく120年の伝統を誇る国立オズワルド・クルス財団、通称FIOCRUZがあり、同様にワクチン製造を行っているが、ASTRAZENECAの原液のインドからの供給が遅れ、2,3日前にようやく約100万本のワクチンを自前で供給することができたが、これまでは完成品の輸入に頼ってきていた。連邦政府、すなわち保健省は、サンパウロのブタンタン研究所に対抗するために、FIOCRUZに多額の予算を付けたりしてワクチン生産を奨励していたが、後れを取ったことに間違いはない。また、本日のニュースによれば、ブラジルはファイザーとジョンソン&ジョンソン製のワクチンを年末までに段階的に約1億9千万本輸入することを発表したが、最後の納入は年末になる模様である。

前大臣は各州知事等の圧力に屈して、一月中旬にコロナヴァクス4600万本の緊急輸入を発表したが、翌日には大統領の一声で撤回せざるを得なくなった。その際の大統領の迷言は「何をするにも自分に相談しなければならない。自分には拒否権がある。自分が命令する」、「最高司令官は自分だ」、「自分が好きなようにする」とのことであった。ところが、最近になって保健省は、大臣名ではなく、事務次官名ではあったが、前大臣の更迭発表直前に在ブラジリア中国大使に書簡を送り、ブラジル政府がコロナヴァクス及びその原液の入手を希望していることから、協力を要請したが、大統領はこれについては沈黙を守っている。ちなみに、大統領が事あるごとに中国を批判したことから、その都度中国大使が抗議を行ってきたことも周知のことであるが、ブラジル外務省は昨年一年間に二度にわたって同大使の召還を中国政府に要請したが、無視されたそうである。普通であれば、何の面子があって、そのような要請を行うことができるのかを問われるところであるが、要は背に腹は代えられない状況になったからであるとしか言えないであろう。

精神病質の者が軍人である場合には、上官侮辱、命令不服従を多発することがある、とのことであるが、ボルソナロ陸軍大尉も現役時代、上官の頭越しに、マスコミに対して軍人の俸給や待遇に対する不満を訴え、上官に対しても反抗的な言動があり、それが祟って軍法会議には至らなかったものの、退役を強いられたとのことである。それからは保守勢力の支持を得て国会議員に当選し、7期にわたって務めた。大統領に選出されてからは、陸軍士官学校の卒業式をはじめとして、三軍の多くの行事に好んで出席しているが、国会議員時代にはかつて所属したリオデジャネイロの空挺旅団の駐屯地には足を向けず、たとえ行ったとしても歓迎されなかったそうである。

さて、この病気に関する診断結果については、専門家によって意見が異なることは理解できるが、一致した意見としては、完治する見込みはないそうである。多くの場合は、母親の胎内において、あるいは幼児時代に脳障害を患ったことから生じるとのことである。そういえば、大統領の母堂であるオリンダ・ボンツリ・ボルソナロ刀自によれば、息子を妊娠中や出産した際にも、かなりの難産だったそうで、無事出産後には、全知全能の神に感謝の意をこめて、息子のミドルネームとして「メシアス」という名前を付けたそうである。これが事実であれば、ボルソナロ大統領の言動のルーツは、この辺りにあるのかもしれない、とのことである。

ちなみに、ブラジルにおけるコロナ禍は感染者数が1200万人、死者が30万人に迫りつつあり、特効薬が存在しない以上、ワクチン接種が唯一の救いである。第一次接種は人口の約5.5%、第二次接種は約2%となっている。サンパウロ市では昨日から72歳から74歳台の接種が始まった。一人一人が腕をまくって接種を受ける光景は世界共通であるが、車で乗り付けるドライブ―スルー方式もあり、自宅近くのパカエンブー・サッカー競技場の入口などは、延々長蛇の列ができて、壮観である。日本ではアノフィラクシー等の副作用の有無を確認するために、接種後15分間にわたって安静にして観察するとのことであるが、それはかつて予防接種を強制した時代に数百人の犠牲者が生じたことから、慎重のうえにも慎重を重ねているものと思われる。接種はあくまでも任意で行われることは結構であるが、ブラジルではそこまで配慮する余裕はなく、これまでに約一千万人以上が接種されているが、今のところ副作用の発生に関するニュースは聞かれない。