脇谷宜典
(Sumitomo Rubber do Brasil Ltda.社長)
住友ゴムとSumitomo Rubber do Brasil について
住友ゴムは主にダンロップブランドのタイヤを製造・販売しており、ブラジルでは 2011 年に現地法人 Sumitomo Rubberdo Brasil を設立、2013 年に工場稼働を開始した。
本社・工場はパラナ州ファゼンダリオグランデ市に位置し、ブラジルをはじめ中南米市場へタイヤを供給している。乗用車用タイヤに加え、2019 年からはトラック・バス用タイヤも生産を開始した。
進出地をパラナ州と決定するにあたっては、サンパウロに近く経済・産業が発展していること、パラナ州が兵庫県(住友ゴムの本社は兵庫県神戸市)と姉妹提携しているため有形無形の様々な支援を受けられること、また、サンパウロ州に次いで多数の日系人が居住しており、日系企業にとって事業運営しやすい環境にあること、等を勘案した。
弊社がブラジルに進出してまだ 10 年とはいえ、その間に様々な事態を経験し、格闘してきた。ここではその一端を、治安面とビジネスリスクを中心にお話ししたい。
治安面での格闘
治安面はやはり皆が気にするところではなかろうか。不安を煽るのは本意ではないが、話のネタにいくつか紹介したい。
<武装強盗団襲撃事件>
深夜、工場に武装強盗団がやってきた。自動小銃で武装する彼らには守衛も抵抗できず、なすがまま敷地内に侵入を許す。ところが、武装強盗団は工場内を一周したものの何も盗らずに撤収していった。どうやら工場内に ATM があると誤解して侵入したが、実際にはなかったため成果なしで撤収することとなった模様。以来、工場内に ATM を設置してはならないと固く戒められている。
<通勤車両レンガ事件>
トラブル対応のため深夜に工場へ駆けつけ、駐在員が運転する乗用車で帰宅する途中、路上に不審者が現れ、突然レンガを投げつけられた。警戒していたため、窓ガラスが割れても減速せず通過し事なきを得たが、やはり深夜のドライブは危険と再認識した事件だった。
<ドローン偵察事件>
正体不明のドローンが連夜、工場上空を飛行することがあった。警察に相談し、現れる度に地上から追跡し、警戒していることを示した。「襲撃の下見か?」と緊張したが、今に至るまで事件は起こらず、何だったのかと不思議に思っている。
このほか、街で駐在員が犯罪に遭遇するケースもあり、注意が必要なのは確かだ。だが、過度に恐れるのではなく、平生から行動に注意を払って適切にリスクに対処することが肝要かと考えている。
ビジネスリスクとの格闘
弊社が進出を決定した当時のブラジルはサッカーワールドカップの開催を決め、所謂 BRICS の一角として熱い期待を背負っていた。ところが進出直後から経済発展は頭打ちとなって経済は低迷し、弊社の事業計画も見直しを余儀なくされた。聞けば過去から経済浮沈を繰り返し、その波を乗り越えられた企業だけがこの地で長く根を張っておられるとのこと。
弊社も進出以来、多くの荒波に晒されてきた。
2015年から2016年にかけては急激なレアル安進行に対し、まだ輸入品の比率が高かった弊社は対応しきれず、見る見るうちに赤字を積み上げてしまった。本社に緊急資金援助を仰いでどうにか凌いだものの、一時は事業継続が危ぶまれるほどの危機だった。
2018 年にはブラジル全土でトラックドライバーのストライキが発生し、工場稼働停止、スタッフの出勤もままならないなか、自宅待機したまま毎日テレビ会議で対策を協議した。
そして 2020 年にはコロナの流行で三度にわたり工場稼働を停止した。幸い、現在は需要も回復し、従業員の感染予防策を整備したうえでフル稼働しているが、断続的に感染者が発生するなど、対応に追われている。
何度も訪れる危機は、かえって従業員の結束を固め、危機感からか会社経営への理解を促進し、結果的に弊社の企業体質を強化することにつながったと思う。事業環境も弊社に幸いした。コロナ禍と同時に進行したレアル安はコスト上昇を招きもしたが、ライバルの輸入タイヤの価格競争力をも奪う結果となり、シェアを伸ばすことができた。2020 年 8 月以降はフル生産が続いている。
追い風に的確に乗れたことも大きい。コロナ禍発生直後から毎日、危機管理委員会を開催してナショナルスタッフ幹部を含めた全員で情報共有・対策検討を行い、素早くきめ細かく環境変化に対応してきた。
この例を考えるにつけても、ブラジル人をいかに経営参画させるかが成功の鍵だと思う。
進出当初は文化の違いを互いに理解しきれず、組織も未熟だったために齟齬もあったが、一つ一つ乗り越えてきた。情報や意思決定の壁を作らないこと、ガラスの天井を作らないことを心掛け、現在は良い関係を築けていると感じている。
地域との関係では、ファゼンダリオグランデ市から、市の発展に貢献してきたとして、名誉賞を受賞する栄誉に浴した。
また、この度、2025 年までに生産能力を約 30%増やす設備投資を決定した。会社設立 10 年の節目を迎えて、ますます元気に成長し、いかなる荒波も乗り越えていく所存である。