篠崎幸男
(三菱商事株式会社 中南米地域代表伯国三菱商事会社社長)

ブラジルビジネスの先駆け

サンパウロ市を北西に100kmほど行ったカンピーナス市にある東山農場は、三菱の創業者である岩崎弥太郎氏の長男久弥氏が1927年に創設した農場で、現在もコーヒーや野菜などを栽培しており、日系移民の戦前から戦後までの苦難の日々を描いたドラマの舞台になった。この東山農場の商事部門と三菱商事との折半出資により伯国三菱商事は1955年に発足した。三菱商事の最初の対ブラジルビジネスはタイ産錫の三国間貿易であったが、早くからブラジルの農業にも注目し、日本のメーカーと共に農耕機・エンジン製造販売事業を1959年に立ち上げた。その後、ウジミナス製鉄所向け設備を受注(1960年)、リオ・ドセ鉄鉱石輸出の15年間の長期契約締結(1962年)を皮切りに、フェロシリコン、コーヒー、ココア、綿花、合成皮革、木材、カオリンなどの対日輸出、通信機器、鉄鋼製品、船用機械のブラジル向け輸出などを幅広く手掛けるようになっていった。

ブラジルのポテンシャルと三菱商事の取り組み

こうした長年に亘るビジネスを通じて、多くのブラジル企業と信頼関係や人的ネットワークを築くに至っている。現在の当社はサンパウロとリオデジャネイロの2拠点体制で、大型インフラ事業から、エネルギー、金属資源、総合素材、機械、化学品、穀物や食料などの生活産業まで、ブラジルが強みをもつ分野や今後の成長が期待される様々な分野でビジネスを展開し、夫々の事業領域において、三菱商事のバリューチェーンを通して顧客のニーズを発掘、グローバルネットワークと複合機能を駆使した長期的な事業機会の創出に努めている。例えば、現在、ブラジル沖ではペトロブラスのビジネスポートフォリオの最重要部分を占める超深海油田開発が積極的に進められているが、当社は世界屈指の実績を誇るパートナー企業と共に、その中核設備である洋上原油生産設備(FPSO)傭船事業に長年参画している。 穀物分野では、ブラジルのゴイアス州に本社を置くアグレックス・ド・ブラジル社が、世界有数の穀物生産国であるブラジルの穀物調達拠点として、大豆やトウモロコシなどの生産・収穫から出荷・販売、輸送、農業資材(種子、肥料、農薬など)の販売事業までを一貫して担っている。 鉄鋼分野ではメタルワングループが自動車産業への加工・物流拠点を通じての鋼材・部品供給、オイル&ガス、インフラ、土木建築産業への鋼材・部品供給等、鉄鋼総合商社として、ブラジル経済を幅広く下支えしている。

今後の取り組み

当社は、温室効果ガス排出量の新たな削減目標と、エネルギー・トランスフォーメーション関連投資に関する指針である「カーボンニュートラル社会へのロードマップ」を昨年10月に発表した。未来を見据えた重要課題への取り組みとして、EX(エネルギー・トランスフォーメーション)・DX(デジタルトランスフォーメーション)の一体推進を掲げているのだが、このアジェンダにおいてもブラジルには大いにビジネスチャンスがあると感じている。EX分野では、ブラジルは再生エネルギー利用の先進国でもある。当社は長年ブラジルのバイオエタノールの輸出によりサプライヤーの信頼を積み上げてきた。この関係を礎に、ブラジルの次世代エネルギーの資源や技術がもたらすサステイナブル社会の実現に向けパートナーと鋭意協議中である。 また、DX分野では、当社はNTTと共に、位置情報サービスの世界的なリーディング企業であるHERE Technologiesに出資しており、HEREのソリューションを当地、更には中南米全域の有力パートナーに提供することを通じて顧客の物流やリソース配分の最適化支援に取り組んでいる。この取り組みは、COVID19禍で在宅勤務を余儀なくされた時期に開始しており、ブラジル・欧州・北米・日本を結ぶオンライン会議において連日ボーダーレスな議論を重ねた結果、新規ビジネスの創出に繋がった経緯を持つ。まさに、DXビジネスの創出活動を通じて新しい仕事の進め方を自ら実感することになった点においても感慨深いものがある。 冒頭にご紹介した通り、当社の活動は東山農場にルーツを持つ。今、当社は、熱帯林とブラジルの農業の両立を目指して、パラ州ベレンで「アグロフォレストリー」の人材育成活動を支援している。気候変動対策につながるアマゾンの自然保護と地域住民の生活向上に微力ながら貢献できれば幸いである。独立200周年、大統領選挙、国連非常任理事国就任等、歴史的に重要な局面を迎えるブラジルから目が離せない。