会報『ブラジル特報』 2007年
11月号掲載

                        岸和田 仁(在ブラジル、レシーフェ)



昨年出版された小説だが、今年7月開催の「第5回パラチ国際文学祭」でも注目を集め、読書界でも現在話題となっているのが、”Um Defeito de
Cor”(直訳:肌の色の瑕疵)だ。著者はアナ・マリア・ゴンサルヴェスという新人作家で、ベストセラーとはなっていないが、有力出版社から上梓されたこともあり販売はまずまず、読者からの反響も好意的である。

筆者は延べ二週間くらいかかったが、最後は半徹夜してこの小説を読了した。文体は平易で読みやすいが、問題は分量が半端ではなく951ページもあることだ。安易な比較でいくと、テーマといい、わかり易い構成と文体といい、30年前に世界的ベストセラーとなったアレックス・ヘイリーの『ルーツ』のブラジル版といえる。クンタ・キンテに相応するのが、女性主人公ケインヂだ。(ちなみに、タイトルは、奴隷制時代に黒人が公務員になろうとしても、「肌の色の欠陥」で拒否されたという当時のご都合主義を皮肉っている。)

この小説が扱っているテーマ、時代的背景を列記すれば、奴隷貿易、奴隷労働、奴隷反乱(特に1835年の「マレーの乱」)、元奴隷によるアフリカ回帰運動、であり、舞台となる場所は、ダホメ(現ベニン)、バイーア、リオ、ナイジェリア、である。

既に老婆となった盲目の主人公ケインヂ(ブラジル名ルイザ)が、その驚くべき半生を生き別れた息子に語りかけるスタイルで終始一貫している、歴史大作である。

1810年にダホメで生まれたケインヂは、8歳の時、奴隷狩り団に襲われ、母親は強姦され、兄と共に殺されてしまう。彼女は双子の妹と性的陵辱を受けた後、奴隷としてブラジルのバイーアへ売り飛ばされる。

ケインヂはまず、イタパリカ島の捕鯨場で鯨油汲みをやらされ、その後、大農園主の娘に付添うが、主人に犯され、長男を産む。主人の病没に伴い農園は売却され、主人公はサルヴァドールのイギリス人に雇われ、そこでクッキー作りを覚え、さらにポルトガル語ばかりでなく英語の読み書きも上達していく。

 身請けによって解放奴隷となったケインヂは、パン屋を開き、パンやクッキーの製造・販売で生計を立てながら、最初の夫(ポルトガル人)と実質婚をして次男を産む。(この次男が、主人公が全編に亘って語りかける相手である。)

こうしたなかでマレー(イスラム系の意)たちとの交流が始まり、奴隷解放ばかりでなくイスラム権力樹立を志向する秘密結社の活動を側面援助するようになる。そして1835年1月の「マレーの乱」。千五百人といわれるイスラム系黒人が蜂起した、最大規模の奴隷反乱である。刑務所を攻撃しただけでなく、街路での市街戦も展開したものの、敗北。関係者は絞首刑、鞭打ち、国外追放など過酷な仕打ちを受ける。

主人公は、いったんサルヴァドール市内で隠れ潜んだが、サンルイス(マラニャン)へ、さらにリオ、サントス、サンパウロと漂流、各地では生活力たくましくクッキー焼きばかりでなく商才も発揮して経済基盤も築いていく。

権力側からの圧迫もあって、多くの奴隷・元奴隷が西アフリカへ「回帰」するようになるが、主人公は自分で切符代を払ってイギリス船に乗船し、ウイダ(現ベニン)へ。1847年に搭A国狽オた主人公は、葉巻、タバコ葉、カシャサ(蒸留酒)を商売し、当座の生活資金を確保、ナイジェリアで現地人と結婚、女実業家として地盤を固めていく。ラゴスでも息子、娘が生まれ、多くの孫に囲まれる老婆となるが、生き別れた息子を求めて、再度ブラジルの土を踏むべく運搬船に乗船する。

こうしたストーリーを小説として語った新人女流作家はミナス出身の37歳。サンパウロで広告会社を経営していたが、アパートと共に売却し、バイーアへ移住し筆一本の生活を始めたという。本作品は二作目だが、ブラジル文学史に残る名作だと筆者は断言したい。