会報『ブラジル特報』 2013年7月号掲載
日系企業シリーズ 第25回

                              井上 寿弘<矢崎ブラジル(有)社長>


会社概要と海外進出
 矢崎グループは、1941年に設立された矢崎総業を核とする企業グループです。「世界とともにある企業」「社会から必要とされる企業」を社是に掲げ、「クルマをつなぐ」自動車部品(自動車用組電線「以下ワイヤーハーネス」、車載メーター、自動車用電子部品)、「くらしをつなぐ」生活環境機器(各種一般電線、LPガス用メーターや各種ガス警報器、太陽熱利用機器、業務用空調)、「社会をつなぐ」環境リサイクル事業、農業、介護事業等、幅広い製品やサービスをお客様に提供しています。
 矢崎グループの海外進出の歴史は1962年、タイ王国での製造拠点設立に始まりました。以来、グロバールな開発・製造・販売体制を敷き、2012年12月現在、世界42カ国に160法人を有し、グループ全体でおよそ24万人の従業員が働いております。

ブラジル進出
 ブラジルへの進出は同業他社より遅く、サンパウロ州タツイ市に工場(敷地総面積200,000㎡、建物14,000㎡)を設立し、ワイヤーハーネス生産を始めたのは1998年のことでした。立上げ当初の従業員数は200名弱で、主にブラジル国内のお客様向けに製品を納めておりました。
 当時のブラジルに於けるビジネス環境を振り返りますと、94年まで続いたハイパーインフレが終息したことにより経済は比較的堅調に推移し、自動車販売も右肩上がりの伸張が期待されておりました。既に多くの欧米自動車メーカーが60年代からブラジルに生産拠点を構えていたなか、さらに日本やフランスの自動車メーカーも相次いで新工場を稼働させたことにより、自動車生産および販売数が急拡大した時期でもありました。そのような成長時期に、当社も他社に遅れをとらないよう多くの重要な経営判断を迫られ、結果的に、このブラジルの地に大きな飛躍を期待して積極的な投資を行ったのでした。


矢崎ブラジル



新天地での苦労

 ワイヤーハーネスは、機械化が困難な労働集約型の人手による組立工程上で生産されます。そのため良質かつ低廉な労働力の確保が最優先課題となります。生産準備を進めていた当時、「手先の器用さのみならず、細かい作業に於いて集中力を保つことが出来る我慢強い人材が、果たして何人集まるのだろうか?」と、多くの社内関係者が不安を感じ、同時に製品の品質レベルについて危惧しておりました。

 そのような課題・不安に対し、「モノづくりの源はヒトづくりである」との基本的精神に則り、熱意のある人材を先行採用し、研修・実習を重ね、短期的に多くの優秀な中核社員を育成することにより、無事に工場を立ち上げることが出来ました。 
 その後は、育った彼等が牽引者となり、現在もさらなる人材育成を進め、SEQCD (Safety, Environment, Quality, Cost, and Delivery) を5本柱とした評価ポイントに於けるお客様への満足度向上に努めております。

<エピソード>
 
複雑なワイヤーハーネスは、一目見ただけでは、その製品の善し悪しは分かりません。しかし、当時、研修後間もない従業員が、製品を手にした直後に「これダメですね、この部分が外観不良です。手直し必要です。」と躊躇なく指摘した場面に立ち会った時、驚きと感動を覚えました。我々が努力してきたことが報われたのかな、と感じた瞬間でした。 
                                              ―当時の社長談― 

矢崎ブラジル タツイ工場


そして現在……
 矢崎ブラジルは、創業当時のタツイ工場(従業員200名弱)1工場体制から現在では主要5工場(従業員約8,500名)体制に拡大し、ブラジル国内にとどまらず、メルコスル全域に生産拠点を広げ、ワイヤーハーネスおよび車載メーターの主要サプライヤーの一つとして、他同業社と共に歩み続けております。
 このような発展を可能にしている原動力には、やはり「モノづくりの源はヒトづくり」という考え方が大きく影響していると言っても過言ではありません。雇用主である企業側が従業員の能力および労働意欲向上、または労働環境改善に努めるということは、従業員との信頼関係構築に繋がり、最終的には「現場力の維持・向上」に寄与するものと確信しております。
 労働組合問題が企業運営に於ける大きな問題の一つとして位置付けられておりますブラジルにおいて、製造業としての道を着実に歩み続ける上では、モノ以上に「ヒト」に深く関わっていかねばならないのだと、再認識している今日この頃です。