会報『ブラジル特報』 2006年
11月号掲載

           ― 南南外交の目指すものは何か ―
                          子安 昭子(神田外語大学国際言語文化学科)


大統領選が続く9月初旬、ブラジルで2つの国際会議が開催された。 「G20(および G20以外の途上国)会議」 ならびに 「インド・ブラジル・南アフリカ(IBAS)首脳会議」 である。

G20会議

006年7月24日にWTOの多角的貿易交渉(ドーハラウンド)が当面凍結を決定して約1ヵ月後の9月9日、初めて関係各国の貿易担当大臣らがリオデジャネイロに集まった。音頭を取ったのはブラジル(そして米国)である。アモリン外相とシュワブUStr代表は貿易交渉が頓挫した直後に会談、ドーハラウンド再開に向け両国がリーダーシップをとることで一致し、会議開催に至ったのである(BBC brasil.com、 2006年7月29日)。もともとG20としての会議であったが、日米欧諸国からの参加もあり、最終的にはWTOをめぐる重要なアクターが勢ぞろいする形となった。

2日間の会議日程の中で、1日目はG20を中心とする27カ国の途上国・地域代表による会議が開かれた。アモリン外相は会議の席上、G20の目的は 「各国間に存在する意見の相違がドーハラウンドにおけるわれわれの立場を弱くさせないことである」 と述べ、同じくG20のリーダー格であるインドのカマル産業貿易大臣も 「G20に対する信頼は、われわれがもつ多様性から生まれる」 として途上国の結束を呼びかけた。また会議を通してアモリン外相は、ドーハラウンドの弱体化が現実のものとなった今、問われているのは、単に貿易自由化の問題ではなく、今後の国際通商秩序をどうするのか、という点であり、多国間協議としてのWTO体制の重要性を強調した(BBC brasil.com、 2006年9月9日)。

参加者の中にはドーハラウンドの再開日程がここで決まるのでは、という期待もあったが、実際は具体的なスケジュールについての議論はなく、2日間の会議は閉幕した。アモリン外相は 「交渉再開に関心を持つ多くの大臣たちがここに集結したという事実こそが、今回の会議の成果である」 と述べた。もっとも同外相は 「(今回の会議で)何か新しい提案や詳細について決まることを始めから期待していなかった。クリケットの試合結果を期待して、サッカーの試合にいくことはできない」 と、参加国間の利害は依然として多様であることを示唆するコメントを残している(Folha online、 2006年9月11日)。

WTO交渉におけるブラジルの積極的な動きは、2003年9月、ドーハラウンドのメキシコ・カンクン閣僚会議を前に、ルーラ大統領が発展途上国による貿易交渉グループの結成を呼びかけたことが始まりであった。G20(20カ国グループ)の誕生である。G20 はその際、米国やEUに対して、国内の農業補助金撤廃や市場開放を強く迫り、結局同会議を合意なきまま終了に追い込んだのである。今年7月、ドーハラウンドが事実上決裂に追い込まれた背景にも、ブラジルを含むG20と日米欧諸国の間で、最後まで農業補助金問題について妥協点を見出せなかったことがある。これまで先進国主導で行われてきた多国間協議に対して、発展途上国が今後は大きな影響力を持ち得ることを示すものであった。しかしながらG20はドーハラウンドを崩壊させる意図はもちろんなく、それが今回のリオでのG20会議につながったのである。

インド・ブラジル・南アフリカ(IBAS)首脳会議

もうひとつの会議は、9月13日にブラジリアで開かれた第1回IBAS首脳会議(I Reuniao de Cupula do IBAS)である。IBAS(英語ではIBSA)はインド(India)、ブラジル(brasil)、南アフリカ共和国(Africa do Sul)の頭文字をとったものである。「G3」という呼び名もあるが、現在のところ「IBAS」が定着している。日本のメディアではあまり聞かれないが、IBASはG20とともにルーラ政権が重視する南南協力(南南関係)の新しい外交軸である。

この3カ国間で将来的に関係を強化しようという話は、まずムベキ南アフリカ共和国大統領から提案があり、それにルーラ大統領が答える形で始まったといわれている。国連改革をめぐる議論がひとつの契機であった。2003年6月1日から3日のフランス・エビアンサミットの拡大対話に招待されていたインド、ブラジル、南アフリカ共和国の外相が、サミット3日後にブラジリアに集結し、「IBAS対話フォーラム」(Forum de Dialogo India-brasil-Africa do Sul-IBAS)を正式名称とする3カ国グループが誕生したのである。このときに発表された「ブラジリア宣言」には、IBASは、めざましい発展を遂げる3つの地域(アジア、ラテンアメリカ、アフリカ)の国々すなわちインド、ブラジル、南アフリカ共和国によるパイオニア的なグループであり、その設立目的は 「南南協力の視点をもってグローバルな問題・人類共通の課題について話し合うこと」 とある。2004年3月から現在にいたるまで毎年外相による「IBAS対話フォーラム」が開催され、今年2006年9月13日、第1回目のIBAS首脳会議がブラジリアで開かれたのである。

6時間に及ぶ会議の結果、長文の「共同コミュニケ」が発表された。それは全体的にこれまでのIBASとしての取り組みや成果を評価するとともに、今後にむけてさらに行動を継続する旨を述べる内容であった。とくに注目すべき点は、国連改革、テロリズム、貧困撲滅、軍縮、核不拡散、ドーハラウンド、中東問題、など、国際社会が取り組むべき問題を今後もIBAS3カ国が共有し、かつそれらに対して現実主義的な態度で取り組んでいくことを確認したことである。またインド・ブラジル・南アフリカ共和国がIBASとして足並みをそろえることは、グローバルアジェンダに対する「発展途上国としての声(意見)」を強化することであるとも述べている。つまりこれら3カ国の協力関係が起点となって、より広い途上国間の協力関係が生まれ、国際社会のさまざまな課題の解決に向け貢献できるという発想である。

IBASは3カ国間の経済・通商面における協力関係について議論する場でもある。共同コミュニケには 「(3カ国間協力すなわち)南南協力は社会経済開発を進める上で重要な鍵」 であり、IBAS対話フォーラムが3カ国協力にとって今後も有効な枠組であることを強調している。今回の首脳会議では、エネルギー、農業、航空輸送、海上輸送、貿易、科学技術、情報社会の分野において、新たな覚書が交わされた。紙幅の関係上、詳細については述べられないが、「再生可能なエネルギーに関する覚書」や「農業分野および関連分野の3カ国協力に関する覚書」などである。また貿易面での協力については、「貿易促進に関する行動計画」が調印されたほか、構想段階であるインド・メルコスル・南部アフリカ関税同盟(SACU)間の自由貿易協定のためのワーキンググループ設置を、IBASとして全面的に支持する姿勢を明らかにしている。

この原稿が発表されるころには、すでに大統領決選投票の結果が判明しているころであろう。自らが進めてきた南南外交をルーラはさらに強化することができるだろうか。ルーラは、今回IBAS首脳会議とG20会議がブラジルで開催されたことについて 「通商地図を書き換えるために世界が歩んでいることの表れである」、「われわれの通商外交戦略を第三世界主義者(terceiro-mundista)とみなす人々と戦っていかねばならない」 と述べた(BBC brasil com、 9月13日)。IBASやG20といった途上国同士の協力関係が目指すものは、首脳会議の共同コミュニケでもいわれたように、公正で公平な国際政治経済秩序の構築である。1970年代半ば、南北問題が活発に議論された頃、発展途上国は「新国際経済秩序」(NIEO)の理念を打ち出した。現在の動きはその再燃なのか。いま少しIBASやG20のダイナミズムに注目する必要はあるが、ブラジルを始め多くの発展途上国が、国際政治経済に関する新しい枠組を自らの手で模索し始めたことは間違いないようである。