会報『ブラジル特報』 2007年5月号掲載】
工藤 章 (三菱商事株式会社 理事 中南米統括-駐サンパウロ) |
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本稿ではブラジルと近隣諸国の関係という視点でブラジルを見てみたいと思いますが、ブラジルと近隣諸国の貿易量の推移(グラフ)を見ると、貿易絶対額は確実に増えて経済的な結びつきは益々強くなってきています。以下各国別にブラジルとの関係を見ていきましょう。 南米の両大国と並び称されるアルゼンチンとは、歴史的なライバル関係にありますが、貿易量は中南米諸国の中では群を抜いて大きく、ブラジルにとって米国と並ぶ最重要のパートナーです。このパートナーシップをさらに推進するため、1995年にウルグアイ、パラグアイも入れて関税同盟であるメルコスール(南米南部共同市場)が設立され、市場統合に向けた動きが始まりました。それから12年が経過した訳ですが、その間にアルゼンチンの経済危機などもあって、加盟国間の不協和音が目立ち、遅々として進んでいない感はあります。しかしここに来て、中南米諸国の経済が順調に回復してきており、今後の進展に大きな期待感を持っております。 現在「中南米の優等生」といわれているチリとの関係は、歴史的に良好で、関係が悪かった時代というはほとんどありません。他の国との関係についてもいえますが、この背景にはまず国境を接していないということが大きいと思います。中南米全般(あるいは世界全般)にいえることですが、国境を接している国同士の関係は険悪となり、接していない場合は関係が良好であるケースが普通で、「お隣」の「お隣」とは仲が良くなる傾向があります。チリは全般的に見て、政治・経済の体制がブラジルより少し先を行っている国という位置付けになるかと思います。社会主義政権ができたのもブラジルより前ですし、市場自由化や自由貿易協定の動きもブラジルより進んでいます。このため、ブラジルにはチリから学ぼうという意識があり、実際両国間の経済交流はかなり進んでいます。チリとブラジルでは経済規模がまったく違い、一概に比較はできませんが、ブラジルがチリのような経済を志向するのは、我々日本人ビジネスマンにとっては望ましいことと思います。 ペルーとブラジルはそれほど関係が深い訳ではありませんが、前述の国境を接している云々という話でいうと、ペルーとブラジルはアマゾン地域で国境を接しています。2005年8月にブラジルのルーラ大統領とペルーのトレド前大統領が両大洋間を結ぶ道路の建設に関する契約に署名し、9月にこの道路の建設が発表されました。既にブラジルからアマゾンを通ってペルーに抜ける道路は一部開通していますが、大西洋に面しているブラジルは、厚いアンデスの壁に阻まれて、成長著しいアジア市場に通じる太平洋岸へのアクセスがありませんので、ブラジルにとって、今後、ペルーは「アジアへの玄関口」としてさらに重要な位置づけになっていく可能性があります。 中南米の二大大国メキシコとの関係は、やはりライバル関係にあるといってよいでしょう。地政学的な状況の違いから、メキシコはNAFTAで米国経済圏に入り、ブラジルは南米でメルコスールという独自の経済圏創設を志向することとなりましたが、ブラジルも中長期的にはFTAA(米州自由貿易地域)を進めて、米国との経済圏を作ろうとしているという意味では共通の意図を持っているといえるかもしれません。中南米の中では地理的に遠く、現在のところ経済圏も異なる両国ですが、それでもなお、関係を強化しようとしている点をここで指摘しておきたいと思います。例えば、アルゼンチンの財閥「テチント」は、鉄鋼部門で、アルゼンチンのSiderar、ベネズエラのSidor、メキシコのHylsaという三つの子会社を統合して Ternium という会社を作り、コストの安いベネズエラで作った鉄鋼半製品をメキシコに持って行って、さらに高品質の製品を製造して北米に輸出するといった仕組みが既に効果を上げて来ています。このような米州全体を視野に入れた取組みを考えた時、メキシコというのは、北と南を結びつけるキーマンになっていく訳です。 ボリビアとは経済水準が違うこともあり、ブラジルがいろいろな意味で同国を助けてきました。モラレス政権の資源国有化問題では、ブラジルのペトロブラス社が最も直接的な被害を受けましが、少なくとも表面上ブラジルはあまり目くじらを立てずに「大人の対応」をしているように見受けられます。この背景には、ブラジルにとってボリビアの天然ガスはやはり非常に魅力的だということがあります。ボリビアは自力でガス開発する力はなく、最終的には頼ってくるだろうから、多少のわがままは大目に見ているという感じではないでしょうか。 そして、今最もホットなのがベネズエラとの関係です。ベネズエラは良くも悪くも石油資源の豊富さが国の位置づけを決めてきました。歴史的に見ると、石油があるがゆえに、ベネズエラは石油を開発しかつ買ってくれる米国のみを向いている時代が長く続きました。ブラジルなど他南米諸国のことを余り顧みなかったということです。それがチャベス大統領の誕生により、大きく流れが変わってきました。ご存知の通り同大統領は「ボリバル革命」「21世紀型社会主義」を標榜し、反米を声高にアピールして、中南米のみならず、世界中の反米指導者に連帯を呼びかけています。外交的な関係は別として、多くの中南米の人達がこの反米の動き(チャベスに対してではなく)に共感しているのは事実であり、中南米の伝統的な「アンチ米国主義」が浮かび上がってきたといえると思います。また、米国との貿易が依然として圧倒的なシェアを持つベネズエラ経済ですが、同国は昨年メルコスールに正式加盟し、米国から中南米に経済の軸足をシフトする動きを加速させています。 ブラジルのルーラ政権は、このチャベス政権と中南米における主導権争いをしつつ、緊密な関係を保っているように見受けられますが、チャベス政権との関係をどうしていくかが、ブラジルが地域大国としての立場を固めていくための試金石となるのではないかと考えています。ルーラ政権は米国とも良好な関係を維持しており、本年3月にはルーラ大統領とブッシュ大統領は、ブラジルと米国で立て続けに会談するなど親密ぶりを示しました。米国政府は、ブラジルを南米における地域大国・カウンターパートとして認知したように見えます。対立する米国とベネズエラの間に立って、現在ブラジルは中立的な立場で米国とチャベスの橋渡し役を行おうとしており、これはブラジルという国が成熟してきた証と考えることもできるでしょう。今後経済的にも政治的にも名実ともに「中南米の盟主」としての地位を確立していくことが、「21世紀の大国ブラジル」の安定的・長期的な発展のベースとなると思います。 このような中、日本もブラジルという国をもう一度見直してみる必要があると考えます。いわずもがなですが、ブラジルは大国です。brICsの一員だからといったことではなく、その国土、人口、各種資源等々は、「大国」というに相応しいスケールを持っています。あらためていうまでもありませんが、ブラジルは国のスケールという意味で、地域大国としての資質を十分に備えていると断言できます。これまで述べてきたような近隣諸国との関係の中で、ブラジルがリーダーシップをとっていくことが地域の安定・発展に?がっていくのであれば、日本も積極的にこれをサポートしていくべきでしょう。3月にサンパウロで開催された日伯経済合同委員会は盛会でしたが、80年代の中南米経済危機、90年代の日本の「失われた10年」を乗り越えて、今また日伯の経済交流関係は徐々に活発化してきていることは確かであり、この動きがさらに加速していって欲しいと思います。 日系移民百周年を来年に控え、政治的にも経済的にも日本とブラジルのさらなる関係強化が図られることを祈念しております。
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