小林大祐(『ブラジル特報』編集委員)
サンパウロから車で 4 時間、南米一の陶芸の里として知られる Cunha には過去3回訪問したが、その道中に関してはいい思い出がない。はじめてのときはこんな感じだった。
村の陶芸の歴史は日本人陶芸作家らが 1975 年に移り住んだことに始まる。そのパイオニアの一人、請関美重子さんのアトリエでゆっくり過ごしたあと、小さな宿に泊まった。シャワーを浴びて寝ようと思ったとき、同行の年配の方が機嫌を損ねて帰ると言い出して譲らない。真夜中の BR116 を激走してサンパウロに戻った。
2 回目は夜行バスだった。ピンガの大びんが回ってきて酒宴が開かれ、酔った乗客たちは運転手をののしり始めた。バスは次第にルートを変え、警察署に向かった。3 回目は寝坊だ。携帯が普及してないせいで迎えに来てくれた人の合図に気づかず。数時間後あわてて後を追いかけてタクシーで向かった。
だが、本来はゆっくり向かいたいところ。なぜなら、サンパウロから国道 BR116 をリオ方面に走り、たどり着く途中には Aparecida あり、Guaratinguetá あり、そして Cunha から海岸山脈を下ってすぐに Paraty ありと、車窓の景色にはブラジルの 500 年が詰まっている。
Aparecida は ブ ラ ジ ル の守護神である聖母の大聖堂が建つ土地。その目と鼻の先、Guaratinguetá は ブ ラジル最初の聖人となった FreiGalvão の生誕地で教会や記念館がある。美術ファンには Di Cavalcante の傑作『Cinco moças de Guaratinguetá(グアラチンゲタの 5 人の娘たち)』(1930)でもおなじみだ。
ブラジルのカトリックの歴史と近代アートの足跡を訪ねたあとに待ち受けるのは Estrada Real(王の道)。かつてミナスジェライス州で採掘された金や宝石を港まで運んだ道を行く。そうして Cunha までの束の間、Ouro Preto から Paraty までウマやラバの隊列(tropeiros)が往来した時代に思いをはせてみる。
人口2万の Cunha は平均標高 1,100 メートルの保養地で、渓谷に囲まれた地形はエコツーリズムや自転車競技の愛好者を魅了する。古くから生産されているワイン、最近ではラベンダーやオリーブでも知られるようになったが、忘れてはいけない名物といえばやはりアラウカリア松の実(pinhão)とそれを使った料理の数々―。
来年は日本人移住者らが登り窯を設置して 50 年になる。その記念行事には市民の数を上回る人が訪れることだろう。