会報『ブラジル特報』 2006年
11月号掲載

     ― プロジェクト「在日外国人児童生徒への学習支援活動」を通して見えたもの ―
                               
武田 千香(東京外国語大学助教授)


今から約3年半前の2003年4月、本学のポルトガル語専攻の学生たちが、大学で学んでいることを活かして国内に在住する外国人の力になりたいと立ち上がり、学生ボランティア・グループ「東京外大在日外国人交流ネットワーク~Amigos」を結成した。彼らがまず行なったのは子どもたちへの学習支援だった。すぐに東京・神奈川・千葉・埼玉の自治体や国際交流団体、教育委員会、学校とコンタクトをとり、活動場所を開拓した。中には門前払いに近いところもあったが、川崎市総合教育センターは寛容な心と熱い期待で学生たちを迎え入れてくれ、彼らは翌月から川崎市立T小学校に週1回通い始めた。活動の内容は、日本語に不自由なブラジル人児童に付き添って授業の理解を助けたり、保護者と学校のコミュニケーションの仲立ちをしたりといったものだ。

学生たちのこの活動はその後、学内に大きな動きを起こすことになる。まずは彼らの活動が契機となって2004年9月、文部科学省による現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)に応募した「在日外国人児童生徒への学習支援活動」が採択され、同年10月には学内に「多文化コミュニティ教育支援室」が開設された。目的は国内の外国人の子どもたちへの学生ボランティア活動を支援・推進し、そうした子どもたちが不登校や非行に走ることなく地域社会に溶け込めるようにサポートすること、そして、学生が大学での学習成果を社会に還元すると同時に学習動機を新たにし、大学で学んだことを実社会で活きた知識として鍛えなおすことである。このプロジェクトの開始とともに、活動は学生の専攻や学年、国や出身地域の壁を越え全学的なものになった。支援内容は学生の相談に応じたり資金援助や物資提供をするほか、学生たちには活動に必要な研修や社会調査の機会をも提供した。

この活動に加わった学生たちの成長は実に目覚しかった。大学で専攻していることを活かした活動であるだけに学業の成果は当然のこと、大学で学んだ知を社会で実践することでそれを発展させ、さらには大学では学び得なかったことまでも身につけて一回りも二回り大きくなって帰ってくる。そういう学生が授業に参加することで教室も活気づき、他の学生にも刺激になる。だが、それ以上に目を見張ったのが学生たちの人間的成長だった。何とも頼りなく子どもっぽかった彼らが、半年もしないうちに一人前の大人になっていく。現代の若者たちに欠けているとよく言われるコミュニケーション力、行動力、責任感、組織力といった社会人に必要な”人間力”を身につけていくのだ。社会との接点を持った活動だからこそ実現できた学びの場なのだろう。

こうした学生たちの姿から私たち教員も多くを学んだ。当初から活動の教育的効果への意識がなかったわけではない。だが学生のボランティア活動を推進すればするほど、その意義が活動そのもの以上に、学生の知的および人間的成長にあることを痛感し、私たちは改めて教育機関としての使命を新たにさせられたのだ。在日外国人に関わる諸課題はあまりに複雑で、一大学の学生が活動してみたところでその効果はたかが知れている。だが、その活動を通じて成長していく学生たちの姿は、これから日本社会が必然的に迎える多言語・多文化社会が必要とする人材育成という本学の現代の使命を私たちに気づかせてくれた。果たしてこれまでの本学の授業は、実践的な知が求められている現代社会に見合ったものだったか。以前は海外にしか存在しなかった外国が国内の身近に存在するようになった今、そこで有為とされる人材を私たちは輩出できているのだろうか。私たちは自分たちの教育システムを振り返った。またこうした活動を開始したことで地域社会からいただいた多くの反響や協力要請によって、いかに大学が社会に活きたものとして開かれていないかを痛感させることとなった。

そうした反省を活かして、私たちは今年度4月、多言語・多文化教育研究センターを設置した。当センターは多様な言語や文化の混在化が進行する現代日本社会に対し、人材育成および研究の両面から貢献できるよう本学の教育研究体制を充実させていくと同時に、社会貢献事業に応えられる体制も整備することを目指している。海外の外国に関する教育に重点が置かれていた教育カリキュラムには、Add-on Program「多言語・多文化社会」を増設し、全学の学生が副専攻式に”国内の外国”についても学べるようにした。例えば、これまでポルトガル語専攻の学生は、ポルトガル語が話されている地域を中心に学ぶ体制がとられていた。しかし”国内の外国”を相手にするためには、ひとつの地域に通じているだけでは不十分だ。在日ブラジル人の隣には在日フィリピン人がいて、その隣には在日インド人がいる、日本ではこういう状況が当たり前に生じている。今後は多数の文化を一度に相手にできる人材が必要とされるにちがいない。きっとこのプログラムを受講して卒業していく学生たちは多言語・多文化社会のインターフェイスを担ってくれることだろう。

このプロジェクトの期間は3年間、来年の3月を以て終了する。この活動を続けてきた2年半、実は折にふれて私を導いてくれたブラジルの作家がいる。ブラジルの文豪マシャード・デ・アシス(1839-1908)だ。というのも万事最後は”人間”だからである。社会を作るのは人間、何事も人間で決まる。人間を知る、人間を読む、人間を考える、何を行なうにもそれがいかに大切かを、私はこのプロジェクトを推進する中で痛切に感じた。そういうとき深い人間洞察が行われている文学作品は、まるでバイブルのように役に立つ。私が”文学こそ実学である”ことを実感するときだ。

総人口の2%に迫る数の外国人が暮らし、異なった言語や文化的背景を持つ外国人と地域社会との間でさまざまな摩擦や問題が起こるようになった今日、それらを解決するのもやはり人間だろう。問題が起こって対症療法をとるのも大切だが、そうした問題を最小限に食い止められる、たとえば「多文化コーディネーター」といったプロフェッショナルな人材を育成することも建設的ではないか。「人間の問題は人間の手で」、まさにホメオパシー(同種療法)の精神「Similia similibus curantur(類病は類薬をもって治療する)」に通じる。この格言を私に教えてくれたのはマシャードの『ドン・カズムーロ』(1899)だった。さらに『ブラス・クーバスの死後の回想』(1880)に描かれているのは救いようのないほどのペシミズムに裏打ちされた弱肉強食の残酷な人間社会。

ブラジル文学全体でも有数の名場面として知られる第七章では「人間社会の掟はエゴイズム」だと語られる。人間社会の掟がエゴイズムならば仕方ない、それを認めたうえで、互いのエゴイズムが何とか成り立つ方策は考えられないか。互いのエゴを満足させられるシステム。1対1でエゴを満足させると何やら”ギブ・アンド・テイク”で露骨だが、エゴを満足させる循環にすれば皆がが”ハッピー”な幸せの輪ができるのではないか。少なくとも今回のプロジェクトで、学生がささやかな地域への奉仕で大きなものを学び、またそれによって大学も教えられ、プロの人材を育成することで地域社会にそれを還元していくそうした循環システムの構築の可能性は実感できた。できるだけ多くの人が自己の満足と同時に他者にも満足を提供できるシステム。あまりに楽観的かつ短絡的かもしれない。だが、エゴが競合する人間社会の中で幸せな社会を築いていくヒントを得たような気がした。そう、人間社会の掟はエゴイズム。ならば無理な理想を掲げず、それを認めたうえで何らかの方策を考えるのも手ではないか、マシャードの作品とプロジェクトの往復の中で私が考えたのはそれだった。