ブラジル特報2015年11月号
『ブラジル万華鏡』(日下野良武著)
社専務による9冊目のブラジル雑感集。女性の活躍、2014 年のW 杯、来年のオリンピック、日系社会、などについて綴られたエッセイ群を一冊にまとめたもの。ハイパーインフレ時代からレアル・プランによる経済安定・成長へ、そして最近の経済鈍化まで、そんなブラジル経済の変容を、生活者の視点から軽妙に語っている。「多種多様な色彩を華麗に放つ」ブラジル社会の魅力と問題点がみえてくる。
熊本日日新聞社 2015 年7 月 254 頁 1,400 円(税別)
『生きるためのサッカー』(ネルソン松原著)
J リーガーはじめ多くの選手を育成してきた、日系二世ブラジル人のサッカー指導者の自伝だ。両親は北海道出身で、サッカー留学生として来日したのが1973 年。札幌、倉敷、神戸の大学、高校、社会人リーグ、Jリーグなどでコーチや監督としてサッカーを教えてきた。また、マリナ夫人が理事長を務めるCBK( 関西ブラジル人コミュニティ) を通じ在日ブラジル人子弟をサポートするNPO 活動も。日伯交流史の生き証人の証言としても貴重だ。
サウダージ・ブックス 2014 年6 月 240 頁 1,800 円(税別)
『わたしの土地から大地へ』(セバスチャン・サルガド+イザベル・フランク著)
J ドキュメンタリー映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』が映像によって報道写真家サルガドの半生を描いたのに対し、本書はサルガドの語りをイザベル・フランクが文章化した実質的な自伝である。ラテンアメリカからアフリカへ、格差、貧困、民族間殺戮と凄まじい人間の現実をモノクロ写真に記録してきたサルガドが、動物・植物・鉱物を対象とする環境プロジェクト「GENESIS」に到達する。その思索的中間報告ともいえる。
河出書房新社 2015 年7 月 236 頁 2,400 円(税別)
『ブラジル日系人経営者・50人の素顔』(サンパウロ新聞&カンノエイジェンシー共同制作)
サンパウロ新聞に2014 年2 月から2015 年2 月にかけて50 回連載された「ブラジルの未来を切り開く日系人経営者」を一冊にまとめたもの。ブラジルで活躍する40 名と日本で事業活動を行っている10 名、合わせて50 名の経営者の半生が緻密な取材を通じて明らかになっている。日本でも知られる有名経営者から日系社会では無名だがブラジル人社会では有名な経営者まで、多彩な日系人の活動記録は、ブラジル現代史そのものである。
サンパウロ新聞社 2015 年10 月 400 頁 5,000円(税別)
『カピバラ2』(渡辺克仁著)
野生のカピバラは、南米のアンデス山脈の東側、パナマ、コロンビアからブラジル、アルゼンチンまで分布しているが、日本の動物園で人気者になったのは最近のこと。日本在住カピバラもブラジルの野生カピバラもカバーした写真集が本書だが、ミニ事典的解説も楽しいし、巻末にはカピバラがいる動物園のリスト&ミニ情報も完備している。カピバラたちを眺めていると、癒しの一瞬がやってくることに。
東京書籍 2015 年8 月 112 頁 1,400 円(税別)
ブラジル特報2015年9月号
『ボッサ・ノーヴァな建築考』(南條洋雄著)
都市デザインと建築の両方面で異彩を放ってきた建築家は、27 歳の時リオに降り立ち、1975 年から10 年間、ブラジルの建築事務所や大手コンサルで働き、並行して管弦楽団でバイオリン奏者としても活躍した。この修行期間にボッサ・ノーヴァ(新しい隆起)の洗礼を受けた著者は、その“ 和魂伯才” ノウハウを身体化し、日本の建築界に新風を引き起こす。そんな著者が半生を振り返った本書には、ブラジリア論、クリチーバ論も収められている。
コム・ブレイン 2015年5月 222頁 1,600円+税
『ブラジル この興味あふれる国』(宮治誠著)
微生物研究を専門とする医学博士(千葉大名誉教授)が、熱帯医療の共同研究でブラジルに招聘されたのが1985 年のこと。
それ以来長年に亘って、サンパウロ、カンピーナスばかりでなく東北部各地やアマゾン地域まで足を延ばし、様々なブラジル的現実と直接向き合ってきた。そうした見聞・体験を書き綴ったエッセイ群を再構成して一冊にまとめたものが本書だ。ブラジル産カラスミ論、ハイパーインフレ体験論など、興味深い。
文芸社 2015 年7 月 216 頁 700 円+税
『ラテンアメリカ 歴史のトルソー』 (清水透著)
1984 年刊行の『コーラを聖なる水に変えた人々』を嚆矢とする著作群において、メキシコ史やラテンアメリカ史を対象とする歴史学研究に新風を吹き込んだ清水教授による「ラテンアメリカ論」の講義録を一冊にまとめたもの。「インディオ」を「インディヘナ」に置き換える愚、メスティソ論の多義性、などを学びながら、読者は、ブラジルを含むラテンアメリカをマクロ・ミクロ両面から多元的に把握するための知的試論を読み進むことになる。
立教大学ラテンアメリカ研究所 2015 年3 月 220 頁 非売品
『ウイダーの副王』 (ブルース・チャトウィン著、旦敬介訳)
19 世紀初め、バイーア出身のフランシスコ・デ・ソウザは西アフリカのダホメー(現ベナン)に渡り、奴隷商人として成功し、「副王」と称されるほどの権勢をふるう。一方で、バイーアの数千人もの元奴隷たちが西アフリカに回帰して苦闘していた時、物心両面の援助をしたのも彼だった。こうした史実に基づくフィクション物語は1970 年代のベナンから始まる。アフリカが舞台だが、これもまた、広義のブラジル史の一幕である。
みすず書房 2015 年5 月 227 頁 3,400円+税
【新盤紹介】
『ヴァレリア・ロバォン/黒と白のノエル・ホーザ』&『ヴァレリア・ロバォン/呼び声』
夭逝した作詞家ノエル・ホーザ(1910-1937)はリオのサンバの枠を超えたポピュラー音楽(MPB)の基盤を築いた天才であったが、彼の隠れた名曲を掘り起し、新たな解釈を加えたのが、実力派女性歌手ヴァレリア・ロバォンである。二枚組全22 曲を、一曲ごと異なる22 人のピアニストとのコラボで歌い継ぐ、素敵なプロジェクトである。
ブラジル盤、輸入元LATINA
2015 年5 月 2,300円+税、2,750 円+税
ブラジル特報2015年7月号
第一回ブラジル移民船・笠戸丸に乗っていた農業契約移民781 人のうち、325 人が沖縄出身であった。実に41% を占め、県別では断トツの一位だ。この325 名の足跡とその子孫たち(二世から六世まで)を追跡調査したレポートが本書である。日本人として初めて運転免許を取得して大統領専任運転手となった比嘉秀吉、日本人として初めて歯科大学を卒業して歯科外科医となった金城山戸、といった先人の貴重な記録は熟読に値する。
沖縄タイムス社 2015 年1 月 306 頁 2,000 円+税
『21世紀ラテンアメリカの挑戦』(村上勇介編)
ラテンアメリカでは1990 年代末以降、ネオリベラリズム路線への批判が強まって「ポストネオリベラリズム」と呼べる時代に入った、と認識する関西在住研究者が、現代政治史を分析した論文集である。ブラジルでは、政党政治が安定化し非エリート層が台頭している、として、民政移管(1985 年)からコロル政権、カルドーゾ(PSDB)政権、そしてルーラ(PT)政権と、政治は前進している、という視点から現代史をマクロ的に把握している。
京都大学学術出版会 2015年3月 185頁 2,800円+税
『食と文化』(細田典明編著)
北海道大学の公開講座を一冊にまとめたものだが、第7 章の仁平尊明「ブラジルにおけるサトウキビ栽培の発展」は、ブラジルにおけるサトウキビ栽培の特徴と問題点を詳しく指摘する好論文である。現地調査を踏まえ、主産地が歴史的産地のノルデスチからサンパウロに移行した背景を明らかにし、大規模・小規模農家、収穫請負業者、農業機械業者、砂糖並びにエタノール加工工場、といったそれぞれの事例研究が要約的に述べられている。
北海道大学出版会 2015 年3 月 253 頁 2,400 円+税
ブラジル特報2015年5月号
『マジカル・モーメント』 (パウロ・コエーリョ著、山川紘矢、山川亜希子訳)
ベストセラー作家コエーリョのツイッター 文章に、韓国人漫画家ファン・ジュンファン の挿絵を合わせて一冊にまとめた “ 至言集 ” である。サブタイトルが、賢者のつぶやき、 となっているので、そのつぶやきを二つほ どメモしておくと、「賢い人はただ愛する。 愚か者は愛を理解しようとする。」「人生は サッカーのようなものだ。もし最初のいく つかの痛手に耐えれば、あなたは勝利する だろう。」賛同するかは、読者の自由だが。
ダイヤモンド社/2014年12月/286頁/1,600円+税
モデル・料理研究家として活躍していた著者 は、33 歳で子連れ(4 人)再婚、パートナー のドイツ人(数学者)の任地ブラジルへ。サ ンパウロ州カンピーナス市近郊に移住し、 そこで5人目の男児を出産する。そんな肝っ 玉ママのハチャメチャ日記(ブログ)を一冊 にまとめたもの。初めて出会う素材を創意 工夫して料理に仕上げるプロセス、子供達が ブラジル風シュタイナー教育で鍛えられて いく様子などが、しなやかな文体で書き綴ら れている。凡庸なブラジル入門書よりもは るかに面白く、観察眼も確か。お薦め図書だ。
幻冬舎/ 2015 年 3 月/ 255 頁/ 1,400 円+税
『ブラジル国家の形成』 (伊藤秋仁、住田育法、富野幹雄、共著)
「現代のブラジルの社会や経済動向を正確に 理解するには、ブラジルの光と影を正視す る必要がある。また、国家の形成過程の知 識が不可欠であると考える」(はしがき)著 者たちによる、批判的視座からのブラジル 史叙述である。第一部 歴史編は 1930 年 代まで、第二部 現代編は 1930 年から現 代まで、と、人種問題の経緯と展望、となっ ており、ブラジル研究の中級コース向け著 作となっている。
晃洋書房/ 2015 年 3 月/ 250 頁/ 3,200 円+税
ブラジル特報2015年3月号
『ラテンアメリカの教育戦略』 (アンドレス・オッペンハイマー著)
ラテンアメリカのなかで教育、研究、開 発の分野において進んでいる国は、チリ、 ブラジル、メキシコの順であるが、ピュー リッツアー賞受賞ジャーナリストがフィ ンランドやインドの実例を検討したうえ で、ラテンアメリカ諸国の教育問題に鋭 く切り込んでいる。そのなかでも、最も 興味深い事件が起きているのがブラジル と評価されており、「全員が教育のため に」運動に官と民が共同で取り組んでい る実態を好意的に叙述している。
時事通信社 2014 年12 月 355 頁 2,800 円+税
関雄二教授による「南米ペルーにおける文 化遺産観光とその問題点」を基調報告とす る国際シンポジウム「創られた観光イメージ-古代文明と開発戦略-」での発表論文 に複数の関連論文を加えて編纂された本書 は、ポストコロニアル理論からのマスツー リズム批判のケーススタディー論集だ。こ のなかには、カンポス・ド・ジョルダン観 光開発の歴史もリオのファヴェーラ観光も 論じられており、ブラジル関係者にも多く の示唆を与えてくれる。
天理大学出版部 2014 年 12 月 313 頁 2,100 円+税
歴史学研究会が全力を挙げて取り組んだ原 典史料叢書『世界史史料 全 12 巻』(2006 年 -2013 年)の副産物といえる、歴史学 者たちによる “ 歴史おもしろ論文・エッセ イ集成 ” である。それぞれ洞察の深い 20 編が収められているが、その一つ、鈴木茂 「「黒い積荷」の往還」は、「環大西洋世界 における重層的な支配・従属の歴史」を読 み解く試みであり、ブラジルの歴史に関心 を有する者には必読論文である。
岩波書店 2014年10月 182頁 2,300円+税
資本のグローバリゼーションの進展に並 行して社会的排除の問題が深刻化してい る、との問題意識に基づき、ラテンアメ リカのコミュニティについて検討を加え ている。ラテンアメリカの社会関係資本 という視点から、1)脱伝統的コミュニ ティ、2)都市型コミュニティ、3)農 村型コミュニティ、の事例研究論集が本 書であるが、この1)カテゴリーにおい て、在日ブラジル人の宗教コミュニティ が論じられている。
晃洋書房 2014年12月 208頁 2,500円+税
ブラジル特報2015年1月号より
本書の特徴は、風刺漫画、絵図、写真、図表など視覚に訴える部分を大幅に増やして、一般読者の歴史への“ 距離感” を圧縮した点にある。
本文の歴史叙述は、通説を踏襲した教科書スタイルだが、六つのコラム(キロンボ、カヌードス戦争、土地なし農民運動、ブラジル・サッカーなど)と型破りのあとがきが、本文に飽きがくるかもしれない読者をリフレッシュさせる効果あり。ブラジルに関心を有する者には必携書と
いえよう。
(河出書房新社 2014 年10 月 128 頁 1,850 円+ 税)
南米への移住拠点となった神戸の国立移民収容所は、後に神戸移住センターとなり、一旦閉鎖されてから、現在は「海外移住と文化の交流センター」として国際交流の場となっている。ブラジル移民研究を長年にわたって継続してきたジャーナリスト(元神戸新聞編集委員、現日伯協会理事)が、このほど上梓した日本ブラジル交流史第三作は、この神戸移住センターを起点とする。例えば芥川賞第一回受賞作『蒼氓』の背景など興味深い。
(神戸新聞総合出版センター 2014 年11 月 222 頁 2,500 円+税)
『ラテン・アメリカ社会科学ハンドブック』 (ラテン・アメリカ政経学会編)
1964 年に設立されたラテン・アメリカ政経学会は、「ラテン・アメリカと理解し合い、真の協調関係を築く上で、同地域に関する社会科学研究をさらに深めることを使命」ととらえる学会であるが、創立50 周年を記念して包括的な研究ハンドブックが刊行された。同地域の政治や経済、国際関係あるいは社会運動や移民研究にも目配りされており、初学者にも実業関係者にも極めて有用な案内書に仕上がっている。
(新評論 2014 年11 月 294 頁 2,700 円+ 税)
「笠戸丸」移民から5 年後の1913 年、レジストロ地方に開設された桂植民地など3 か所の総称「イグアッペ植民地」は、日本への食糧供
給を夢見た米作基地を確立すべく明治の政治経済界の重鎮が多数関与した国策的入植地であった。このパイオニア移住地の100 年史が、事前の文献調査と現地取材を踏まえて、邦字紙「ニッケイ新聞」に長期連載され、このほど一冊にまとまった。本誌「文化評論」欄も参照。
(無明舎出版 2014 年11 月 220 頁 1,900 円+ 税)
サンパウロ市から東方向に約100 キロのところに位置するサンジョゼ・ドス・カンポス市に住む著者の身辺雑記風エッセイ集。老年期に入った元文学少女の観察眼は意外と鋭く、花鳥風月を楽しむだけでなく、ブラジルという格差社会の断面を語り、老齢化進む日系社会を直視しているが、流行のファッションを眺める視線はなんとも優しい。
ブラジルを前向きに捉えたい人には、お薦めだ。
(東京図書出版 2014 年11 月 272 頁 1,500 円+ 税)