会報『ブラジル特報』 2005年1月号掲載
水野 一(上智大学名誉教授)
日本では「一年の計は元旦にあり」といわれるように、新年に有名神社仏閣に初詣する人が多い。これは一年中で最も宗教色の強い行為かもしれない。しかし「日本人の宗教は?」と聞かれると、神道、仏教、キリスト教...など個人によりいろいろだと答えるしかない。実際、国民の祝日の中で宗教色のある祝日は一日もないし、外国人にとって日本人の宗教観ほど難解なものはないようだ。筆者自身、こうした質問に対しては、一般論として「日本人は生まれた時は神式で祝い、結婚式はキリスト教式、亡くなった時は仏式で送る」と答えるようにしている。
これに対して、ブラジルはれっきとしたカトリック国であり、国民の祝日の半分以上はキリスト教の祝日で、10月12日の「アパレシーダの聖母マリアの祝日」(Nossa Senhora da Aparecida)のように独自の祝日もある。ところが、人口では世界最大のカトリック国家であるブラジルにおいて、近年カトリック信者の比率が低下傾向にある一方、プロテスタントが増大の一途をたどるなど、宗教の多様化が進んでいる。以下、Almanaque Abril 2004年版に掲載されたブラジル地理統計院(IBGE)の2000年人口センサス結果(Censo Demografico 2000,Caracteristicas Gerais da Populacao,Resultados da Amostra,IBGE)に基づき、ブラジルの宗教の現状をみてみよう。
低下傾向のカトリック
表1は、上記センサス結果に基づき、信者比率の推移を示したものである。
表1 信者比率の推移 (%)
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(出所)Almanaque Abril,2003 e 2004 |
この表から明らかなことは、ブラジルにおいて宗教の多様化が進んでいることだ。なかでもカトリック信者数は1991年の1億2,181万人(全人口の83.0%)から2000年には1億2,498万人(73.6%)へと低下傾向をたどっている半面、プロテスタント信者数はこの間1,316万人(9.0%)から2,617万人(15.4%)ヘ倍増している。 カトリック低迷の最大の理由としては、信仰の自由と宗教の多様性の増大があげられている。カトリックは伝統的に農村地帯を大きな地盤としてきたが、都市化の進展とともに信者数の減少に見舞われてきた。というのは、都市には各宗教がひしめき合い、他の宗教に流れる信者が増えたからだ。さらにプロテスタントの積極的な信者勧誘も影響を与えた。
しかしカトリック信者の側にも問題があり、大部分の信者は日曜日に教会に行かないし、特に大都会ではミサに出席する信者が少ない。さらにカトリック教会の教理と信者の間にも大きな溝が存在する。
カトリックの研究機関、宗教統計社会調査研究所(CERIS)が2002年に6大都市(リオデジャネイロ、サンパウロ、サルバドル、ポルトアレグレ、ベロオリゾンテ、レシフェ)で実施した「都市におけるカトリシズムの挑戦」と題する調査によれば、カトリック信者の73.2%が教会が禁じる避妊に賛成し、59.4%が離婚、62.7%が再婚、43.6%が婚前性交渉にそれぞれ賛意を示した。その半面、信者の84.3%が教会を信頼し、81.5%がローマ法王を支持している。
また2002年現在、信者の18%がキリスト教基礎共同体(CEBs)やカトリック・カリスマ刷新(RCC)運動などの在俗組織に参加している。CEBs
は1960年代以降、軍事政権下で「解放の神学」派の神父によって推進された貧しい民衆からなる信徒主導型の小さな共同体で、抑圧政治と貧困からの解放を訴え、大きな成果をあげたが、民主化とともに1990年代に入りその活動は低調となった。それでも高等宗教研究所(ISER)の調査によると、2000年現在、ブラジル全国に約7万のCEBsが存在していた。一方、RCCは解放の神学に対する反動として、後述のペンテコステ派の考え方に近い、霊性と日常の祈りを重視する運動で、ISERによれぱ、2000年現在、内陸地方の中産階級中心に800万人に上った。
急増するプロテスタント
一方、全人口に占めるプロテスタントの比率は、1960年の4.0%から1991年には9.0%、2000年には15.4%ヘ急上昇している。ブラジルなど中南米におけるプロテスタントは総称してEvangelico(福音派)と呼ぱれているが、それは大きく歴史的諸派、ペンテコステ派、その他諸派に分けることができる。(表2参照)
表2 プロテスタント信者の内訳(2000年、万人)
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歴史的諸派は、19世紀の欧州移民および宣教活動によってブラジルにもたらされた伝統的なプロテスタントで、プロテスタント全体の21.2%を占め、ブラジル南部に集中している。近年はバプティスト派を除き減少傾向にある。
ルーテル派は、宗教改革を起こしたマルティン・ルターの直系のプロテスタントで、ドイツ移民とともに1824年以降、リオグランデドスル州に入植した。メソディスト派はカルヴァン系のプロテスタントで、ブラジルには最初の宣教グループとして1835年にリオデジャネイロに入った。プレスビテリアン派(長老派)は米国の宣教師によって1863年リオにもたらされたもので、サンパウロ市の有名私立大学マッケンジー大学を創設したことで知られる。またバプティスト派は、米国の南北戦争(1861~65年)を逃れてサンパウロ州の内陸部に入植した米国移民によってもたらされたもの。
一方、ペンテコステ派は、1906年に米国のシカゴで誕生したホーリネス運動から生まれたもので、ブラジルには1910年に伝えられた。ペンテコステとはキリスト復活後の50日目の五旬節に起きた聖霊降臨祭のことで、聖霊による洗礼を受けた者は、予言能力や異言(グロッソラリア)を語る力などを持つことができるとされている。
ペンテコステ派は1910年から1950年にかけて登場した pentecostalismo classico(Congregacao crista
no brasil,Assembleia de Deus)と1950年代に現われた pentecostalismo autonomo(Evangelho
Quadrangular,Deus de Amorなど)の2派からなる。前者は反カトリックと聖霊信仰を重視し、後者はラジオなどによる大衆の福音化に力を入れ、ペンテコステ派の拡大に寄与した。さらに1970年代後半以降、neopentecostalismo(Universal
do Reino de Deus など)が登場し、主に最貧困層や低学歴者の間で勢力を拡大している。
複数信仰の増加
以上のようなキリスト教の勢力変化に加えて、IBGEの人口センサスは複数の宗教を信仰する人々が増えていることを指摘している。その典型的な例が、カトリックと心霊派(espirita)の関係だ。ブラジル心霊派連盟によると、心霊派を信仰しているカトリック信者を含めると、信者数は2,000万人を超えるという。前述のCERISの講査でもカトリック信者の22.5%が他の宗教を信仰していることを明らかにしている。ブラジル人の信仰も、日本人並みになってきたということだろうか。