会報『ブラジル特報』 2008年5月号掲載

               酒井芳彦(味の素㈱部顧問、前味の素中南米本部長・
                        味の素インテルアメリカーナ・ビオラティーナ社長)


移住100周年」「グルタミン酸発見から100年」「ブラジル事業50年」


味の素は戦後社会的・経済的に未だ混乱が生じていた昭和29年世界の市場開拓を狙いパリ、香港、シンガポール、そしてサンパウロに駐在員事務所を開設。ブラジルでは輸入販売会社を2年後の1956年に設立しスタートしました。日本から「味の素」を大型容器に入れて輸入、現地で小袋に再包装し、日系人、日系飲食店を中心に販売・市場開発をして来ました。滑り出しは決して順調で無く、「月間1トンを売るのがやっとで資金繰り、輸入ライセンスの取得、外貨の確保に相当苦労した」と当時の駐在経験者は語っています。


グルタミン酸は東大の池田菊苗博士が1908年に発見し、翌年ニ代目の鈴木三郎助氏が工業・商業化に成功しました。その製品がグルタミン酸ナトリウムで商標名が「味の素」、今では「うま味調味料」として世界に普及し、他社の製品を合わせて約200万トンの市場となっています。グルタミン酸の発見がなければ今の味の素、ブラジルの事業も無かったでしょう。ブラジルの事業は一昨年50周年を迎え、今日味の素グループの中でも世界的に重要な生産・販売・製品・技術開発基地として活躍しています。


Tempero
Magico(魔法の調味料)


白い粉の「味の素」はブラジルに導入した初期段階ではその有用性を理解されず販売・消費普及活動に傾注したもののなかなか製品を理解されず、買われず、使われずの苦難の道のりでした。日系の人たちにはそれなりに知名度と使用効果は理解されていたものの、ブラジルの社会、消費者には浸透せず、そこでセールストークとしてTempero
Magico(魔法の如く味を良くする不思議な調味料)と宣伝し、使用普及に努めてきました。1970年代に入り、ブラジルの食品産業も規模的に大きくなり、彼らのスープ、ブイヨン(固型スープの素)製品に使われ全体の市場が大きく成長して行く過程で、本格的に生産工場のフィージビリティ・スタディが始まったのが1970年代初期でした。それまでに検討したアルゼンチン、メキシコへの進出を取り止め、決定が下されたのがブラジルでした。しかしTempero
Magicoと可笑しな表現ですが、その結果初期段階の「味の素」の市場とブランドの確立が出来たのです。



多彩なブラジルでの味の素商品


戦略的「味の素」ブラジル生産工場と新製品の開発


味の素は、東南アジア各諸国、ペルーでの生産投資は、ある程度の市場が出来た段階で小規模の工場を作り、そのマーケットの成長に合わせて生産能力を上げて行く所謂再投資型の海外投資を行って来ました。この経営方針が投資回収の面で一番安全ですが、ブラジル(最初の工場はサンパウロ州リメイラ)の場合、当時味の素の主要川崎工場の立地、環境、コスト等の問題からアジア型と違う最初から大規模の生産投資を一挙に行い、川崎工場の生産量の一部代替工場として1977年春にリメイラで生産がスタートしました。当時BEFIEX(輸出恩典制度)のスキームに乗り生産した70%以上を輸出に回す義務があり、その見返りに恩典を享受する内容ですが、操業から生産は順調に行くものの販売が計画通りに進まず、在庫増、代金回収が順調に行かず、その結果資金繰りに影響し会社としてブラジル事業の見直しと同時に「味の素」の国内販売増、他の新製品の開発を社命的に行わざるを得ない状況でした。


1980年代は中南米の外貨危機に遭遇し、ブラジルでは今日「失われた10年」と簡単にいわれるのですが、ハイパーインフレ、為替大幅下落、海外からの代金回収停止、国内製品の月2回の売価改定等大変困難な時代で、投資引揚げの会社も多々ありました。


大工場で生産された「味の素」は輸出に傾注せざるを得なかった訳ですが、原料高、為替損が発生し苦しい事業採算を改善するには「味の素」以外のブラジル人向けの新製品の開発が急務でした。追い込まれた新製品開発の機運と地道なブラジル人の気質、習慣、食生活、食文化、販売システム、制度等を緻密に調査し、その結果を新製品開発の楚としたことが、一つには今日のブラジルにおける食品、混合調味料等の成功を導いたものと信じています。


躍進するブラジル事業とバランス経営


弊社のブラジル事業を大きく仕分けするとリテイル事業と発酵系大型素材(うま味調味料、動物飼料添加剤のリジン、アミノ酸、香粧用原料、液肥)の事業戦略があります。リテイル事業とは、ブラジル人を対象とした製品作りとブランドの浸透・展開を意味します。新製品を市場に導入するにはマーケティング的事前調査とブラジル人の嗜好にあった優れた品質の製品を市場に導入し、コア消費者を拡大し、量的拡大、シェアアップを図り、事業として利潤の追求となります。問題は広大な土地、1.8億人のブラジル社会では、広告投資に莫大な初期投資を「覚悟」しなければなりません。欧米・ブラジルの大手食品会社との品質・製品差別化を図る意味で、広告費投資無くしては食品の事業成功は難しいでしょう。「味の素」以外にシェア85%を占める「SAZON」(混合調味料)、粉末ジュースの「MID」「FIT」、世界的ブランド確立を狙った個食用簡易スープ「VONO」などの成功も経営者の執念と「覚悟」が必要でした。


一方、大型発酵系のバルク製品の製造販売は、世界との競争であり、グローバル視点で各製品の需要予測、競合分析、品質差別化と国際マーケティング力が問われます。工場は「味の素」生産が2工場、リジンの生産が2工場、アミノ酸の生産が1工場で社員1,700名を抱えています。現在ブラジルの売上の半分が国内、残り半分が輸出となっており、特に近年の為替高、コスト高では輸出目減り現象から採算が厳しい状況ですが、国内の消費過熱ブームに乗り、国内販売は大変好調に推移していることから、輸出の手取り減をリテイルで補完し全体の採算を確保するバランスの取れた経営を行っています。brICsの先頭を走るブラジルは、自然(水、酸素、大地)に恵まれ、民族・宗教争いも無く、そして未曾有の資源を持っています。今後も世界の資源国として先頭を走り、ますますグローバルな事業を展開する上で、生産・販売・開発センターとしてさらに拡大して行くものと信じます。


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サンパウロの味の素インテルアメリカーナ・ビオラテイーナ本社屋 

(掲載写真はすべて㈱味の素提供)