小林利郎(協会相談役)
投稿日:2014年12月
「夜警国家」という言葉がある。国民の生命財産の安全を維持する最低限の国家権力の行使以外は政府は何の介入もしない理想的なSmall Governmentの自由主義国家を指している。言い換えれば、政府は余計なことは何もしなくてよいが国民の安全だけは護らなければいけない、という意味でもある。
ブラジルでは暴力スリや強盗・誘拐・殺人等安全を脅かされるケースが少なくない。2013年10月23日付のブラジルの新聞”Folha de Sao Paulo”によれば「サンパウロの住民の半分は何らかの犯罪の犠牲になっている」。さらに最近の同紙は2014年10月のサンパウロ州の犯罪件数は前月比窃盗が14%増、強盗が20.7%増で2001年以来月間の最多記録であったと報道している。現在、企業の事務所への出入には厳重なチェックがある。銀行の店舗への入り口はサファリーパークのように二重になっていて、最初のドアをはいって金属携帯が感知されると二番目のドアは開かない。企業の幹部の公用車はほとんど防弾仕様になっている。一般住宅は集合住宅も一軒家も周囲を囲む柵はますます高く、門番は外部の訪問者を厳重にチェックする。それでも最近はarrastao(ねこそぎ強盗)と呼ばれる集団強盗が横行していて、ホテル、マンション、高級レストランが軒並み襲われている。
一般にポプリストとされる政権は強盗や殺人を真剣に取り締まろうとしないように思われる。かって1992年最初の世界環境会議が開かれたとき、日経新聞の主催でブラジル進出のセミナーがリオデジャネイロで開かれたことがあり、筆者はその司会をやった。そのときある日系有力企業の代表がブラジルの治安の問題に懸念を表明したのに対し、ポプリストとして知られるブリゾラ・リオデジャネイロ州知事は「ブラジルの犯罪はニューヨークやシカゴのような凶悪な組織犯罪ではない。世界のどこの大都市にもあるチンピラの小犯罪だ」とたいした問題ではないと憤然と反論した。チンピラでも一般市民には恐ろしいし真っ平御免だが、その後リオデジャネイロやサンパウロの犯罪は凶悪化していて、チンピラどころではなくなっている。
ポプリスト政治は大衆の人気に迎合するために、民生支援に多額の財政支出を行うLarge Governmentであるにもかかわらず、犯罪取締りは必ずしも充分とはいえない。前述のようにSmall Governmentの夜警国家でも治安維持はミニマムの要件とされる。ましてポプリズムのLarge Governmentではもっと真剣に犯罪を制圧する政策が採られるべきであろう。実はそれがポプリスト政権が迎合しようとする大衆の望むところでもあることが昨年6月の反政府デモの要求の一つが「治安維持」だったことを見ても証明されているのである。
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