会報『ブラジル特報』 2006年3月号掲載

                          岸和田 仁(在レシーフェ)


3月9日、ネルソン・ペレイラ監督が映画人としてはじめてブラジル文学アカデミーの会員に選出され、大きな話題となっている。

ブラジル文学アカデミー(ABL)は1896年に、『ドン・カズムーロ』や『ブラス・クーバスの死後の追想』などの作品を通じてリアリズム文学を世界レベルに押し上げた文豪マシャード・デ・アシスによって創設されたが、近年は現実政治の影響も明らかな文化エスタブリッシュメントとなっている。作家ジョルジ・アマード(故人)や劇作家アリアーノ・スアスーナが会員であることには異論はないだろうが、有名とはいえ整形外科医ピタンギや元大統領サルネイ(詩集は何冊か出しているが)が会員であることの”文学基準”を問う声は声は小さくないだろう。だからこそ、マルチタレントにして小説家のジョー・ソアレスが昨年のベストセラーとなったユーモア・サスペンス『ブラジル文学アカデミーにおける連続殺人事件』において、会員になんとかなりたくて時の権力者に媚を売る詩人やら連邦議員を饒舌だがややドライな文体で揶揄し、意外な犯人がアカデミー会員を連続殺人していくストーリーで多くの読者を獲得したのだ。

とはいえ、アカデミーのメンバーになれることはブラジルの文化界において最高の名誉であることは変わらない。『リオ40度』(1955年)、『乾いた人生』(1963年)、『監獄の記憶』(1984年)などの作品を通じて、ブラジルの「シネマ・ノーヴォ」運動を実践してきたネルソン・ペレイラ監督も自ら祝杯をあげ、ご自身が選出されたことを例えて、「最後はハッピーエンドで終わる、ファンタジー映画みたいだ」と語ったのは自然だろう。マスメディアも実に好意的な報道をしていたが、グローボ紙のコラムニスト、アンセルモ・ゴイスに至っては「映画に行こう、ネルソン万歳!」と興奮気味に書いていた。

監督のアカデミー入りを祝うパーティーには、映画仲間のエドゥワルド・コウティーニョやルイ・ゲーラ、ジョアン・サーレスのほか、かつての盟友グラウベル・ローシャの母親ルシア・ローシャさんも参加し、ベテラン女優フェルナンダ・モンテネグロも友人を引き連れて合流したというから、「シネマ・ノーヴォ」の”公認”に関係者が美酒に酔った、といえようか。

かつて「頭には観念を、手にはカメラを」のスローガンを掲げ、ハリウッドに代表される商業主義的映画を批判する映画運動を展開した監督は、77歳の現在まで映画製作を止めることなく現役であり続けている。G・フレイレのブラジル社会論『大邸宅と奴隷小屋』のTV番組化(2000年)のあと、サンバ音楽家ゼー・ケチの半生を映像化した監督は、長編最新作『ブラジリア18度』を現在編集中で、4月末には全国一般公開の予定となっている。ポルトガルを代表する映画監督マヌエル・デ・オリヴェイラは90歳を超えてからも話題作をいくつも発表しているが、ネルソン・ペレイラ監督も年齢のバリアを取っ払って活躍し続けることを祈念したい。