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会報『ブラジル特報』 2005年3月号掲載

                            菅藤 和彦(KBP代表.元川崎製鉄ブラジル事務所長)


 中国が2003年に入ってから猛烈な勢いで資源、鉄鋼製品、食料を買い漁ったことで、資源豊富なブラジルは有卦に入っていることは周知のとおりである。鉄鋼の場合は、それまでOECDの場で世界の余剰設備能力削減を真剣に議論していたが、世界的にコモディティブームが巻き起こると需要はうなぎ上りとなり、今や減産どころか逆に鉄鋼生産力増強の気運が世界的に高まってきている。

 こうした鉄鋼増産の一つの焦点として、ブラジルが話題になっている。カラジャス鉱山を中心に、良質かつ膨大な鉄鉱石の埋蔵量、安価な労働力、鉱石積出港に隣接した広大な土地、さらには米国市場に対する地理的優位性など、世界の大手高炉メーカー(ミル)を惹きつける様々な要素を兼ね備えている。

リオドセの鉄鋼基地構想
 
1997年の民営化以降、国内の鉱山業界再編を進めてきたリオドセ社(CVRD)は、自社の鉄鉱石積出港に隣接した地域に一大鉄鋼生産基地建設構想を持っている。この構想はリオドセによると、海外大手鉄鋼ミルが環境問題等で製鉄の上工程の海外シフトを余儀なくされていることから、鉱石拡販の一貫として彼らを誘致し,海外ミルのマジョリティの下でリオドセも資本参加し、800万トン級の製鉄所を3つ立ち上げようとするものである。

(注) この構想は一見リオドセが鉱石から鉄鋼半製品へ付加価値を高める、すなわちダウンストリームへの進出を意味するように見えるが、それだと顧客である海外大手ミルとの間に摩擦が生じるので、それを避けるためにマイノリテー参加に留め、かつ鉱石拡販を狙ったものである。

 リオドセのこの構想にいち早く名乗りを挙げたのが、今や世界一の鉄鋼生産国中国の宝山鋼鉄であり,既に昨年末にはリオドセとの合弁(J/V)によるF/Sが完了している。当事者筋によると、調査の結果コストが思いのほか高く出たとのことで,未だ最終決定はなされていないが,中国,ブラジルというともに近年鉄鋼増強に強い関心を持つ,いわば競合関係にある両国が組んで合弁事業に臨もうとしているだけに、当然そこには経営主権をめぐる激しい攻防があると見る。というのも、リオドセ自体は上述の如く海外ミルのマジョリティを認めているものの、昨年末更迭された国立経済社会開発銀行(BNDES)のCarlos
Lessa総裁が在任中、鉄鋼はこの国の輸出にとって重要な戦略産業ゆえ,国内主権を貫くべし、必要ならBNDESが鉄鋼業に資本参加することも吝かでないと論じていたが、こうした考え方は実はブラジル政府内に以前から根強くあったのである。一方中国側にも、F/S契約調印で、宝山鋼鉄の社長が来伯した際、この構想を自社の分工場と位置付ける発言をしている如く,主導権掌握に対し強い姿勢が見られる。

リオドセの鉄鋼基地構想には、こうしたお互い相容れない基本コンセプトの違いを如何に融和させるかという大きな課題が潜んでいる。

(注) そもそも上工程を海外シフトする考え方が登場した背景には、環境対策等のコスト意識が強く働いている。それだけに進出側は、リオドセ構想にはコストセンターとして臨もうとしている。これに対しブラジル政府内には構想自体が国内に利益をもたらすべきと、プロフィットセンター意識が強い。

動けない日本鉄鋼業(JFE、日本ウジミナスの例)

このリオドセの鉄鋼基地構想には、その後欧州のArcelor、TKS(Thyssen)、韓国のPosco等、世界の主だったところが名乗りを挙げている。同じアジアの中国,韓国が関心を持っているのに、なぜ日本は動こうとしないのだろうか?

(1) JFEのツバロンからの撤退

昨年、JFEがツバロン製鉄から撤退したことは未だ記憶に新しい。1992年の民営化以降、ツバロンは追い風にも恵まれたとはいえ目覚しい躍進を遂げ、念願の半製品世界市場を作り出した。96年にそれまで経営実権を握っていたブラジルの国の銀行が撤退した際,当時の川崎製鉄は議決権株の買い増しをして,リオドセ,Acesita(ブラジルの特殊鋼ミル)との間で3者共同経営体制にまで持込んでいるが,そのわずか6年後には撤退を余儀なくされている。

1973年、川鉄にツバロン構想が持込まれた際、当時の藤本社長は世界に例のない半製品輸出専用の一貫製鉄所建設に携わる以上、孫子の代までかかっても必ずこのプロジェクトは成功させると、その決意のほどを語っているが,本来なら社内の次ぎの世代に引き継がれるべきプロジェクトの理念がいつの間にか見失われ,それを見抜いたUsinor(現Arcelor)にすべてをさらわれてしまった。

(2)ウジミナス-時代にそぐわない進出形態

JFEが去り、今では唯一日本鉄鋼業の楔であるウジミナスだが,その実態は数十年前の業界協調華やかなりし頃作られた持ち株会社である(日本ウジミナスの株主は、政府/JBIC資本を筆頭に、鉄鋼各社,製鉄設備メーカー,商社により構成)。盟主新日鉄といえども、自社の戦略にウジミナスを取り込むことが難しい体制となっている。だからウジミナスのコントロール株主の中枢にありながら、日本ウジミナスにはウジミナスをリードして行く力に欠ける。そうした実態が、再編統合を図ろうとする者にとって格好のターゲットとして映る筈である。現に最近世界一となったインドのMittalグループが、ウジミナス買収に関心を持っているとの記事が昨年末出ているが、このままではJFEの二の舞になりかねない。

世界の鉄鋼業が誰も目を向けていなかったブラジルに、日本鉄鋼業はいち早く眼をつけ進出し、長年にわたる苦難の時期を耐え、着々と日本鉄鋼業の伝統を培って今日に至っている。過日、Arcelorの社長がこの国の鉄鋼業の水準の高さを賞賛しているが、そこには日本鉄鋼業の貢献に対する賛辞も込められている。しかし、暗にその日本が何故据膳で自分達の進出を許すのだとの問いもあるのではなかろうか。

ブラジルが世界鉄鋼業の一つの焦点となっている昨今、本来なら日本鉄鋼業はこの地で真っ先に新たな展開を図るべき存在であるし、またそれをなし得る力も持っていると考える。日本の鉄鋼業をいずれこの国が支える時代が来ると信じるだけに、日本がふたたびブラジルの鉄鋼業の発展に関わって欲しいと切に期待するものである。