会報『ブラジル特報』 2006年
1月号掲載

                        高山 直巳
(ジャパンデスク社代表)


政治危機に揺れた2005年

ルーラ政権は、まず2005年のスタートであった国会議長選挙でつまずいた。その誘因となったのは、行政府がPT(労働者党-与党)を含む各党に対し十分な予算配分をせず、政府内人事においても厚遇しなかったため、与党内部には不満が募っていた。その結果、下院議長の公式候補としてPTから2人の候補者が出馬し、票割れを起こして野党に敗北した。この下院議長選はPTの内部分裂を象徴した2005年の最初の出来事であった。しかし、それはその後、ルーラ政府に痛撃を与えた政治スキャンダルの序章に過ぎなかった。

政治危機は、5月半ばロベルト・ジェファーソン(与党第4党の労働党-PTB党首)が、郵便公社の汚職の主要人物として糾弾されたことに端を発している。窮地に陥ったジェファーソンは、自らの疑惑よりもより重大な政府官僚やPT首脳部の汚職を告発し、それが新たな火種となって政界全体を揺るがすスキャンダルに発展した。政界にはびこる巨額のヤミ資金の実態が議会証言の場で暴露され、それによりルーラ大統領の右腕であったジョゼー・ディルセウ官房長官は辞任に追いやられ、不正汚職の追及は議会内査問委員会(CPI)により、2005年のほとんどの国会活動がそれに費やされることになった。

国会での追求の結果、ロベルト・ジェファーソン(PTB)とジョゼー・ディルセウ(PT)は、議員権が剥奪され、その他にも5人の連邦議員が辞任し、12人の議員は議員権の剥奪手続きが進行中である。さらにルーラ大統領の周辺では、グシケン広報長官、ミランダ人権特別局長が閣僚の座から引きずり下ろされ、PT首脳部ではジョゼ・ジェノイーノ党首、同書記長、財務担当などが辞職に追い込まれた。

孤立感を強めていたルーラにさらに追い討ちをかけたのは、パロッシ蔵相に及んだ汚職の嫌疑であった。経済政策に対する激しい非難もあって、蔵相は辞任に追い込まれる瀬戸際まで立たされたが、ルーラ大統領は、パロッシ大臣が辞任すれば内外の信認が揺らぎ、経済の悪化、ひいてはルーラ自身の大統領再選も脅かされると見て、パロッシの続投を強く支持し、パロッシ疑惑に関する火消し役となってこの危機を乗り切った。しかし政治危機によるルーラ政権のダメージは決して軽くはなく、大統領やパロッシ大臣の汚職に関与しているとの疑惑はくすぶり続け、それが政府支持率の低落に表れている。

政治の悪影響を受けなかった経済

幸い経済基盤は安定しており、政治の混乱によって経済活動が損なわれる事態は回避されている。海外の情勢もブラジルに有利に展開しており、政治危機の影響はほとんど受けていない。むしろ海外からの評価は大幅に好転しており、国際格付け機関は、ブラジルの評価を引き上げている。その理由には、プライマリー財政黒字の好転、インフレの低下安定、輸出の増大に支えられる貿易収支の拡大(黒字幅440億ドル相当)がある。さらに多くの企業の好決算により、ブラジルリスク指数と呼ばれるEMBI+ (JPMorganがセカンダリーマーケットで取引される外債の金利コストを指数化したもの) が記録的な300ポイントの低率をマークしている。対外信用力の大幅改善は更なる外貨の流入を招き、為替レートは中銀の市場への買い介入にもかかわらず、レアル高基調が続いている。

大統領選挙の行方

2006年は、CPIの審議が終了する3月が過ぎれば、政界の関心は一気に10月の総選挙に集中して行く。候補者の顔ぶれが決定されるのもこの時期である。最大の焦点は、ルーラ(PT)の再選か、野党(PSDB)候補の巻き返しかである。それにあたっては与野党の連立が鍵を握っている。現在PTと連立関係にあるPMDBの全国党大会は3月5日に予定されており、そこで党独自の大統領候補を擁立させるか、またはこれまでどおり、PTとの連合を組むかが決定される。同様にPSDBはPFLと連立関係を続けるのか。またPSDBからは現サンパウロ州知事のアルキミンか、現サンパウロ市長のジョゼー・セーラのどちらが出馬するのか、統一候補もまだ絞られていない。これらは、いずれも総選挙の鍵を握る重要問題であるが、現段階ではまだ不透明である。経済政策との関係について言及するならば、ルーラ再選であろうが、PSDB候補(セーラかアルキミン)であろうが、現在の経済政策の基本路線に変化がないことは明らかであり、その意味では経済活動が政治によって損なわれる可能性は少ない。

2006年の経済見通し

2005年第3四半期のマイナス成長(▲1.2%)により、2005年のGDPは2.5%程度に下方修正されたが、工業界は決して悲観しておらず、2006年も安定成長が期待されている。確かにレアル高と高金利は、業種によってはダメージを受けているが、全体的には好調な業績をあげている。テレビ販売の9百万台突破、携帯電話の24億ドルの輸出、電子部門の940億レアルの売上げ (15%増)、36億ドルの紙パルプの輸出 (2004年比18.6%増)、80.5万トンのアルミの国内販売、2.44百万台の車両生産(国内販売1.70百万台と輸出112億ドル)などは、いずれも過去最高記録である。

さらにいろいろな企業の記録的な年末売上げと銀行の好決算は、2005年の国内景気が堅調であったことを反映している。加えて低下傾向にある金利は今後の経済活動を活発にする。2006年は選挙の年であるため、政府は公共支出を拡大すると見られており、経済に対する奨励策が打ち出されることが予想される。2006年の政府の経済成長予想は3.5%と発表されているが、市場ではそれを上回る予測をしている。


国際経済環境はブラジルに追い風

ブラジルのような外資依存の強いエマージング国にとっては、国際市場の動向が一つの決め手となる。現状の国際経済環境は、ブラジルにとって追い風となっている。すなわち中国を中心とする世界的な経済成長と国際需要、一次産品価格の回復により、ブラジルの輸出はさらなる伸びが期待される。アメリカの金利予測は5%以下に引き下げられたことにより、世界経済の見通しも改善しており、ブラジルを含むエマージング市場への投資金の流入も滞ることはないであろう。レアル高は、一部の工業製造部門で、2006年の輸出量を鈍化させることが予想され、貿易黒字も2005年の440億ドル(推定)から2006年は360億ドル程度に縮小することが見込まれる。しかし、それは決して悲観材料ではない。伝統的に対外債務の利払い、フレート、利潤と配当金などの送金の年間の多額の支払いによって赤字であった経常収支は、4年連続で黒字(2006年度予想は70億ドル)を維持することはほぼ間違いなく、外貨事情は2006年も堅調に推移することが予想される。      


筆者は、サンパウロでビジネス定期情報と出版事業を営むジャパンデスク社代表。 
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