会報『ブラジル特報』 2006年
3月号掲載

                       
  岸和田仁 (在レシーフェ)



日本では昭和30年代を舞台とする映画が上映され多くの熟年観客の涙腺を刺激しているようだが、ブラジルでも1950年代の「古き良き時代」を懐かしむ昨今となっている。

その時代を象徴する人物はジュセリーノ・クビチェック、略称JKである。ブラジリアを建設した元大統領は、ミナス・ジェライス州ディアマンティーナ生まれで、フランスに留学した泌尿科の医者であったが、友人から勧められて政治の世界へ。ベロオリゾンテ市長、連邦下院議員、ミナス州知事をへて、1955年の選挙で当選し大統領となる。「50年の進歩を5年で」とのスローガンを掲げ、近代化と経済成長に取り組んだが、一番有名なのはブラジリア建設と遷都(1960年)であろう。多国籍企業の誘致による自動車、造船、電機などの輸入代替工業化政策により経済が活性化したのが、JK大統領の時代であった。(もっとも、公的債務が巨大化し、その後の慢性インフレの原因も作ったのであるが。)

50年代は経済ばかりでなく、文化・スポーツの面でも”勢い”が出てきた時代であった。音楽ではジョアン・ジルベルト、トム・ジョビンらによってボサノヴァが産声をあげ、映画ではネルソン・ペレイラ・ドス・サントスの『リオ40度』(1955)がシネマ・ノーヴォへの道を切り開き、文学ではギマランエス・ローザの『大いなる奥地』やジョアン・カブラル・デ・メロ・ネトの詩劇『セヴェリーノの死と生』などの名作が発表されていた。ブラジルを代表する美女マルタ・ローシャが1954年のミス・ユニバースに選出されたことはブラジル中を歓喜させたが、ブラジル・サッカーの躍進も目覚しかった。若きペレが活躍してブラジル選抜チームが優勝杯の美酒に酔うことが出来たのは1958年のスウェーデン大会であったが、ブラジル国民はこれで1950年のトラウマ(50年のワールドカップ最終戦でウルグアイに敗北)から完全に解放されたのだった。

経済的な成長とスポーツや文化面でのエポックメイキング的な成果との相乗的効果によって”躍動的ナショナリズム”が熟成され、ブラジル人はいわば後進国コンプレックスを克服して自国に自信を持つようになった、そんな時代であった。

56年1月の大統領就任から50周年の今年は、当然ながら、JK関連の書籍が本屋に何種類も平積みされ、バンカ(新聞売店)には各種雑誌の特集号が山積み状態になっている。

そんな好機を逃さず、1月3日から始まったのがグローボTVの大河ドラマ『JK』である。ミニセリエ(ミニシリーズ)と呼ばれるが、ちっともミニではなく全部で47回という3ヶ月連続ものだ。このシリーズは毎年力作続きなのだが最近のテーマをみると、3年前は19世紀のリオグランデ・ド・スールの分離独立運動、一昨年は1930年代のサンパウロにおけるモデルニズモ運動、昨年はアマゾン縦断鉄道物語、でいずれもTVドラマとしての完成度が高く、時代考証もしっかりしていた。

今年の『JK』はグローボとしても特に力を入れており、評者も半分弱を鑑賞したがストーリー展開は相変わらず巧みだ。若きJKを演じているのはバイーア出身のワグネル・モウラだ。ディエゲス監督の映画『ゴッド・イズ・ブラジリアン』(2003)での脇役を熱演してデビューした若手であり、中年期以降のJKはベテラン俳優ジョゼ・ウィルキルだ。映画『バイバイ・ブラジル』や『カヌードス戦争』での主役などで有名な名優の奥方役はマリリア・ペーラというこれまたベテラン女優だ。始まって一ヶ月以上たっても視聴率30%前後をキープしているのは、視聴者の多くが俳優たちの熱演に惹かれながら50年前の「古き良き時代」を追体験しているからだろう。さらには、JKは愛人の数も少なからずで、その面でも「ブラジル人好み」だからだ。

となればJK人気に便乗して、にわかJK主義者が急増中とあいなる。自分とJKの類似点をあわてて強調するルーラ現大統領はその一人だ。