会報『ブラジル特報』 2009年1月号掲載

田尻 慶一(前CIATE-国外就労者情報援護センター専務理事)


 

 移民100周年を迎えた現在、ブラジルの日系人総数は約150万人といわれる。
しかし、150万人という日系人が日系「社会」を構成しているわけではなく、単に数として存在するということである。では現在、少なくとも移民世代の造り上げて来た「コロニア社会」に何らかのアイデンティティ(帰属意識)を持って参加している日系人はどれぐらいいるであろうか。

おそらく移民世代は、150万のうち5%、せいぜい7万数千人。その後継世代では、すでに高齢化の段階にある二世世代の一部には、まだコロニア社会に何らかの関わりを持つものが見られるにしても、三世以降の世代においては、コロニア社会にアイデンティティを持つものは、希少価値的存在といってもいい。

現在、150万人の日系総数のうち、三世世代が最も多く、おそらく全体の半分ほどを占めていると思われるが、ある推計によると、その60%が混血しているであろうという。そして、現在最も増加傾向にあるだろう四世世代においては、その80%がすでに混血であろうと推計されている。

日系人とはいえ、このように日系度が1/2、1/4、1/8と薄まって行くと、日系人意識というものは急激に失われて行くことはまぬがれない。したがって、現在、既成のコロニア社会に帰属意識を多少なりとも持ち、何らかの関りを持っている者は、日系全体の10%以下、10万人にも満たないのではないかと思われる。
日系社会には、急速な混血が進むにつれて、他民族には見られない「同化」傾向があり、このまま進むと文化的アイデンティティを失うことになりかねない。

それは、日系人がブラジル社会に「同化」したのだから良いではないかという声もある。しかし、ブラジルが理想としているのは、各人種がそれぞれの民族的特長を生かして全体的にまとまる「統合」社会である。

サンパウロ市アルモニア学園 サンパウロ市アルモニア学園

以上のような日系社会の現状の中で、日系社会なるものを新たに構築するとしたならば、まずなさねばならないのは、長い伝統を持つ日本人の作り上げてきた、広い意味の日本文化の特質、良き資質を、日系後継世代を含めたブラジル国民の間に普及させて行くことである。

それには、何をおいても「日本語・日本文化の普及」を基本理念とした組織的な教育機関の創設である。それは、何も目新しい構想のものではなく、もう何十年も前から繰り返し、蒸し返し議論され検討されてきたが、移民100周年を迎えた今日なお実現できていない「日伯学園」である。
この教育の分野において、イタリア・スペイン・ドイツなどのヨーロッパ系の移民たちをみてみると、彼らは当初からそれぞれの母国の文化と言語をブラジルに伝播するために設立された民族系の総合学園を有している。

これらエスニック系の学園に共通する特色は、まず設立の理念と過程において、いずれも母国の文化や言語に強い誇りと自信をもち、移民とそれを送り出した本国、さらには進出してきた企業が一体となって、必要な経費を拠出してきたことである。いずれも、ブラジル有数の名門校として圧倒的に高い評価を得ている。

その根底にあるのは、それぞれの民族が、自国文化を後継世代に伝えると同時にブラジル国民にもその良きものを普及させて、自国に対する理解を求めるとともに、新しいブラジル文化の形成に参加したいという移民社会および本国政府の強い意欲と、海外に対する文化投資は「長い目で見れば必ず国益となって帰ってくるものである」という確信があったからにほかならない。

僅かに6万人といわれる韓国移住者が、移住35年にして、本国政府の助成も得て「韓伯学園」を数年前に造りあげているのも同様である。

日本政府その他の支援による「日伯学園」はできていないが、日系社会には、独力で創立された、日本語・日本文化の普及を基本理念としている総合学園がすでにある。

これらの学園は、いずれもブラジルの学校法人として認可され、ブラジル教育省の求めるカリキュラムに基づく教科を学びながら、その中に日本語や日本文化(いけばな、茶道、書道、和太鼓、柔剣道など)の教科を取り入れている。そして、日系人に限らず広く一般ブラジル人を対象としているので、各学園とも生徒の中で日系人が占める割合は、一部の例外を除き、20~30%にすぎない。

日本語・日本文化の普及を図るためには、歴史的にも日が浅く、資金面でも脆弱で規模としても小さい、いわば揺籃期にあるこれらの学園それぞれを、いかに強化し、いかに支援して、エスニック系の学園に匹敵する、ブラジル有数の学園に育てて行くかがこれからの大きな課題である。これらの学園は、日本語や日本文化の教科を採り入れているはいえ、日本政府の援助、あるいは、教育団体との提携があるわけではない。日本語の教科にしても、教師(そのほとんどが日系三世・四世)・教材・教授法などの面で統一した体系を欠いているのが実情である。

サンパウロ市アルモニア学園 サンパウロ市アルモニア学園

 いうまでもなく、日本語にせよ日本文化にせよ、その源流は母国日本であり、これらの学園も母国朝野の機関の指導や援助を俟って、はじめて十分に機能し、その効果も上がるものであろう。したがって、いずれの学園も日本側との組織的、継続的な協力のルートを確立することを切望している。

昨年、これらの学園の代表的な7校(注)が中心となって「日伯教育機構」が設立された。この機構は、学園共通の課題の解決を目指して、日本側に一括して要望を取り次ぐとともに、日本ブラジル両国政府および関係諸機関に対し、教育に関する折衝、連絡などを一元的に行うことを主たる業務とする非営利のブラジル法人である。
日本にもこれに対応し、支援する組織の設立が望まれる。

(注) サンパウロ市:赤間学園(生徒数800人)、アルモニア学園(340人)、大志万学園(190人)、イタマラチー学園(160人)、スザノ市:スザノ学園(240人)、サンタ・イザベル・ド・パラー市:エスコーラ・ニッケイ(270人)、ベレーン市:ノーボ・ムンド(130人)