執筆者:深沢正雪 氏(ブラジル日報編集長)
G7サミットでルーラはどんな役割か
19日から21日までG7広島サミットが開催され、インド首相と共に、ルーラ大統領も招待を受けている。
反米勢力のリーダー、中国は一帯一路によって「グローバルサウス(南半球に多い発展途上国)」を抱き込んでいる。それに対抗するように、G7の議長国として岸田文雄首相は「グローバルサウスと連携強化」を掲げて、BRICS内でも中露に比べれば、反米色がまだ中立的な2国の代表を招聘して欧米側に引き寄せようと試みているように見える。
プロパガンダ色が強いロシア国営通信スプートニク・ブラジルは5月5日付《「G7はルーラを二の次的なイベントにしか参加させず、ウクライナ問題で圧力をかける」と専門家は言う》(4)という記事を出した。世界情勢を扱うG7の本会議とは別の、ゲスト用会合にルーラを出席させるだけで、グローバルサウス側と四つに組んだ議論をするつもりはないとの見方だ。
同記事は、ルーラは参加をまだ躊躇していると報じる。《G7は最新の共同声明で「ロシアとウクライナの支持に対する強力な制裁」を推進することを約束した。ブラジルにとって同様の文書に署名することは、ウクライナ紛争に直面した際の公平性の立場を弱体化させる可能性がある》ため、ルーラが重ね重ね主張している〝中立〟とは相容れないものがある。
ルーラは4月初旬の訪中の際「戦争が始まって以来、ウクライナはいくつかのヨーロッパ諸国と米国から武器と弾薬を受け取り始めた。これにより各国はロシアの前進を抑え、プーチン大統領が数週間で終わらせようと計画していた紛争を戦争に変えることができた」「米国は戦争を助長するのをやめ、平和について話し始める必要がある」という発言までした。
それとG7の「ロシアへの強力な制裁」はあきらかに立場が異なる。
4月26日付スプートニク・ブラジル(9)によれば、ルーラはスペイン訪問中に《私たちは非常に奇妙な世界に住んでいる。私たちは、常任理事国である国連安全保障理事会メンバーが、世界最大の武器生産者であり、世界最大の戦争参加者である世界に住んでいる》と国連常任理事国の現体制を批判した。
さらに《私たちブラジル人が、ロシアのウクライナに対する領土侵害を非難していることに疑いの余地はありません》とロシア批判をしつつも、《間違いが起こり、戦争が始まったのだ。今は誰が正しくて、誰が間違っているかを言う時ではない。まず戦争を止めさせる必要がある。彼らが発砲をやめたときにのみ問題について話し合うことができるからだ》という立場だ。欧米に武器の供給を辞めろと暗に言っているようだ。
その際の極めつきのルーラの問題発言は、「中国はすでに世界第2位の経済大国であり、おそらく来年には世界1位になるだろう」「中国はどの国とも戦争をすることなく、世界経済の第1位に達するだろう」というものだ。わざわざEUの一角を訪れて中国擁護発言をしている。
明らかに「ロシアに強力な制裁」を共同声明するG7とはスタンスが違う。G7側は環境対策支援などの〝お土産〟を用意するだろうが、4月初めに中国から約束された500億レアル分(約1兆3600億円)の投資を上回るものが出るとは考えにくい。
であればブラジルが出席しても、対露中政策という意味ではG7側に明確な収穫は難しい。もしそれをひっくり返したいなら、「インドとブラジルを正式メンバーに迎え入れてG9にする決議をする」ぐらいのインパクトが必要かもしれない。
だがG7拡大など通常はありえない。ではその代替え案としてルーラが考えているのは何か?
国連常任理事国が戦争の原因とするルーラの主張
ルーラはポルトガル訪問直前の4月23日、同国の国営放送局RTPのインタビュー(11)を受け、次のように国連常任理事会を批判した。
《国連憲章は、国連安全保障理事会のメンバー(常任理事国=米国、ロシア、フランス、英国、中国)によって守られていません。私たちが求めているのは、より多くの国が国連安全保障理事会に参加できるようにすることだ。拒否権をなくし、ラテンアメリカの代表、インドやドイツのような他の代表を入れるべきだ。問題は、近年戦争を仕掛けているのが、国連安全保障理事会の常任理事国であること。アメリカは国連の許可を得ずにイラクに侵攻。フランス、イギリスは国連の許可を得ずにリビアに侵攻した。そして今・・・》と語っている。
これは一見、22年9月23日付NHK《常任理事国目指す4カ国外相 “安保理改革の実現向け 成果を”》(12)にあるような《国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指す、日本、ドイツ、ブラジル、インドの4か国は外相会合を開き、安保理改革の実現に向けて関係国と連携しながら早期に具体的な成果を目指すことで一致》という従来からの国連改革案に沿った内容の発言にも見える。
これなら日本主導の4カ国増案だが、ルーラは本音ではより多くの国を常任理事国にしたいと考えている節がある。
4月26日付オペラ・ムンジ記事によれば、ルーラはスペイン訪問をした際、ペドロ・サンチェス首相と会談して《なぜブラジル、スペイン、日本、ドイツ、インド、ナイジェリア、エジプト、南アフリカが(国連常任理事国として)いないのか? 現在(世界の行方を)決定している人々は第2次世界大戦の勝者側だが、世界は変わった。何か違うことをする新しい国際メカニズムを作るべきだ》と力説した。
つまり「世界は変わった。だから常任理事国ではなく、別の国際メカニズムを作りべき」と力説している。
2月24日付エスタード紙(13)によれば、インドで同日に開催されたG20の財相と中銀総会の会合に出席したフェルナンド・アダジ財相は《ルーラ政権はG20を多国間主義強化の中心と考えている》と述べている。
つまり、国連が常任理事国の改革をしないならば、G20を〝事実上の国連〟にすべく強化していくという方向性ではないかと推測される。
4月16日付アジェンシア・ブラジル記事《ルーラはG20を擁護、グローバルガバナンスでより多くの国を望んでいる》(16)によれば、ルーラは《G20のようなより広範な国々が、国家間の平和などの議題、環境、インフレや金利などの経済問題、SNSのヘイトスピーチ、民主主義の強化などについて議論する責任を負うべきだ》と考えている。
さらに《G20を創設したのは、G7には2008年の危機を議論するのに必要な規模がもはやないからだ》とも指摘している。つまりルーラは最初から「G7では現在の世界の問題は解決できない」と考えている。
グリーン水素で日伯はグローバルパートナーに
例えば環境およびエネルギー問題に間して、ルーラは次のような新プロジェクトをG7、G20、BRICSで提案するつもりだ。5月6日付テラサイト(14)によれば、ルーラは現在《北東伯のすべての州で検討されているグリーン水素には大きなチャンスがある。風力、太陽光には多くの成長機会があります。ブラジルに欠けていないのは、再生可能エネルギーの機会であり、G20、G7、BRICSで議論するつもりだ》と強調している。
これは3月18日付本紙《グリーン水素の公共政策作り=鉱動省や商工省が作業班設置》にあるように、ブラジルは800万を超える太陽光発電モジュール、1500以上の風力タービンを設置することで年間60TW時の発電量が期待され、それを使って水素を生産して先進国に輸出するプロジェクトを策定した。環境面でのブラジルの優位性を強める政策であり、それを推し進める話を国際会議の場で提案するようだ。
二酸化炭素を排出しない水素燃料エンジンは日本が力を入れている技術だが、水素を製造するには大量の電力が必要な点が問題になっている。石油を使って発電して水素燃料で車を走らせてもエコの観点からはあまり意味がない。
だがブラジルでは太陽光発電や風力発電を大幅に増やす余地があり、それで製造したグリーン水素なら、その問題が解決される。この点で、日本とブラジルは世界のエネルギー問題解決の強力なパートナーになる可能性を秘めている。
先進国と途上国の仲介役になれるブラジル
現在、BRICSや上海開発機構(SCO)に参加を希望する国を増えており、グローバルサウス側の結束が徐々に高まりつつある。2月27日付スプートニク・ブラジル記事よれば、ロシアのラブロス外相は《過去2年間で、BRICSと上海協力機構(SCO)への参加を希望する国の数が急増し、現在は約20カ国に達した》と発言した。
来年、ルーラ3はG20を議長開催する。そこに向けて環境問題や平和等全ての議題を調整していく必要がある。世界におけるブラジルの役割は、BRICSをリーダーとするグローバルサウス側と、G7など日本を含めた欧米先進国側との仲介役として、タフな交渉をすることだろう。(敬称略、深)
「注」
(12)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220923/k10013832661000.html